諸葛孔明は、なぜ自分をボトルネックにしてしまったのか――松下幸之助「任せて任せず」と比較する
諸葛孔明と松下幸之助。
時代も違う。
立場も違う。
一方は、三国時代の蜀を支えた政治家・軍師。
もう一方は、一代で世界的企業を築いた経営者です。
単純に比較できる二人ではありません。
しかし、
「トップがどこまで自分で判断するのか」
という視点から見ると、非常に面白い違いが見えてきます。
松下幸之助は、会社が大きくなるにつれて、自分の仕事や権限を人に渡していきました。
一方、諸葛孔明は、蜀という国を背負う中で、多くの仕事と判断を自分に集中させていきました。
極端に言えば、
松下幸之助は「自分がいなくても回る組織」をつくろうとした。
それに対して、
諸葛孔明は「自分がいなければ回らない組織」の中心になっていった。
私は、この違いに、
現代の中小企業経営者が考えるべき大きなテーマが隠れていると思っています。
「政事、巨細無く、咸く亮に決す」
正史『三国志』諸葛亮伝には、非常に象徴的な一文があります。
「政事、巨細無く、咸く亮に決す」
国の政治について、大小を問わず、諸葛亮が判断した。
という意味です。
これだけを見ると、
「さすが孔明」
と思うかもしれません。
何でも分かる。
何でも判断できる。
国政も外交も軍事も分かる。
しかも、極めて責任感が強い。
トップとして、これほど頼りになる人物はいないでしょう。
しかし、時間戦略の視点から見ると、まったく違う景色が見えてきます。
大小を問わず、自分に判断が集まっている。
これはまさに、
トップが組織のボトルネックになっている状態
だからです。
優秀な人ほど、仕事が集まる
これは現代の会社でも同じです。
社長が一番営業を知っている。
社長が一番お客様を知っている。
社長が一番技術を知っている。
社長が一番数字を分かっている。
社員が困ったとき、社長に聞けば答えが返ってくる。
すると、当然、社員は社長に聞きます。
そして社長も、
「自分が答えた方が早い」
と思う。
実際、その方が早いでしょう。
ところが、この状態を続けていると、
社員はますます社長に聞くようになります。
社長はますます忙しくなります。
管理職は自分で判断しなくなります。
さらに判断が社長へ集まります。
私はこれを、
「優秀な社長の罠」
だと思っています。
能力が低いからボトルネックになるのではありません。
むしろ逆です。
能力が高いから、仕事と判断が集まってしまう。
孔明は、その究極の姿なのかもしれません。
孔明は、帳簿まで自分で確認していた
孔明には、さらに興味深い逸話があります。
『三国志』裴松之注が引用する『襄陽記』によれば、孔明は自ら帳簿の確認までしていました。
それを見た主簿の楊顒が諫めます。
家を治めるなら、
耕作する者がいる。
炊事をする者がいる。
犬には犬の役割があり、
馬には馬の役割がある。
家の主人がすべてを自分でやろうとしたら、疲れ果てて何も成し遂げられない。
つまり、
「トップにはトップの仕事がある。細かな仕事まで自分でやってはいけない」
という意味のことを孔明に進言したのです。
驚くのは、1800年近く前に、すでに同じことを指摘されていたことです。
現在の中小企業でもあります。
社長が見積書を確認する。
社長が社員の日報を細かく見る。
社長が小さな経費を承認する。
社長が一般社員へ直接指示する。
社長が顧客からの小さな問い合わせまで処理する。
本人は、
「会社のため」
と思ってやっています。
しかし、その結果、
社長にしかできない未来の仕事が後回しになる。
これでは本末転倒です。
司馬懿は、孔明の「時間の使い方」を見ていた
五丈原で孔明と対峙した司馬懿には、有名な逸話があります。
『三国志』の裴松之注が引く『魏氏春秋』によると、司馬懿は蜀から来た使者に、軍事機密を聞きませんでした。
聞いたのは、
孔明はどれくらい寝ているのか。
どれくらい食べているのか。
どれくらい仕事をしているのか。
