昔は何もなかったのに、今より幸せだった気がする。
たまに、昔のことを思い出す。
思い出すのは、人生を変えたような大きな出来事ではない。
古い団地に住んでいた頃のこと。
団地の中にあった小さな公園で、友達とサッカーをしていた。
夕方になってもまだ遊んでいて、暗くなってきたら、誰かの家に集まってゲームをする。
別の日には、自転車に乗って団地の周りを走り回って、ケードロをしていた。
友達のお父さんの車に乗せてもらって、その友達のおばあちゃんの家に遊びに行ったこともある。
今考えると、本当に何でもない。
「それがどうしたの?」
と言われたら、返す言葉もない。
旅行でもない。
高級な食事でもない。
特別なイベントでもない。
ただ友達と遊んでいただけ。
でも、なぜか覚えている。
何十年も経った今でも、ふと思い出す。
人間の記憶って、変なものだと思う。
人生で一番大切だった出来事を、必ずしも一番鮮明に覚えているわけじゃない。
むしろ、何でもなかった一日のほうが、妙に頭の中に残っていたりする。
子供の頃の自分は、今よりずっと貧しかった。
家も裕福ではなかった。
友達と映画を観に行こうとなっても、お金がなくて行けなかった。
欲しいものがあっても、簡単には買ってもらえない。
お小遣いも、自由に使えるほどなかった。
携帯電話だって、高校生くらいになってからだった。
今の自分からすると、考えられない生活だ。
今なら、映画を観ようと思えば観られる。
飛行機に乗って海外にも行ける。
欲しいものがあれば買える。
少なくとも、子供の頃の自分よりはずっと自由だ。
そして皮肉なことに、今の自分にとってお金はかなり大事だ。
お金があることで、妻と海外旅行に行ける。
知らない国へ行って、知らない街を歩いて、食べたことのないものを食べる。
昔の自分には想像もできなかったことだ。
だから、
「お金なんてなくても幸せ」
とは、僕はあまり思わない。
お金があることで、人生の選択肢は確実に増える。
我慢しなくていいことも増える。
自分で決められることも増える。
昔より今のほうが、間違いなく自由だ。
なのに。
どうして昔のことを思い出すと、少しだけ羨ましくなるんだろう。
たぶん、昔の自分には「比較するもの」が少なかった。
今はスマホを開けば、誰かの旅行が見える。
誰かの成功が見える。
誰かの豪華な生活が見える。
誰かが結婚した。
誰かが家を買った。
誰かが昇進した。
誰かが海外で暮らしている。
別に、自分が不幸なわけじゃない。
でも、他人の人生が見えるようになったことで、
「自分はどうなんだろう」
と考える機会が増えた。
昔は、隣の友達が何を持っているかくらいしか知らなかった。
その友達が自転車を持っている。
ゲームを持っている。
新しい靴を買ってもらった。
それくらいだった。
世界が狭かった。
でも、その狭さがよかったのかもしれない。
自分の人生と、他人の人生を比べる必要がなかった。
団地の小さな公園が、自分にとっては世界のほとんどだった。
そこで友達とサッカーをしていれば、それで十分だった。
今は世界が広すぎる。
どこへでも行ける。
何でも調べられる。
何でも買える。
誰とでも繋がれる。
それなのに、時々ものすごく疲れる。
自由になったはずなのに、自由になった分だけ、選ばなかった人生まで見えてしまうからだと思う。
そして、もう一つ変わったものがある。
「時間」だ。
子供の頃は、一日がものすごく長かった。
夏休みなんて、永遠に続くような気がしていた。
朝起きて、遊んで、昼になって、ご飯を食べて、また遊ぶ。
それだけなのに、一日が終わらない。
今は違う。
一週間が早い。
一ヶ月が早い。
気づいたら一年が終わっている。
「この前正月だった気がするのに」
なんて思う。
たぶん、子供の頃は毎日が新しかったからなんだと思う。
初めて見るものが多かった。
初めて行く場所が多かった。
初めて経験することが多かった。
だから、一日一日が記憶に引っかかる。
大人になると、同じような日が増える。
仕事に行って、
仕事をして、
帰って、
ご飯を食べて、
寝る。
それを繰り返しているうちに、一週間が過ぎる。
そして、一年が過ぎる。
だからなのかもしれない。
昔の記憶を思い出すと、時間が少しだけゆっくりになる。
あの公園。
あの団地。
あの自転車。
あの友達。
もう戻れない場所なのに、記憶の中ではまだ残っている。
でも、ここで少し嫌なことに気づく。
僕は昔のことを思い出すと、
「幸せだったな」
と思う。
でも、本当にそうだったんだろうか。
高校時代なんて、全然そんなものじゃなかった。
親がかなり厳しくて、スパルタな環境に入れられた。
周りについていけなくて、毎日しんどかった。
大学だって、3年浪人した。
今振り返っても、
「最高の青春だった」
なんて、とても言えない。
楽しかったこともあれば、辛かったこともある。
たぶん、それが本当の過去なんだと思う。
なのに、時間が経つと不思議なことに、楽しかった記憶のほうが残る。
だから僕が今、
「昔は幸せだった」
と思っているのも、もしかしたら少しズルいのかもしれない。
辛かった時間を忘れて、
楽しかった場面だけを切り取って、
