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映画『ボブ・マーリー ONE LOVE』レビュー 彼のメッセージが響く理由

誰かの発したメッセージなんて、誰にも届かない。ましてや、それが、正論であればあるほど。
しかも、現代の様なネット社会において、そのことはより顕著だ。何か面白いことがネット上に転がっていないか、みなそう思っている中で、誰も誰かの説教なんか、聞きたくないのだ。

ボブ・マーリーと聞いて、ああ、レゲエの人ね、と、わかる人は多いと思う。ジャマイカからの移民が、ほぼ皆無だと言ってもいいこの日本においても、彼の存命中から、知名度、人気ともに高かったという。彼が亡くなって40年以上経った今でも、それは変わらない。

でも、ジャマイカの歴史や、ボブ・マーリーがそこに与えた影響について、知っているのは、ほんの一握りの熱烈なファンだけだと思う。彼が身につける赤黄緑の3色が、一体何を意味しているのか、理解している人は少ないだろう。

そして、何より、ボブ・マーリーが残した数多くの歌詞や言葉から伝わるメッセージが、どんな状況から生まれ、何を伝えたかったのか、知られていない。
それらが、全て一本の線となって理解することのできる映画が、公開中の『ボブ・マーリー ONE LOVE』だ。

映画全編を通して、ボブ・マーリー&ウェイラーズの名曲たちが、迫力の重低音で館内に響く様は、映画を映画館で鑑賞する喜びや楽しさを、僕に再確認させてくれた。映画の最中、僕の体は心地よくリズムをとって揺れていた。鑑賞を終え、翌日になった今でも、僕の胸の中にはレゲエミュージックが流れている。彼が残したかったメッセージと共に。

36年というボブ・マーリーの人生。それを、どう感じるだろうか。
ほとんどの人は、短い、短すぎる、本当はもっと長く生きたかったのでは、と思うのではないか。
なぜだろう。なぜ、人は長く生きたいのだろうか。なぜ長生きが、幸せであることと直結しているかの様に短絡的に結びつけてしまうのだろうか。

この映画を観て、ボブ・マーリーは36年間で、自らの命を燃やし切ったのだ、そう感じた。それは、自らと向き合い続け、自分の宿命が何なのかを、彼が理解していたことと同意だ。当然、そこには多くの葛藤があり、僕たちと同じように深く悩み続けたことだと思う。その様子は、映画の中でも垣間見ることができる。暴力が横行する時代、ボブ・マーリーのメッセージは、それを煽るものではなく、人が自然と共にあるべき幸せを取り戻すことに主軸を置いている。そう、冒頭に書いた、至極真っ当な正論を高々と歌い上げているのだ。この正論が、なぜ人々の心に響き、ジャマイカ国内を二分する原因の対立候補同士を、握手させるまでになり得たのか。

「言いたいことがあるなら、言ってもいい。しかし、チョコでくるめ」と言ったのは、巨匠映画監督のビリー・ワイルダー。このチョコとはもちろん、ユーモアのことだと、『三行で撃つ』の近藤康太郎は説いている。
ボブ・マーリーにとって、このチョコこそ、レゲエのリズムだったのではないか。聞くだけで、四肢だけでなく心まで自然と踊り出してしまう。ふっと、微笑を誘う。それがレゲエミュージックの根底にあるユーモアの要素だ。ボブ・マーリーの強く鋭いメッセージを、甘くコーティングすることに成功している。そのチョコは、昨日、僕の心を甘い香りで満たしてくれた。

それは、海も時代も超えて、どこまでも、いつまでも届くことになるだろう。この映画は、レゲエというユーモアに溢れた、甘いものだ。しかし、その余韻は、不思議と観る者の背筋を正す。僕がそうであるように。
正しく、生きよう。



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