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波の音|シロクマ文芸部

波の音を作ろうと思った。

小豆を入れたザルをゆっくり回すと、波の音になるらしい。

夜中に目が覚めて、今日会社であったことを何度も思い返す。

あのとき、なんて言えばよかったのか。

ぐるぐるしている。

スマホで、気持ちを落ち着かせる方法を検索した。

暗闇の中で画面だけが光る。

波の音がおすすめらしい。

でも、仕事中に携帯を使って波の音を再生するわけにはいかない。

だから、セルフで癒やしの音を作ろうと思った。

ただ、家に小豆はない。

こんな夜更けに、わざわざコンビニへ買いに行く気にもなれない。


波の音に代わる何かを探してみる。

小袋に入ったクナイプの入浴剤が机の上にあった。

袋を振る。

ザラザラとした粒の音。

封を開ける。

ラベンダーの香り。

吸って、吐いて。

吸って、吐いて。

吸って、長く吐いて。

自分の呼吸ができるようになった。


新聞配達のバイクが、隣の家の前で止まる音がした。

また、眠る時間がない。

・・・

波の音と言われても、何も思い浮かばなかった。

遠州灘の景色は浮かぶ。けれど、音までは思い出せなかった。

私にとって海といえば浜名湖だ。

サーフィンができるような波は立たない。

風が吹くと、さざ波が寄る。

・・・

東京から友達がやってきた時、前から泊まりたいと思っていた割烹旅館「琴水」を予約した。

友達は最終の新幹線で浜松に着いた。

駅から車を走らせる。

夜の奥浜名湖は真っ暗だった。

迷って同じところを行ったり来たりした。

ようやく旅館にたどり着いた。

店主が離れを用意してくれた。

志賀直哉、木下恵介が愛した部屋だと言う。


夕飯の時間は過ぎていた。

近くにコンビニを見かけなかった。

館内に自販機もなかった。

館内電話でみかんジュースを頼んだ。

待っている間、私は黙ってカバンの荷解きをしていた。


出されたお茶を飲んでいた友達が立ち上がった。

「障子の向こうから、波の音がする。」

窓を開けた。

月の光に照らされる湖面。

遠くで繰り返される波の音。

穏やかさが満ちてくる。

蚊取り線香の煙が揺れていた。


あの夜の波の音を、思い出した。



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