教師まで「やすらかに」と書いた中野富士見中学“葬式ごっこ”事件 いじめを止めなかった大人の責任
1986年2月1日、東京都中野区立中野富士見中学校2年の鹿川裕史さんが、岩手県盛岡市の駅ビル地下で亡くなっているのが見つかりました。
遺書には、
「おれだってまだ死にたくない」
「このままじゃ、生きジゴクになっちゃうよ」
という言葉が残されていました。
この事件で今も語り継がれているのが、亡くなる約3カ月前に教室で行われた「葬式ごっこ」です。
クラスメートは鹿川さんを「死んだ」ことにして、机に花や線香を置き、色紙に寄せ書きをしました。そこには「やすらかに」「さようなら」などの言葉が書かれていました。
さらに重いのは、担任を含む教員もその色紙に関わっていたことです。
いじめを止める立場の大人が、子どもを「死んだ」扱いにする空気に加わった。ここが、この事件を単なる生徒同士のいじめではなく、学校全体の責任を問う事件にしました。
事件後、学校側の対応にも批判が集まりました。いじめを正面から認めるのではなく、問題を小さく見せようとした姿勢が、遺族と社会の怒りを強めました。
この事件から約40年近くたっても、学校のいじめ問題は終わっていません。
SNSでの仲間外し、教室での孤立、教師の見落とし、重大事態後の説明不足。形は変わっても、被害を受けた子どもが一人にされ、親が後から事実を知る流れは今も残っています。
鹿川さんは遺書に、
「他のヤツが犠牲になったんじゃ意味ない」
という言葉を残しました。
この言葉は、過去のものではありません。
いじめを軽く扱う学校。
見て見ぬふりをする大人。
事実を小さく見せようとする組織。
中野富士見中学「葬式ごっこ」事件は、今の学校現場にも突きつけられている警告です。
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週刊TAKAPI本編では、事件の経緯、教師の関与、学校対応、裁判、そして現在のいじめ重大事態との共通点まで詳しく整理しています。
