第二章 長崎 原城の浅姫様
(2022年1月13日発~2022年4月27日完)
1月13日、その日、原城は雨だった。
前月の12月に「みっちゃん」を長崎にお返ししたあとに「島原の乱」の場所が近くにあったことを思い出し島原城に行った。
だが「島原の乱」は原城だったと勘違いした、タジさん。
そこの原城に呼ばれている気がして翌年の一月に原城へ行くことにしました。
熊本からフェリーに乗り込み長崎ヘ。
レンタカーでスムーズに道を走って行くのですが、トンネルの出口のところで変な音がした。
車が縁石に乗り上げたようだ。車は傾き危うくは事故の場面!!事故にならなくて本当に良かった。
タジさんのお父さんが守ったようです。お父さんが出てきて車を並行にしたと言っておられました。(感謝)
しかし、あとから良く考えてみたら、このトンネルからは入るなという警告でもあったように思えた。
なにか怖い気もしたが、他の道は知らないので、タジさんは一心不乱に原城まで一気に走らせた。
原城に着いたのですが、どこに駐車場があるのかがわからない。
雨もかなりひどく降ってきた。途中に受付らしき所があり、そこで聞くことにした。
そこの受付から出てきた女性は、とても親切で色々と教えてくれた。
車を停められる所も教えてくれましたが雨ということで「受付のすぐ隣に停めてください」といってくださり、好意に甘えて、そこに停めさせてもらった。

原城遺跡に歩いて向かった。
なぜか、物悲しい装い(よそおい)であった。
そこには、かなりの悲惨な情景が私には広がっているのが見えた。
足を停めて行くことをためらった。だけど、タジさんはどんどん先を行くものだから、あー頑張って歩こうと思った。
段差もあり順路はあるけど、順路通りには歩かなかった。
ここの場所は、こういう所だったんだと思い巡らしながらタジさんと私は足を進めて行くのだった。
この城自体が寂しさを訴えていた。しかし、見晴らしも良い場所もあった。海が近く、すぐ海に出られる所もあったのです。
一通り見てまわり、原城を出るときに後ろを振り返ってしまった。
沢山の方々が、結界そばで手を差し伸べ「助けて〜助けて〜」と叫んでいる所が見えた。
振り返えなければ良かったと私は思った。全員は連れて来られなかったし、助けてあげることはできないのだから。
虚しさと助けてあげられない淋しさがこみ上げてきて、どうしようもなく、あちらの世界の厳しさを思い知らされるのでした。

帰りに、その受付に立ち寄った。
お土産やパンフレットを見ていたら、そこの受付の女性が原城の話しを始め三十分間位お話されていましたがフェリーの時間もあるので切り上げて車を走らせました。

