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宗吾参道


日月神示で有名な麻賀多神社の最寄駅でもある宗吾参道には

 多くの村人の命を自分の命をかけて救われた
義民宗吾さまで有名な宗吾霊堂があります






麻賀多神社に行く前にひょっこり寄ったところ
魂が涙する程感動したので   

今回は少し熱く語らせて頂きます。    



東勝寺には資料やお墓があります






駅から10分程あるくと処刑場となった場所にお寺があります。そこが東勝寺



当時の処刑場は別にあったのですが、見せしめとするために、住民農民に見える場所で、わざわざ仮の処刑場を作って、そこで処刑されたのです

その場所に後にお墓を立てて祀られるようになりました




お寺はとても広くて、この時期は紫陽花祭りおこなっていますのでぜひ見にいかれると楽しいですよ


とても広いです







自分の背より紫陽花が大きくなってびっくりしました




参道には骨董品や地元の野菜を
だされている店もあり楽しく過ごせました☆



野菜がびっくりするほど安く分けてもらえたのでラッキーでした🐱✨




さて、宗吾様の話に戻りますが、
今の日本人は腑抜けてしまい
自分の使命も果たさず命乞いをして不正に加担している政治家や起業家ばかり…



河野太郎やホリエモンも昔は正義感があったけど今は寝返って政府と結託してますよね


日本のためよりも、自分の命の方が大切だったのでしょう


戦前まではずっとその様な生き方は日本人にとっては最も恥ずべき事でした。

以前の日本は違いました

命懸けでみんな生きてきたのです。
家族や日本のために戦ってきました


だからこそ、今、こうして日本が独立国として存在するのです

当たり前にあるわけではありません






宗吾様とは


木内惣五郎
(佐倉惣五郎)の当時の役職名は、「名主(なぬし)」です。

現在の千葉県成田市にある公津(こうづ)村の名主を務めていました。さらに、領内の多くの村々をまとめる「名主総代(なぬしそうだい)」「割元名主(わりもとなぬし)」という、百姓たちの指導者・代表としての地位にもありました。



江戸時代の話です

重課税をかけられて貧困に困る農民を救うために徳川幕府に直談判に行かれたのですが

当時の直談判は死刑


酷い話です
それまで地元の役所、課税をかけて贅沢三昧していた藩主に勿論何度も話して訴えていましたが

全く受け入れてもらえず
これでは多くの民が貧困で餓死すると


自分のお役目、使命を果たそうと
決死の覚悟で江戸幕府へ直談判を決行したのです


必ず命がなくなる大罪だと知ってでも自分の信念や道徳心、人としてどうあるべきなのかを理解して自分の命を最大限に生きた方でした


直談判は当時は親子諸共処刑が決まっていたので
妻には離縁書
子供には勘当の書類を作成して前もって家族に用意したのですが結局子供は子孫を根絶やしする為に処刑されました


その話が歌舞伎になり
それを人形を使って解説つきで聞ける資料館があるので是非覗きてみてください


東勝寺の奥にあります




また歌舞伎と実際の話は少し異なる点があり、もちろん昔の話なので100%事実を知る事はいまだにできないようです


それでも今もなお、惣五郎の旧宅を継ぐ子孫の方がいらっしゃって、そこは解放されているので、無料で家を見たり説明を聞けます



歩くと、割と遠いのですが、私は歩きましたよ







人形がある資料館に行くと、ボタンを押すと音声が流れるシステムになっているので、ぜひその音声を聞いて欲しいです


案内板に書かれた説明では知り得ないお話が聞けました



庭も広くて、春には桜。梅雨には紫陽花お庭も綺麗なので、晴れた日にのんびりと行くのがお勧めです。




旧宅の先に麻賀多神社があります


麻賀多神社

日月神示が下された神社です


麻賀多神社の由来



境内にはかなり沢山の末社があるので小銭が多めにある方がよく、社務所は常に閉まっているので両替不可です。

私はお札でも良いのですが細かく参拝されたい方は小銭の用意を

第二日曜日に社務所で有志の方の勉強会が行われていました


奥宮は離れた場所にあります



そして、さらに、北北西へもっともっと先に歩いて行くと

惣五郎を徳川幕府のもとに、向かわせるときに
禁を犯して命懸けで船で川を渡らせたので、船頭さんが自死されたそうです

その川渡しの場所近辺に公園があります

とても美しい場所です

人気も少ないのでのんびりでき
ぼぉっとしたい人には素敵な場所です🦜


ベンチもチラホラあります


ただ蚊など虫が多いかも。



その近くには水神社があります
バスがほとんどないので、行くまで大変ですがすごくのどかで楽しかった



🚌は数本あるので事前に計画を



東勝寺→旧宅→麻賀多神社→川渡りの公園


全部歩いていけます

ただ、遠いですが💦

バスがほとんど無いので時間によっては歩いた方が早いです


公津の杜駅か成田からはレンタル自転車もある様です


🩵青いマークが借りれる場所です
紹介コードを入力して【HELLO CYCLING(ハローサイクリング)】に会員登録すると、お得に利用できるクーポンが貰えますので宜しければお使いください
※アプリストアで「HELLO CYCLING」を検索
紹介コード:INwp6WqFvZCG



登録して招待コードを入れると100円引きになります
紹介コード:INwp6WqFvZCG
宜しければお使いください☆




当時の佐倉藩は惣五郎の一件をもみ消そうとしたので殆ど証拠が残っておらず



以前、佐倉市役所(佐倉市教育委員会など)に勤務し、同市の史役や文化財専門職として『佐倉市史』の編纂や郷土史研究に深く関わっていた方が書いた、事実に基づく代表的な書籍は以下の一冊です。

『佐倉惣五郎・研究史』

  • 著者: 青柳 嘉忠(あおやぎ よしただ)

  • 発行: 佐倉市文化財保護協会



もし「木内惣五郎が、史実として本当に何をしたのか」をさらに深く追求したい場合、本だけでなく国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究報告や論文をあたるのもおすすめです。



近年の歴史学・民俗学の研究(一代表例として『義民像の形成・展開に関する試論 ― 近世後期における佐倉惣五郎像』など)では、「1650年代に佐倉藩内で増税があったことは史実として確認できるが、惣五郎という個人の罪状の記録は(後に怨霊として恐れられ神格化される過程で)意図的に消された可能性がある」といった、より一歩踏み込んだ分析が進められています。
まずは、歴史的実証の土台となった吉川弘文館の『佐倉惣五郎』(児玉幸多著)から読まれると面白いかもしれません



この記事が参考になれば幸いです☆

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