使者は、
孔明は早朝から夜遅くまで働き、多くの案件を自分で確認し、食事も十分に取れていない、
という趣旨のことを答えます。
それを聞いた司馬懿は、
孔明の寿命は、もう長くないと見抜いたと伝えられています。
ここが非常に面白い。
司馬懿が見ていたのは、
孔明の戦術ではありません。
孔明の時間の使い方です。
どれだけ優秀でも、
一人の人間が処理できる仕事量には限界があります。
身体にも限界があります。
集中力にも限界があります。
一人に仕事と判断が集中すれば、その人が止まった瞬間に組織も止まります。
司馬懿は、
孔明という人物そのものが蜀軍最大の強みであり、同時に最大の弱点でもある
と見ていたのかもしれません。
ただし、孔明を簡単に批判することはできない
ここで注意しなければならないことがあります。
私は、
「孔明は部下を育てられなかった」
「権限委譲が下手だった」
と単純に批判したいわけではありません。
孔明が置かれていた状況は、現代企業とはまったく違います。
劉備は亡くなった。
後を継いだ劉禅は若い。
蜀は魏に比べて国力が小さい。
人材も豊富とはいえない。
しかも戦争中です。
劉備から国の将来を託された孔明には、
「自分がやらなければ」
という強烈な責任感があったでしょう。
だからこそ、細部まで見た。
だからこそ、誰よりも働いた。
だからこそ、蜀という国を支えることができた。
孔明の責任感と能力がなければ、蜀はもっと早く立ち行かなくなっていた可能性もあります。
問題は、そこではありません。
私が注目したいのは、
優秀なトップが責任感から仕事を抱え込むと、そのトップ自身が組織の最大のボトルネックになり得る
という構造です。
これは、現代企業でもまったく同じなのです。
松下幸之助は、反対の方向へ進んだ
ここで松下幸之助と比較すると、違いがはっきりします。
松下電器も成長するにつれて、幸之助一人では会社全体を見られなくなりました。
商品が増える。
工場が増える。
社員が増える。
販売地域が広がる。
ここで、
「もっと自分が頑張ろう」
と考えたら、幸之助自身に仕事と判断が集中します。
しかし、幸之助が進んだのは反対方向でした。
1933年、松下電器は事業部制を導入します。
事業ごとに責任者を置き、
開発。
生産。
販売。
収支。
まで、一貫して責任を持たせました。
単なる仕事の分担ではありません。
経営そのものを任せた
のです。
孔明型と幸之助型
かなり単純化して整理すると、こうなります。
孔明型
自分が一番分かっている。
だから自分が判断する。
重要なことだけでなく、細かなことまで確認する。
責任感が強い。
間違いを減らしたい。
結果として、
仕事と判断が自分へ集中する。
幸之助型
自分一人では限界があると考える。
人に責任を持たせる。
責任に見合う権限を渡す。
自分で判断させる。
数字で結果を見る。
経営そのものを経験させる。
結果として、
自分以外にも経営できる人を育てる。
もちろん、これは二人のすべてを表した比較ではありません。
しかし、現代の組織経営を考える上では非常に分かりやすい対比です。
「自分でやった方が早い」は、会社を弱くすることがある
社長からよく聞く言葉があります。
「自分でやった方が早い」
これは、おそらく事実です。
10分でできる社長の仕事を、社員に任せる。
説明に20分かかる。
社員がやれば30分かかる。
さらに間違えるかもしれない。
だったら、自分で10分でやった方がいい。
短期的には、その通りです。
しかし、それを5年続けたらどうなるでしょう。
社長は5年後も、その仕事をやっています。
社員も5年後まで、その仕事ができません。
これが怖いのです。
「自分でやった方が早い」は、今日を効率化する。
しかし、
未来の組織づくりを遅らせることがある。
ここを経営者は考えなければなりません。
任せるとは、仕事を押しつけることではない
では、松下幸之助型にすればいい。
