「ゴー・トゥ・大都会」の歌詞はなぜ最高なのか
私は最近、この「ゴー・トゥ・大都会」という曲にハマっている。
曲調は、不協和音に近い音や複雑なコードを多用する、いわゆる「界隈曲」に近い。
使われている楽器のほとんどがシンセサイザー由来のもので、その機械的なサウンドは現代的でありながら、どこかYMO的な懐かしさも感じさせる。
ボーカルには「GUMI」というボーカロイドが使われており、独特の音程も相まって、ボカロの黎明期を思い起こさずにはいられない。
とまあこのように、サウンドだけでも十分に語りがいのある素晴らしい曲なのだが、やはり注目すべきはなんといってもその歌詞だ。
よければ一度曲を聴いてから、以下の文章を読んでほしい。
まず「◯ってきちゃった」という衝撃的なフレーズの連呼から、歌が始まる。
強烈で印象的なフレーズを頭に持ってくるのは、界隈曲っぽくはないが、J-POPなどでよく使われるメジャーな手法の1つだ。だがそれにしても、ここまでド直球の下ネタを持ってくるのは珍しい。
細かいポイントではあるが、最後の方の「◯ってきちゃったあよ」という歌詞は、「た」と「よ」の間に「あ」を挟むことで、この発言をしている人物がおじさんであることを示す、とても巧みな表現である。
その次の「うるせー、うるせー」という部分は、感嘆詞を使うことで脱力感や人間らしさを出すという、きわめてボカロ的な手法が使われている。
しかしその後に畳み掛けるように挿入される、「美少年の女装コ◯ニー、みーせてみせて」という歌詞により、この曲が普通でないということを、すぐに思い出すことになる。
この歌詞は、よく考えると不思議な点が多い。もし男が話している相手が美少年であるのなら、わざわざ美少年と呼ぶのには違和感がある。
「みーせてみせて」と言っていることも含めて考えると、相手が美少年のコ◯ニー動画を持っていると考えるのが妥当そうだが、なら男はどうしてそのことを知っているのだろうか。
そして「みーせてみせて」と言ったすぐ後に、「みせろ、みせろ」という命令形に変わる。
「◯ってきちゃった」→「うるせー」→「みせて」→「みせろ」という一連の歌詞から、男の未熟さと精神の不安定さを見てとることができる。
今更ではあるが、美少女ではなく「女装した美少年」というアブノーマルな性癖も、この男の異常性に拍車をかけている。
サビ前の歌詞は、「貴様、馬鹿なことをしたなぁ?」「あぁ、したたかな悪手ですなぁ?」である。
前者の歌詞はおそらく、「美少年の女装コ◯ニー」を見せてもらえなかったことに対する怒りを表現しているのだろう。俺を怒らせたらとんでもないことになるぞ、という意味を含んだ言葉だと推測できるが、むしろ男の小物感を演出する結果となっている。
後者の歌詞は、一見矛盾しているかのように思えるが、強者(動画を持っている相手)に対する僻みだと捉えれば、理解することができる。いくら要求しても動画を見せないことは「したたか」だが、俺相手にそんなことをするなんて「悪手」だと言いたいのだろう。
ボカロではよく、AメロとBメロでストーリーを、サビで曲の主題を表現するという構成がとられる。そのため、AメロやBメロでは具体的な歌詞が、サビでは抽象的な歌詞が使われることが多い。
この曲も同じ構成になっており、サビの方が歌詞がフワッとしているような印象を受ける。
まず「Super Super Express Explosion」という英語の歌詞からサビが始まる。これはコメント欄に良い考察があったので、それを引用することにする。
「譲羽」という人は、とても早い爆発という日本語訳から、この男が早◯なのではないかと考察している(正確には彼の友達だが)。
それに対する返信で、「にゃにゃち002」という人による、S(uper) Ex(plosion)、つまりs◯xの暗喩なのではないかとの考察もあった。
その後に、「もう・・・・・・困っちゃうよね♪」「見せあいっこの時間」「ちぇっくちゅる?すき、だよ。」という歌詞が続く。
これらの発言は、全て男の脳内で行われているのではないかと私は考えている。英語の部分がs◯xの暗喩であると捉えると、これらは男の言葉であると同時に、脳内に出てくる美少年の言葉でもある。男は妄想の中で、美少年とまぐわっているのだ。
続いて2番の歌詞に移る。
まず「◯ってしまった」が、「抱いてしまった」に変わっている。そして最後に、「抱いたのか」という疑問系で終わる。
そして「だまれー、だまれー」と言った後に、「紅顔可憐の初体験も、みーせてみせて」と続く。
自分が抱いたかのような発言をしたのにも関わらず、初体験を見せろとは一体どういうことなのだろうか。
その後の歌詞は、「その言葉・・・・・・聞き捨てならず!」「ああ、恐ろしいヤバ女ですなぁ?」である。
これらの発言から考えると、男が抱いたと錯覚しているだけで、実際にそのヤバ女は、別の人に抱かれたのかもしれない。男はそれにうすうす気がついているので、それを指摘した言葉に対して、「聞き捨てならず」と言ったのではないだろうか。
そして、自分にそんな幻覚を見せておきながら、別の人に抱かれた女に対して、「恐ろしいヤバ女」という侮蔑の言葉を投げかけているのだと推測することができる。
これは誰かとの会話というより、自分の好きだったアイドルが結婚したというニュースを知ったときの、男の独り言だと解釈したほうが自然だ。
あまりのショックに、なんとか自分の認知を変えようと自分が抱いたのだと考えるが、どうしてもうまくいかない。そして、その原因となっている相手に対して、どうしようもない怒りを覚える。
最終的には酸っぱいブドウ理論で、あの女は恐ろしくてヤバいやつなんだと考えることで、なんとか自分を保とうとしたのではないだろうか。
しかしその途中に挿入される、初体験を見せてという歌詞のせいで、男の気持ち悪い下心を嫌でも感じてしまう。この男の性的衝動は、感情と無関係に作用するほどに強大なのだ。
2番のサビでは、1番と同じ英語の歌詞の後に、「大都会、大脳縦裂」というフレーズが登場する。大脳縦裂というのは、右脳と左脳の間にある溝のことで、病気や障害を指す言葉ではない。
しかし漢字の並びから、脳が裂けるような苦しみを表現しているのではないかと考えることができる。
そしてその後に続く「触れあいっこは終わり」「ちゅーがちゅき?だめ、だよ。」「もう困っちゃっうよね♪」「ちぇっくちないで、ぎゅーってこのまま」という歌詞から、妄想の中の少年に拒絶されたことがうかがえる。
おそらく前半2つは少年の発言で、後半2つは男の発言だろう。
あまりにもショックな出来事が起こったせいで、男は妄想の世界から抜け出すことを余儀なくされる。だがそれを認めたくない男は、妄想の中の少年を無理やり抱きしめることで、妄想の中に入り込んできた現実を見ないようにしたのだ。
どこまでも自己保身にはしる男の行動は、愚かであると同時に、ある種の悲哀を感じさせる。
これほどまでに絶望的で気持ち悪い歌詞を、おしゃれな曲の中に落とし込んだのは見事としか言いようがない。
改めてそのすごさを認識しつつ、今日もこの曲を聴くとしよう。