原城を出てから車の中で女の人から挨拶をされました。「やっぱり連れてきてしまったんだ!」と思った。
名前は「浅姫」様。
この名前に関しては本人がそのように言っておられたのですが、本当の名前は「キヌ」さんである。
タジさんは一人席が空くと一人再び連れて来るんだ。一人席しかないんだと思った。
浅姫様は品の良いとてもきれいな方でした。
なぜ、タジさんについたのかは後ほど書きます。
ここからは本名の「キヌ」さんと呼ぶことにします。
キヌさんは、私と話ができることをとても喜んでくれた。私はビックリする人ではなかった。
ところでキヌさんとはどういう人かというと家は江戸にあった。父がお殿様の補佐役という仕事をしていた。
家族は父、母、兄三人、妹の七人家族だった。兄も優秀で武術を学んでいた。妹も料理好きだった。
キヌさんは「浅姫」の名前で通したかったけど、そうはいかなくなった。
キヌという名前が本当の名前だからだ。
キヌという素敵な名前をもらいながらも、殿様に気に入られているところを私たちに現したかったようでした。
父の仕事の都合でお供をさせてもらうことがあり、お城には何度もいったことがあったキヌさん。
一番の目当ては美味しい砂糖菓子。菓子はいつも違うものが出てきた。
花の形をしているものや鳥の形をしてたり大きかったり小さかったり柔なかったり硬かったりとキヌさんの心を揺さぶるものだった。
実をいうとキヌさんはお菓子に魅力を感じていて、殿様のことは大嫌いだった。
その殿様はいつも頭ごなしで、父のことを怒っていた。何も悪いことしてないのに、言いつけも沢山言ってくる。
それができないとなじる。そばで話を聞いている私も辛くなる。
だけど、それはそれとして・・・。
とにかくキヌさんの頭の中は、かわいい美味しいお菓子のことでいっぱいだったことは確かだ。
キヌさんの性格と言ったら、とにかく明るくて人を笑わせたり鼻をピクピクさせて特別楽しい笑いでみんなを喜ばせた。
話術も次から次へと出て来て楽しませて、他にも特技は字がうまいこと。
字が上手なのは父のお供で城に行くたびに字の練習をしたからだ。城では、キヌさんのことを知らない人はいなかった。
そのおかげで 殿様に気に入られてしまった。
キヌさんの性格は明るいだけではなく人に合わせられる人だった。
そして、困っている人がいるとほっておくことができず手を差し伸べてしまうのです。
汚い顔をして細くなっている人がいると食べ物をあげた。それでよく父に怒られた。
禁じられると逆にしたくなるタイプだった。
素直じゃないところもあった。
では「キヌさんの言葉」を聞いてください。
~キヌさんの言葉~
自分の良心の声に従って生きてきた。それは私が七歳の時だった。
私は結構頑固な所があった。またそこも殿様に気に入られた。
字、性格、そして、顔など。
いつしか殿様に呼ばれることも多くなった。
父と一緒に行くことが十歳からは苦痛となってきたが、殿の命令であると言われると母が「行きなさい」とせかすし兄達も「お家のためだ」と言われて仕方なく通うのであった。
歌会、舞踊などあると必ず父と一緒にお誘いを受けた。殿様のお酌係だ。
「これが、本当に嫌なんですよ~触りまくるし(笑)」
七歳のときにはお菓子のために城へ行っていたけど、今は、お家のためだけに通った。
それは父、母、兄妹が困らないようにとにかく我慢我慢と思い、殿様に尽くすことを心に決めた。
そういうこともあり勉学に励んだ。漢字、ひらがな、そろばん、書物も読んだ。読まされることもあった。結構できる人間でした。
十歳も超えると愚痴を言わなくなった。父を悲しませることはできなかった。優秀な人になると決めた。
そして、小さい時からかわいがってくれた殿様に十三歳の頃、大奥の生活を進められた。
大奥でまた、学びの時間となった。その頃は、お裁縫、料理、掃除に至るまで学んだ。
十三歳にて殿様のお気に入りとなり殿様の寝間にも入ることも度々だった。
側室ではなく、あくまでも殿様のお気に入りの人だった。
私は、殿様のことは大嫌い、ただの義務感でした。
そうこうしている間に、その頃流行っていた流行り病にかかってしまい床にふせるようになった。
だけど、城ではちゃんとした布団で寝て、薬ももらい治療することは許された。
時間がたっても熱は下がらない、咳はひどかったので殿様に呼び出されて島流しのお達しがあった。
島流しの場所は知らない「長崎」という土地だ。
死ぬのかと思ったものの、行ってみると、そこの土地の方々がとても良い人で神様を信仰していた方々だった。
私も神様にすがる思いになっていった。幕府側からキリシタンの側へと私は寝返って行くのでした。
もともと、あの殿様は大嫌いな人だったし、ついていけない思いだったので、寝返るのも抵抗はなかったです。
体がボロボロになって、こんな惨めな私って思ったけど長崎に来てから変わった。
体調が少し良くなった気がすると思ったからだ。今、ここにいること自体が奇跡なのかもしれない。
若いリーダーがみんなをまとめて原城へといざなって行った。
自分達の思いを幕府に訴えた。歯向かうことで自分達の正しさを訴えたのだ。
だが、幕府軍の勝利となって息絶えた。息絶えたことに関しては全く後悔なし。
ここでの人々の温かさや、こんな体でも、嫌な顔一つしないで私を受け入れてくれた優しい方々と出会えたことを嬉しく思っていたからだ。
あの大奥と言う冷たい場所では味わえない心の豊かさだったのかもしれない。
原城での生活ぶりを振り返るとみんなの気持ちが一つとなり不平不満を漏らす人はいなかった。
幕府軍がせめて来てから1637年10月から1638年2月まで、とにかく苦しい日々が続いた。
でも、神様に支えられ神様の愛に満ちていた生活、神様がすべてを許してくれた。
幕府軍のためにも祈った。幕府軍にはその祈りは届かなかったのか?
最終的な結果は幕府軍の勝利で終わったのである。
私は心の中がポッカリと空いた。
ここにいるのか?あちらの世界にいるのか?

