神社潰しが大好きな明治政府
【元来の神の名前が消えている理由】
参照:み熊ネットより
過去にも為政者は古来の神や民衆の神々等を消してきましたが、一番目立つのはやはり明治時代だったのでは?と思います。
今から百年ほど前、明治政府は
天皇に権力を集中させる『国家神道』
という方針を日本政府が打ち出し、それに向けて神社の統制をしていました
神社を整理統合して1町村に1社だけにする
という神社合祀政策を進めました。
合祀 熊野の例を元に解説
合わせて祀る。神社の統廃合です。潰された神社の森は伐られました。
元々木材や木炭の原料とし木は伐採され減少していました
熊野地方は古くから木材や木炭の産地だったので、熊楠の時代にすでに自然の森、原生林っぽい森というのは神社の森と、他には切り立った場所とかよほどの奥山とかにしか残されていませんでした。
神社合祀は、そのわずかに残されていた自然の森を破壊する自然破壊でした。だから熊楠は神社の森を守ろうと神社合祀反対運動に立ち上がりました。
熊楠は神社合祀反対運動の中でエコロジーという言葉を使いました。エコロジーを日本に初めて紹介した人はまた別の人(東京帝国大学教授の三好学)ですが、エコロジーという言葉を使って自然保護運動を行ったのは熊楠が日本で最初です。
文化庁が公表(『宗教年鑑 平成26年版』)
平成25年12月31日時点での都道府県別の宗教団体の数
これの神社の部分を見ると、現在、最も神社の数が多い都道府県は
1番:新潟県で、4762社
2番:兵庫県で、3867社
3番:福岡(3423社)
4番:愛知(3366社)
5番・福島(3073社)と続きます。
神社合祀を実際にどう行うかは各都道府県の知事に任されたので、都道府県により合祀を激しく行った場所、あまり行わなかった場所がありました。
※緩い場所も有りましたが強剪定の場所も有ったという事です
新潟や兵庫などは神社合祀に消極的で、そのために現在、神社が多い県となっているのだと思います。
( 'ω'o[ 我が読者の方で、新潟か兵庫にお住まいの方いらっしゃいますか?]o
という訳で、新潟か兵庫にお住まいの方は是非ともご近所の神社を良く観察してみて下さい。自分の地元の本来の信仰が残っている可能性が高いと思うのですが如何でしょうか?
逆に神社が少ない県を見ていきますと、最も神社が少ない県は?
( 'ω'o[ 日本一神社が少ない場所はどこか?]
一番目:沖縄県 13社
沖縄は明治より前は別の国で、別の信仰の形を持っているので神社は少ないです。
2番目:和歌山県
※何とあれだけ有名な聖地という印象なのに日本で二番目に神社が少ないという驚きの結果です!
具体的には444社。新潟県の10分の1以下です。
三番目:宮崎678社
四番目:大阪732社
五番目山口752社
六番目:香川804社
七番目:北海道808社
八番目:鳥取825
九番目:三重851
と続きます。
和歌山県のお隣の三重県はどうかというと851社で、47都道府県中9番目に神社が少ない県となっています。
熊野地方を含む和歌山県と三重県には、神社合祀政策が進められる以前はもっともっと沢山の神社がありました。
※この時に日本書紀等の神様に統一合流させた
ので、本来違う神様が地元にいても政府の都合で変えられたという事です。この事を本来の神様探しを観念でやったからって答えが出る訳がありません。スピ系の堂々廻りをして、惑わしのスピ本を読み井戸端会議をして無駄な時間を過ごすより、神社の神主にでも直撃したほうが真実がわかりますよ。
つまり政策で行われた事なので客観的な資料も残されている訳ですから。
( 'ω'o[ しかし、本来新潟より熊野の方が神社の数が多かったんです ]o
これは明治42年の和歌山県統計書です。和歌山県内の神社の数がわかります
神社合祀政策は明治39年(1905年)から始まりますが、その前の年には和歌山県には5836社の神社がありました。今の新潟県より1000以上多くの神社がありました。
それがどんどん減って、神社合祀政策が進められて7年後の大正2年(1913年)には442社になりました。
( 'ω'o[徹底して神社が潰された熊野 ]o
和歌山県ではおよそ92%の神社が潰されました。(和歌山県統計書. 明治42年 和歌山県統計書. 大正2年)
お隣の三重県では10413社の神社がありました。今の新潟の倍以上の神社がありました。それが7年後には1165社に。三重県ではおよそ89%の神社が潰されました。
全国では約20万社あった神社の13万社ほどになりました。全国ではおよそ35%の神社が潰されました。それに対して和歌山県と三重県ではおよそ90%の神社が潰されました。
そうした中で神社の森を守ろうと戦ったのが熊楠です。熊楠は日本の自然保護運動の先駆者でした。熊楠の生物研究の拠点は神社の森でした。変形菌の採集も神社の森で行われました。熊楠は変形菌の研究が有名ですが、その他、様々生き物に興味を抱き、観察や採集を行いました。
~以上~
この話を聞くと自然と神社はとても融合していて。まぁアミュニズムが本来の信仰なのである意味当たり前という部分もあるのですが、神社が建っているとそこをいじらないのでありのままの原始林とかが隣に有るという状況が多かったという事が言えます。
つまり神社を壊すと森も壊れるという事実はそこから来ていたのでしょうね。
明治政府はどんだけ、神社を壊したのでしょうか( ̄◇ ̄;)
私は何一つ尊敬出来ない家系ですが。それを皆様何故ペコペコしているんでしょうか?根拠は何?
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