毎週ショートショートnote『七夕の歩幅』
七夕を迎えると、毎年決まった場所に向かう男がいる。午後八時。いつもとは毛色の違う乗客たちに囲まれて若干の息苦しさを感じながら電車に揺られる。一年振りのホームに降り立つと浮ついた心は男に簡単な右左の選択さえ迷わせたが、いざ改札を抜けて佇んでいる女の後ろ姿を見れば、胸に小さな火が灯るのを感じた。
七夕を迎えると、毎年決まった場所に飾られた短冊に目を通す女がいる。「ずっと一緒にいられますように。」の短冊を読んでふと後ろを振り返ると、向かってくる集団の中から一人の男を見つけ出した。すると女は到着を待つことなく歩き始める。
程なくして男がそのブラウスの背中に追いつく。メトロノームの共振のように二人の歩幅が合い、歩調が合う。そして青色のイルミネーションが施された通りに差し掛かった。
二人は手を繋ぐわけでもカフェに入るわけでもない。周囲に溶け込むように身体を青色に染めながら会話する。相槌も反応も全て知っているからこそ必要ない。近況について伝えられる限りを伝え、そして時折時計を気にするように空を見上げた。
ベガ。デネブ。アルタイル。二人が同じ年に同じ教室で学んだ星が夜空に浮かんでいる。そして忘れもしない、織姫と彦星の伝説が先生の口から語られた時、二人は心を震わせた。それは宿命だった。抗おうと繋いだ手は引き剥がされ、何度もすれ違い、呼び声も届かなかった。この世界には絶対も永遠もないことを知ってしまった。
でも、この日だけは。
イルミネーションの終わりが見えて、二人は人知れず歩幅を小さくする。今この時、互いの手には互いの知らない温度を感じている。二人は理解していた。君が幸せな時に俺はそこにいない。あなたが辛い時に私はそこにいない。絶対に交わらないからこそ心から願えることがある、と。
さようなら。男と女は手を振って別れた。来年の七夕まできっと幸せでありますように。
終わり(777字)
田原にか様の企画に参加しています。
近所に飾られていた短冊の中に「みんなのお願いが叶いますように」って書いてあるのを見かけました……もっとワガママでいいのに。
よろしくお願いします!