それは自分で決められないけれど、ここにいた。
あちらの世界ではなさそうだ。ずーとここにいるのかなとも思った。
1638年2月から私はここにいる。
ここには沢山の方々が訪れる。この悲惨な場所にやってくる。
だけど、自分の思いと重ねて本当に「お悔やみ申し上げます」と心から泣いている人は少なかった。観光地のような感覚の人もいたからだ。
実際、私はタジさんと出会うまで380年ぐらいここにいた。
2022年1月13日にタジさんを見た時に、父のような人が来たと思った。
黒尽くめで凛としている。タジさんのことを見た瞬間、この人について行こうと思った。
そうしたら勝手に体が動いた。そして、いつの間にかタジさんの体の所に自分の体がくっついた。
「えっ?」とビックリしたが父に似ているこの方、なにかしてくれるのか?
それとも変な宗教の人が私をさらったのか?それは魔術なのか?
等々色々と不安になった。
もう降りられない。恐怖を感じた。
長い間、原城にいたから。父のぬくもりはとうに忘れていた。
だけど、タジさんは命ある人間だった。
色々と考えていたがなんと私のことがわかるルルちゃんが横にいた。
自分の不安はそこで一変になくなった。そのルルちゃんって私のことがわかる変な人だった。
恐る恐るルルちゃんに声をかけた。
そうしたら返答があった。「あれ~?」私の言っていることをタジさんに伝えているではありませんか〜
わあ〜すごい人と思った。
なんだか変な人なのに妙に懐かしさも感じた。
おばあちゃんみたいな感じだ。私はそれから二人を信じて見ようと思った。涙があふれる・・・
ルルちゃんに、田舎のおばあちゃんの場所、戸隠に帰りたいと話をするのでした。
長野県はルルちゃんが大好きのようだ。
だけど、ルルちゃんは戸隠には行ったことがなくて初めての訪れる場所とのことだった。
ルルちゃんは「必ずキヌさんを戸隠まで連れて行ってあげる」と約束した。
私は、さみしくなるとルルちゃんとお話をした。気持ちはいつも落ち着く。
4月には長野に行けると言うこともあり希望で満ちていた。
すぐに送れなかったのは、ルルちゃんは、ミュージカルと言うものの稽古で忙しかったからだ。
タジさんはというと兄達みたいに武道の稽古をしていた。この時代もそんな剣術があるのかと思った。
2022年1月13日にルルちゃんと会ったけど1月16日頃から具合悪そうなルルちゃん。
なんだか苦しそうで私は気が気ではなかった。何もしてあげられなかった。
そのうち、タジさんも苦しそう。具合悪くてハアハアしてる、倒れた。
だけど黒い飲み物を飲むと変に元気になるタジさん。
なんだ〜この飲み物はと思った。味わったことがない飲み物、「ガラナ」という名前の飲み物だった。
そのうち二人とも元気になってくれた。安心して嬉しかった。(二人は流行り病になっていたようです)
月日は経っていき、やっと4月長野へ26日は雨だった。
次の日、4月27日に戸隠神社奥社参道へと二人は進んで歩いて行ってくれた。
思いっきり、長野の空気を沢山吸えた。ありがたき幸せだった。
少し歩きに自信のないルルちゃんだったけど初の挑戦を私のためにしてくれた。
タジさんと一緒に一歩一歩、ルルちゃんは杖をついていた。
とにかく私のために二人は歩いて行ってくれた。涙が溢れた。
随神門(ずいしんもん)の所にきた時に父が迎えに来てくれていた。父と無事に天に上がって行くことができた。
「タジさん、ルルちゃんありがとう。
やっと故郷のこの地にきて天に上がれます。感謝の気持ちしかありません」とルルちゃんに言葉を託した。
ルルちゃんは無事に登って行った私を見て安心して涙を流していた。思わず声が震えた。
この瞬間がルルちゃんにとっていつも不安との複雑な気持ちが入り交じる時のようです。
(ちゃんと上に上がって行けるのかと思ってしまうからだ)
その時に出てきた、父がタジさんに「これから富がくるであろう」と言って、キヌを連れて、上へ上へと帰りました。
~キヌさんの言葉~ ここまで
【エピローグ】
本当にお父さんと会えて良かった。
私の心も晴れやかになった。
でも、ちょっぴりさみしい。
キヌさんとお別れだからね。
長崎 原城の浅姫様 完

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