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おせーておしゃかしゃま

 AIに、お釋迦さまについて学習してもらって、今、僕が直面している『これからの末寺はいったいどーすんだい問題』について、どーするべきかアドバイスして欲しいって言ったら、AI釋尊くんは何て答えるだろーか。

 なーんて、妄想しなくても、誰でも簡単に実際にできてしまうご時世なんだから、やりゃーいーんだけど、何故か?敢えてやらずに妄想している。

 ゴータマ・シッダルタの生涯は約2500年前に終了しているのだから、事実上データ収集は可能。同様に、日本の片田舎のちっぽけな末寺にまで、その教えの流れが受け継がれて渡り届いた経緯・形跡についても、現実的に学習できちゃう。

 つまり、実在していたお釋迦さまは、そりゃ真理に目覚めた人なワケだから、何でもお見通しなんでしょーが、このAIブッダは、既に起こった過去の現実を完璧に把握したうえで、これからをパーフェクトに分析・予測するワケですから、コチラも家政婦ばりにお見通しなんでしょーね。

 もしも、ね、「いや、私、寺作れとか、こんな風に仏法ひろめよとか、全然言ってないよ。」とか、「なんだアナンダのヤツ、口からデマカセばっか伝えてるじゃないか、アナンダかなー、もぅ…」とか、「ε=( ´Д`)ハァ~」とか、タメ息つかれたらどーしましょーね。

 やっぱココは元祖のゆーとーりに、イチからやり直しますか?それとも、たとえ間違いでもココまでやっちまったもんは、このまま往けるとこまで突き進みますか?

 何かね、「ウンウン、そーそー、コレ、こーゆー風に仏教やってもらいたかったんだよなぁ、いー仕事してますなぁ~」とは言ってもらえねぇよーな気がすんだよなぁ、今のままじゃ。

 そこんとこは、AIに聞くんじゃなくて、仏法に聞いて、自分で反省しなきゃダメな気がするんスけど、違いまスかね、お釋迦さま。

 僕の心の中に生き続けてるお釋迦さまなら、どう答えるのかって視点、間違ってませんかって噺。

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