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「車でお遍路」第3番札所 金泉寺(「黄金の井戸」の札所)

こんにちは、旅いこかです。

四国八十八箇所巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、3番目のお寺は、


亀光山きこうざん 釈迦院しゃかいん 金泉寺こんせんじ


2番札所の極楽寺から約3.0㎞、車で約6分の場所、
県道12号線を走り案内板に従って進むと金泉寺が見えてきます。

「金泉寺」は、日照りで苦しむ村人たちのために弘法大師が井戸を掘ると霊水が湧き出たという「長寿をもたらす黄金の井戸」という大師伝説がある。

では、大師伝説の「金泉寺」へ参りましょう。

山門をくぐり、参道の正面が本堂


ご詠歌

極楽の たからの池を 思えただ 黄金の泉 すみたたえる


お参りする前に知っておいた方が良い知識

歴史

  • 天平年間(729-749年)、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が堂宇を建立し釈迦如来を彫り御本尊として安置して開基。寺号を「金光明寺」とした

  • 弘仁年間(810-824年)、この地を巡錫中の弘法大師は、井戸を掘り諸堂を整え寺号を「金光明寺」から「金泉寺」に改称して札所に定めた

  • 亀山天皇(在位:1259-1274年)の時代以降、天皇の信仰が厚く、京都の三十三間堂に倣い堂宇を建立し、千体の千手観音像を安置

  • その後は、皇室との縁が深く、南北朝時代(14世紀半ば-末)には南朝の長慶天皇(在位:1368-1383年)が金泉寺で晩年を過ごした

  • 元暦2年(1185年)源義経が屋島の合戦に向かう途中で立ち寄ったとの記録がある

  • 天正10年(1582年)天正の兵火で大師堂以外の大半の堂宇を焼失

  • その後、再建され現在に至る


弘法大師伝説

弘法大師が巡錫の折、地元の村人が日照りで水不足に苦しみ訴えていたことから、大師がこの地に井戸を掘ったところ霊水が湧き出たという。
この井戸は、今でもこんこんと水が湧き出ている。

この井戸を覗き込み、影がはっきり映れば長寿、ぼやけていると短命、という言い伝えがある。

お地蔵さんは、首から上の病に霊験あらたかという。

黄金の井戸と地蔵尊


寺号について

  • 寺号について
    ・・・先述の通り、大師は、井戸を掘り霊水が湧き出たことから「金光明寺」を「金泉寺」と改称

  • 院号について
    ・・・御本尊に釈迦如来を祀ることから「釈迦院」と名付ける

  • 山号について
    ・・・亀山法皇は、勅願所として堂宇を建立し千体の千手観音像を祀り、その背後の山を「亀山」と命名、山号に「亀光山」と賜号した


ご利益

  • 御本尊の釈迦如来
    ・・・悟りを開くために導いてくれるというご利益。
    ご利益は、何かに特化したものでなく仏教を信ずれば誰にでも望むものは何でも与えてくれるという教え。

  • 黄金地蔵尊のお地蔵さん
    ・・・首から上の病に霊験あらたか、また、身体の悪い場所と同じ所を撫でると良いとされる

  • 弁慶石
    ・・・「開運祈願」のご利益


御本尊・ご真言

御本尊:釈迦如来
ご真言:のうまく さんまんだ ぼだなん ばく


見どころ

  • 黄金地蔵尊
    ・・・弘法大師伝説の井戸とお地蔵さん

  • 八角観音堂
    ・・・源義経が、讃岐香川の屋島・壇ノ浦の戦いに向かう前に、戦勝開運祈願に金泉寺に立ち寄り、戦勝祈願をした聖観世音菩薩を祀る御堂。

  • 弁慶の力石
    ・・・源義経が、戦勝開運祈願で立ち寄った時に弁慶が力試しをしたという「弁慶の力石」

向かって左手が大師堂、右手が八角観音堂
本堂の後ろには色鮮やかで美しい多宝塔(忠霊塔)


写真


次は、第4番札所大日寺へ参ります。

2022年2月4日投稿
2022年8月30日改訂

合掌

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