「あの頃はよかった」
と言っているだけなのかもしれない。
大学時代は楽しかった。
3年浪人して、ようやく入った大学だった。
そこでサークルにのめり込んだ。
友達と過ごす時間が増えた。
何かに夢中になっていた。
あの頃のことを思い出すと、やっぱり楽しかったと思う。
でも、その時間も終わった。
大学を卒業したら、みんなそれぞれの人生へ行った。
社会人になって、仕事を始めて、環境が変わって、連絡を取らなくなった人もいる。
昔、毎日のように会っていた人と、今では何年も話していない。
それが少し不思議だ。
あんなに近かった人が、いつの間にか人生の外側にいる。
でも、きっと相手から見た自分も同じなんだろう。
人間関係って、喧嘩して終わるものばかりじゃない。
何か大きな出来事があるわけでもない。
ただ、会わなくなる。
連絡しなくなる。
そして、気づいたら遠い人になっている。
そうやって、人生から静かに消えていくものがある。
だから最近、
「幸せって何なんだろう」
と考える。
お金があることなのか。
自由なことなのか。
好きな場所へ行けることなのか。
大切な人と一緒にいられることなのか。
それとも、
「何でもない時間を、何でもないまま楽しめること」
なのか。
分からない。
今の自分には、昔よりずっと多くのものがある。
親に決められることも少なくなった。
自分のお金で好きなところへ行ける。
妻と海外旅行に行くこともできる。
それは、昔の自分が欲しかったものでもある。
だから、昔より今のほうが幸せじゃないとおかしい。
そう思う。
でも、実際のところ、
「今、幸せですか?」
と聞かれたら、少し困る。
「はい」
と即答できるほど、自分の中では簡単じゃない。
むしろ、
「幸せだったと思いたい」
という気持ちのほうが強いのかもしれない。
もしかすると、僕たちは幸せになった瞬間より、
幸せだったと気づいた瞬間に、その時間を幸せにしているのかもしれない。
子供の頃は、あの公園が幸せだったなんて考えなかった。
ただ遊んでいただけだった。
大学の頃だって、
「この時間は一生の宝物になる」
なんて考えていなかった。
ただ楽しかった。
それだけだった。
でも今になって思い出す。
「あれは幸せだったんじゃないか」
と。
もしそうなら、今の自分も同じなのかもしれない。
今はまだ何でもないと思っている時間が、
10年後、
20年後、
「あの頃はよかったな」
と思える時間になっている可能性がある。
でも、それを今の自分には確認できない。
今この瞬間が幸せなのかどうかは、未来にならないと分からない。
そう考えると、少し怖い。
そして、たぶん一番寂しいのは、
幸せだったかどうかを確かめるために、過去へ戻ることはできないことだ。
あの団地に戻っても、もう同じ公園ではないかもしれない。
同じ場所が残っていたとしても、そこにいるのは今の自分だ。
一緒にサッカーをしていた友達もいない。
自転車で走り回ることもない。
友達のお父さんの車に乗って、おばあちゃんの家へ行くこともない。
あの時間は、もう二度と来ない。
それでも記憶だけは残っている。
だからたまに、
「あの頃に戻れたらな」
と思う。
でも、本当は戻りたいわけじゃない。
今の人生を捨てて、昔に戻りたいわけじゃない。
ただ、
あの頃の自分が、もう少しだけその時間を大切にしていたらよかったのに
と思う。
もっと遊べばよかった。
もっと友達と話せばよかった。
もっと何も考えず笑っていればよかった。
でも、そんなことは子供の自分には分からない。
分からないから、子供だったんだと思う。
たぶん、人生はずっとそうなのかもしれない。
その瞬間には価値が分からない。
終わってから、大切だったことに気づく。
そして、気づいた頃には戻れない。
だから今も、
「これが幸せなんだ」
とは、なかなか思えない。
仕事に疲れる日もある。
何かが嫌になる日もある。
将来のことを考えて不安になる日もある。
もっとお金があればと思う日もある。
昔のほうがよかったんじゃないかと思う日もある。
それでも、妻と旅行へ行く。
知らない国で二人で迷う。
くだらないことで笑う。
ホテルに戻って疲れて寝る。
もしかしたら、そういう時間もいつか、
「あの頃はよかったな」
と思い出すのかもしれない。
でも、今はそれが幸せなのかどうか、まだ分からない。
たぶん、これからも分からないままなんだと思う。
だから、
「今を大切にしよう」
と綺麗にまとめることもできない。
ただ、時々過去を振り返ってしまう。
何も持っていなかった頃を思い出してしまう。
そして、
「昔は何もなかったのに、今より幸せだった気がする」
と思う。
でも、その「気がする」という言葉から、どうしても抜け出せない。
本当に幸せだったのか。
幸せだったと思いたいだけなのか。
今も幸せなのか。
いつか幸せだったと思えるのか。
その答えは、たぶん今の自分には分からない。
ただ一つ確かなのは、
あの頃には戻れないということだけだ。
そしてきっと、
今この瞬間も、
いつか戻れなくなる。
そう思うと、
少しだけ寂しい。
そして、少しだけ怖い。
でも、そのくらい答えが出ないほうが、
人生らしいのかもしれない。
