優しくされたあと、自分のことが少し嫌になる。
夜。
玄関のドアを閉める。
外の音が、
少し遠くなる。
靴を脱いで、
鞄を置く。
今日、
誰かに優しくしてもらった。
ほんの小さなことだった。
「大丈夫ですよ」
そう言って、
笑ってくれた。
その場では、
「ありがとうございます」
と笑った。
嬉しかった。
ちゃんと、
嬉しかった。
でも、
家に帰ると、
そのことを思い出した。
あんなふうに
優しくしてもらえる自分で、
いいのかな。
もっとちゃんとした人なら、
もっと何か返せたんじゃないかな。
そんなことを、
考えていた。
冷蔵庫の音だけが、
小さく聞こえている。
窓を少し開ける。
網戸の向こうから、
虫の声が聞こえる。
夜の空気が、
部屋にゆっくり入ってくる。
昼間より、
少しだけ涼しい。
でも、
心の中には、
まださっきのことが残っている。
どうしてだろう。
優しくしてもらっただけなのに。
何も悪いことを
していないのに。
私はいつの間にか、
優しくしてもらったことより、
優しくしてもらった自分を
考えていた。
ちゃんとした人で
いられているかな。
何か返せる人で
いられているかな。
そんなことを考えているうちに、
さっきまであった
温かい気持ちが、
少し遠くなった。
そして、
そんなふうに考えてしまう
自分のことが、
少し嫌になった。
窓の外を見る。
遠くの家に、
明かりがひとつついている。
その明かりを見ながら、
ふと思う。
誰かに、
傘を差し出してもらったら、
その場で同じ傘を
返さなくてもいい。
雨の中で、
濡れずに歩けたなら、
まずは、
それでいい。
いつかどこかで、
誰かが雨に濡れていたら。
そのとき、
傘を差し出せばいい。
そう思えたら、
少しだけ、
息がしやすくなった。
開けた窓から、
夜の風が入ってくる。
カーテンが、
わずかに揺れた。
今日もらった優しさを、
今夜は、
そのままにしておこう。
電気を一つ消す。
部屋が、
少しだけ暗くなる。
窓の外で、
遠くを車が走っている。
その音が、
夜の向こうへ消えていく。
もらった優しさを、
そのまま抱えて、
眠ろう。
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誰かに優しくしてもらったあと、
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こちらの記事では、
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「『ありがとう』のあと、もう一度考えてしまう。」
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