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#1210 「事件は会議室で起きてんじゃない、現場で起きてんだ!」

稲盛和夫さんが提唱したフィロソフィに「正しい数字をもとに経営を行う」というものがある。(JALフィロソフィ、第2章 採算意識を高めるより)

この「正しい数字」。現代はかなり複雑化している。要は「何をもって正しいとするか?」が難しい。

「ビッグデータ分析」がもてはやされて、今ではそれがAIに置き換わろうとしている。ビッグなデータと言っても、その大半がゴミデータだとしたら、インプットの時点で間違っていることになる。言うまでもなくアウトプットはもはやデタラメ。

その「デタラメ」が重大な決定を下す経営会議の資料になったとしたら、単にカオスな結果をもたらすだけになるだけなんじゃないだろうか。

NHKオンデマンドで新進気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルさんのドキュメンタリーを見た。

「欲望の時代の哲学2020 マルクス ガブリエル NY思索ドキュメント」

中でも元LEGO社、現戦略コンサルタントのクリスチャン・マスビアウさんとの対話が興味深い。

マスビアウさん曰く、LEGO時代「最近の子どもたちはADHD傾向が強い」というデータを持っていた。つまり飽きっぽくて集中力が続かないため、販売するレゴも複雑なものよりシンプルなものにするという決定が下されようとしていたという。

ところが、実際にユーザー(子どもたち)に会うと、全くそんなことは無かった。皆、好きなことには集中して取り組み、最後まで成し遂げる気質があった。

まさに「事件は会議室で起きてんじゃない!」状態。そして、レゴもこの新しいデータを元にラインナップの7割を複雑なものに変更したところ、これが見事に当たったという。

また、最近「マクナマラの誤謬」という言葉を知った。マクナマラとはケネディ大統領〜ジョンソン大統領時代の国務長官、ロバート・マクナマラさんのこと。

彼もデータ至上主義で、まさに「正しい数字をもとに経営を行う」タイプの人間。それでフォードの社長にまで上り詰めようとしていた。(社長就任直前にJFKに請われて国務長官へと転身)

ところが、このデータ至上主義でベトナム戦争を戦い失敗する。

ものすごくざっくり言うと、人間の気持ちまで数値化することは出来なかった。

この「マクナマラの誤謬」の例として、
「外科医の評価をする時に術後生存率を用いたら、医師たちは簡単な手術ばかりするようになり、難しい手術を避けるようになりかえって全体の生存率が下がってしまった。」
とか、
「警察官の評価で検挙数を用いたところ、交通違反などの簡単な事案ばかり検挙するようになって重犯罪がはびこるようになってしまった」などが挙げられる。

うーん。確かに見かけ上の数字じゃ分析できないってことは多々ある。自分でも「なんちゃってデータサイエンティスト」気取りで「森を見て木を見ず」な仕事をしていた時期があり反省。

まさに「「事件は会議室で起きてんじゃない、現場で起きてんだ!」を忘れちゃいかんなと改めて思った次第。


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村守隆史|毎日note更新する人 この記事がちょっとでもお役に立てたら、コーヒー一杯ぶんの応援をお願いします☕️