夢やぶれて…
子供の頃から何か得意なものや、大好きなものがあったわけではない。
何でもそこそここなすが、決して一番にはなれない器用貧乏…それが私だ。
学生の時、漫画やイラストがとても上手なクラスメイトがいた。
絵は才能に恵まれた人のみが出来るものだと思っていた。
ある時、私の席の後ろでクラスメイトが黙々とイラストを描いていた。
当時、私も読んでいて好きな漫画だった。
彼の描くイラストはキャラクターの特徴はおさえつつ、シンプルにデフォルメしつつも彼の個性の表れた素敵なイラストだった。
ふと彼がトイレに行くと席を離れたとき、妙に気に入ってしまった彼のイラストを真似て、彼が落書きをしていた紙に描いてみた。
トイレから帰ってきた彼が紙をみて、
「あれ?俺、ここにも描いてたっけ?」と言った。
自分が描いた事を告げると、
「凄い上手いじゃん!俺、自分が描いたものだと思ったよ!」と褒めてくれた。
この言葉が私の夢の始まりだった。
それから授業中は落書きの時間と化した。
授業時間に落書きをし、休憩時間に見せて評価を聞く。
最初は見様見真似の下手糞な絵が、ちょっとずつプロのお手本に近づく事に快感を覚え、ひたすら模写をしまくった。
当時はパソコンで絵を描くことも、ネットで見せ合う事もない時代。
せいぜい自分の周りと雑誌の投稿、商業誌の漫画ぐらいしか比較対象がなく、もしかしたら自分に才能があるのでは?と錯覚してしまった。
同じように絵を描く仲間とワイワイと、遊びで絵を描くことはとても楽しかった。
そんな安易な考えで、絵に関わる仕事をして、生きていきたいと思った。
けれど、現実はそう簡単ではなかった。
知り合いのつてで、初めてイラストの仕事を貰った。
正直、まだとてもプロとして通用するような実力ではなかったのだが、何事も経験だからと、先方のご厚意で仕事を任せてもらったのだ。
今、思い返しても胃がキリキリする。
オリジナルな絵柄も、独特なタッチも、テクニックも、アイデアも、何も引き出しが無い、圧倒的にインポート不足、実力不足な状態で、クライアントの要望に合わせたイラストを描く。
趣味で好きなキャラクターを描くのとは全く異なる生みの苦しみ。
何も描けないまま時間だけが過ぎてゆく…。
どんどん締め切りが近づいてくる…。
逃げ出したいけど逃げ出せない…。
迷走した挙句、何とか形にしたイラストは、見るも無残なド下手糞な絵で、素人の落書きとしか形容しようがないものでした。
しかし先方はそんな中から使えるものを使って、本にしていく…。
期待に応えられない不甲斐なさと、圧倒的な実力不足と、才能の無さと、自分でも納得が出来ていないものが、世の中に出回ってしまうという恥ずかしさと、報酬を貰う事の後ろめたさで、絵を描くことが辛くなってしまいました。
それでも何かクリエイティブなものに携わっていたいという気持ちから、当時勢いのあったメジャーなパソコンゲーム会社にアルバイトで作品に携わらせてもらいました。
しかし、当時のゲーム会社は想像以上にブラックで、恐らく、クリエイティブな会社はみんなそうだったのかもしれませんが、20時間拘束は当たり前、3ヵ月間休みなし、家にも帰れない、など、かなり過酷な環境でした。
ちょうど今の奥さんと付き合い始めたばかりの時期で、とても家庭と両立して続けられる仕事ではないし、一人で生きていくのならいざ知らず、パートナーと生きていくのなら、これを仕事とすることは出来ないと、1作品が完成するまでやらせてもらい、それを期に、クリエイティブな業界からは足を洗いました。
10~20代の殆どの時間を費やした『夢』でしたが、結局は違う道を選んだ自分を、正直、『敗者』だと感じていました。
その後、親族経営の中小企業にアルバイトで雇ってもらい、幸いな事にパソコンを使える人がいなかった為、パソコンが使えるという事で、正社員として登用して貰える事になりました。
さすが親族経営の中小企業、人員も設備もそろってない為、本当に何でも屋のように色んな事を頼まれました。
ほぼ一人でこなさなくてはならない為、その中で自然と、どうすればうまくいくかを考えるようになりました。
どうすれば手間が減るか。
どうすれば早くできるか。
どうすれば効率がいいか。
どうすれば要望に応えらえるか。
常に新しい事に直面し、自ら創意工夫で切り開かねばならない状況に置かれていた時間は、不思議と心地よく、まるで謎解きゲームをしているようで、充実感がありました。
作品は作っていない。
誰かに見せるものもない。
それでも、何かを創造しているという手応えを感じました。
芸術や文学、音楽やサブカルなどは、創作の代表格ではありますが、生きる中で考え、工夫し、仕事を改善し続けることもまた、創作のエッセンスがあるといえるのではないか。
今は、そんなふうに思っています。
夢を諦め、創作に携わり生きていきたかった気持ちは、まだ心の奥底で燃え尽きそうな炭のようになって燻っています。
けれど、その気持ちを無理に叶えようとしなくても、創意工夫の気持ちをもって過ごせば、日々の中で少しだけ和らげることはできる。
縁あってNOTEに来て、沢山のクリエイティブな方の眩しい太陽のような才能を感じて、目を細めてしまう事もあるけど、今はあのころのような『敗北感』はない。
『夢』とは異なる生き方にはなったけど、日々、生きているだけで、クリエイティブな事は周りに溢れているのだ。
