台所に戻ってくる人たちへ
教室の片づけが終わったあとの静けさが、私は好きだ。
さっきまで人が立っていた調理台。
まだ少しだけ残っている湯気の気配。
守りを終えた包丁の、かすかな光。
昨日、ホールフードの『応用コース』が修了した。
ほっとした、というより、
今年もまた一つ、
それぞれの中に小さな種が芽吹いた——
そんな感覚に近い。
応用コースという設計
応用コースも、基礎コースと同じく、
調理実習と講義の二本柱で進めている。
講義の内容は、
• 遺伝子組み換え(天笠啓祐先生)
• 経皮毒(山下玲夜先生)
• ナチュラルクリーニング(佐光紀子先生)
• オーガニックガーデン(曳地トシさん・ハルさん)
並べてみると、
食の講座という枠には、少し収まりきらない顔ぶれかもしれない。
なぜ、この講師陣なのか
毎回、思う。各界の創設者、第一人者とも言える方々が、決して大人数とは言えないこの教室に、なぜ足を運んでくださるのだろう。
Whole Foodの考えに深く共鳴してくださっていること。
そしてもう一つ。
結局、講師の皆さんも、
同じゴールを見ているのだと思っている。
食だけ良くてもたどり着けない。
暮らしだけ整っても持続できない。
農業だけ守っても未来は開かない。
すべては、つながっている。
その前提を共有できる講師の方々が、
この教室の教壇に立ってくださっている。
ベテランほど、学び続けているそして今年、あらためて感じたことがある。
講師の先生方は、
すでに十分すぎるほどの実績を持つベテランばかりだ。
それなのに——毎回、内容を見直し、
研究を重ね、静かにアップデートして来てくださる。
「もう知っている」ではなく、
「まだ更新できるはずだ」と。
その姿勢は、
正直、あっぱれ。拍手喝采である。
教える側に立つ人間こそ、
学びを止めてはいけない。
その背中を、
今回も私は横で見せていただいた。
応用コースの本当の目的
誤解されやすいのだけれど、
応用コースの目的は、
単にレシピを増やすことではない。
一番の願いは、
料理を好きになってもらうこと。
そして、
「料理って楽しい」と
自然に思えるようになってもらうこと。
そのために必要なのは、
感覚だけの学びでは続かない。
システム的に理解し、
自分の頭で整理し、
自分の手で再現できること。
それが、一生もんの料理を続けていく
本当の糧になると、私は信じている。
私自身が、桜澤里真先生、吉成先生、小川みち先生から学び、そう実感してきたからだ。
自己流でも、ちゃんと進んでいる
生徒たちを見ていると、
相変わらず自己流だなあ、
人の言うこと、聞いてないなあ、
と思う瞬間も、正直ある。
でも、それでいい。
確実に、
それぞれのペースで、
理解は深まってきている。
表面的な正解より、
自分の中に落ちているかどうか。
私は、そこをいつも近くで見てきたつもりだ。
道具が、人を前に進める
昨日、こんな出来事があった。
念願だった食道具竹上の包丁を購入した生徒が、あまりに嬉しくて、
「切れ味が良くて、感激して、
先生にメールしようかと思いました」
と伝えてくれた。
道具が変わると、
手が変わる。
手が変わると、
料理との距離が変わる。
人は、何かのきっかけで、
少しずつ台所に戻ってくる。
応用コースのテーマは「暮らしの安全」
応用コース全体を貫いているのは、
暮らしの安全という視点だ。
食も、暮らしも、農業も、
根っこは全部つながっている。
最終日のナチュラルクリーニングの講義でも、
受講生の反応はとても素直だ。
「これは、いいわぁ。手も荒れないし、
環境負荷も少ないし、
いろんな洗剤を買わなくて済む。
掃除時間の短縮にもなるよね」
——八方よし。
ここまで自分の頭で理解すると、
人は、もうやめない。続ける。
一生もんの知恵になる。
強制では、人は続かない
ここが、応用コースのいちばん大事なところ。強制ではなく、
おどしや恐怖でもなく、
流行でもない。
自分の頭で理解して、
ストンと腑に落ちること。
そこまで行くと、
人は勝手に続けていく。
私は、その瞬間を、
何度となく教室で見てきた。
受講生のみなさんへ
今回の応用コースを終えて、
あらためて思っている。
もう、急がなくて大丈夫。
誰かの正解をなぞらなくてもいい。
完璧にできなくてもいい。
でもどうか、
台所からだけは離れないでほしい。
自分の手で選び、
自分の手で作り、
自分の感覚で確かめる。
その積み重ねが、
いつか必ず、自分の料理になっていく。
教室は、
いつでも、洗足池にある。困ったとき、迷ったとき、扉は、いつでも開けて待っている。
