【掌篇小説】きっかけのために
「おい、久しぶりじゃん!」
「……あっ。久しぶり。一瞬わからなかった」
大学を卒業して十年を目前にした頃、偶然旧友と再開した。
中学高校と同じで、部活も一緒だった仲だ。その場の勢いで居酒屋に繰り出すことになった。
「お前、今何やってんの?」
「普通の会社員だよ。毎日残業残業でさー」
俺はジョッキを置き、ため息をついた。
元々出世に興味はないから昇進は緩やかだ。にも関わらず、日々任される業務は増え、耐えられなくなった者から辞めていく。個々の根性に頼った旧態依然とした構造に、うんざりしているところだった。
「まあでも、辞めるほど嫌なわけでもないし、なんか最近は惰性だね」
「だめだよそんなんじゃ」
「えっ」
予想外に強い反応があり、俺は目を丸くした。
友人が真剣な目で俺を見つめている。
「お前、自分で会社作りたいって言ってたじゃん。今の仕事ってそのためになってんの?」
「……いや」
「俺らもう三十過ぎてんだぜ? マジでこれから一瞬だぞ」
「おいおい」
俺は腹の底が沸き立つのを抑えながら、少し背筋を伸ばした。
そんなことはわかってる。だが、毎日を乗り切るのに精一杯な中で、どんな準備をしていけというのか。
いつかは俺だって。そんな思いを捨てたつもりはない。そこをそんな居丈高に突けるほど、お前はやれてるっていうのか。
「いや、ごめん、言い過ぎた」
「……」
俺の胸中を察したのか、友人はそう言って手を振った。
よく見ると、友人は少し老け込んだようだった。
肌にもハリがないし、目尻や口元に乾いた皺が浅く刻まれている。
こいつはこいつで苦労してるんだろう。
何も知らない学生だった時代に語り合った夢を実現できていない俺に、自分自身を投影したのかもしれない。
「時間なんて、あっという間だよ──それだけはさ、わかっとかないとだめなんだ」
どこかその目は、寂しそうだった。
それがきっかけの一つであったことは間違いない。
俺は一念発起し、勤めていた会社を退職して起業した。
無名のアーティストの作品に適正な価格をつけてネット販売する事業だ。
定期的に全国各地で個展も開き、少しずつ知名度を上げた。
順風満帆とは言えない。しかしなんとか生活はでき、何よりクリエイターたちに感謝された。それがやりがいになった。
いつかあいつに礼を言いたい。そう思いながら、嬉しい忙しさが五年は続いた。
友人の訃報が届いた。
享年三十七歳。
国際ボランティアの新しい団体を立ち上げ、活動が軌道に乗りかけていた時だったらしい。
全ての仕事をキャンセルしてかけつけた俺は、愕然とした。
祭壇に飾られていた写真。
その表情、皺の一つに至るまで、再会したあの日の友人そのままだった。
棺の中で綺麗に整えられた顔を見下ろし、俺は目の奥が震えるのを抑えることができなかった。
時の流れなんて、一瞬だ。
そんなことを言うためだけに、あの時の俺に、会いに来てくれたのか。
『きっかけのために』──終