何でも社員へ渡せばいい。
そんな単純な話でもありません。
任せるには条件があります。
誰に任せるのか。
何を任せるのか。
どこまで判断していいのか。
どんな結果を求めるのか。
どんな数字を見るのか。
どの段階で報告するのか。
どんな場合に社長へ戻すのか。
これを決めずに、
「これから君に任せる」
と言っても、それは権限委譲ではありません。
丸投げです。
だから松下幸之助の思想に、
「任せて任せず」
があります。
任せる。
しかし、放置しない。
細かな仕事には口を出さない。
しかし、
目的。
方針。
人。
数字。
結果。
は見続ける。
これがトップの仕事です。
トップの仕事は「一番仕事ができる人」になることではない
創業期の社長は、
一番営業ができる。
一番商品を知っている。
一番お客様を知っている。
一番働く。
それでいいと思います。
しかし、会社が成長すれば、社長の仕事も変わります。
いつまでも、
「会社の中で一番仕事ができる人」
でいる必要はありません。
むしろ、
「自分がやらなくても仕事ができる人を増やす人」
にならなければならない。
さらに会社が大きくなれば、
「経営できる人を育てる人」
になる必要があります。
ここが、創業者から経営者への大きな転換点です。
社長の予定表を見ると、その会社の組織力が分かる
私は「時間戦略」を専門にしています。
経営者の予定表を見ると、その会社の状態がかなり分かります。
社長が毎日顧客対応をしている。
社員から相談が次々入る。
小さな決裁が大量にある。
会議ばかりしている。
クレームが起きるたびに社長が出ていく。
一般社員と直接やり取りしている。
それは、
「社長が忙しい」
という問題だけではありません。
その会社の権限と責任がどこに集中しているか
が、時間の使い方に表れているのです。
だから私は、
社長の時間は、経営構造を映すデータ
だと考えています。
本当に怖いのは、社長が倒れることだけではない
孔明の例を見ると、
「働きすぎてはいけない」
という健康論に見えるかもしれません。
しかし、経営上もっと怖いことがあります。
トップに仕事が集まると、次のトップが育たない。
ということです。
社長がすべて判断する。
社員は社長に聞く。
管理職も社長に聞く。
失敗しそうなら社長が助ける。
問題が起きれば社長が処理する。
すると、
社員は判断経験を積めません。
管理職も経営感覚を持てません。
社長がいなくなった途端、
会社が回らなくなる。
これは、
社長が会社を守っているように見えて、実は会社を社長依存にしている
状態です。
優秀な社長ほど、一度立ち止まって考えてほしい
社員から何でも相談される社長。
お客様から絶大な信頼を受けている社長。
重要案件は全部自分が処理できる社長。
それ自体は素晴らしいことです。
しかし、一度考えてみてください。
その仕事は、
本当に社長がやらなければならない仕事でしょうか。
その判断は、
本当に社長にしかできない判断でしょうか。
その相談は、
本当に社長まで上げる必要があるでしょうか。
そして、
あなたが1か月会社を離れても、その仕事は回るでしょうか。
ここに、社長ボトルネックを見つけるヒントがあります。
孔明から学ぶべきなのは「もっと頑張ること」ではない
諸葛孔明は、後世から尊敬され続ける人物です。
知恵がある。
誠実である。
責任感が強い。
使命のために働き続ける。
経営者として学ぶものはたくさんあります。
しかし、時間戦略の視点から孔明を見ると、もう一つ大切な教訓が見えてきます。
それは、
どれほど優秀でも、一人で背負えるものには限界がある
ということです。
会社が大きくなっているのに、社長だけがさらに頑張る。
社員が増えているのに、社長の判断が増える。
管理職をつくったのに、結局社長が最後に決める。
これでは、組織をつくった意味がありません。
社長ボトルネックを外すとは
社長ボトルネックを外すというと、
「社長の仕事を減らす」
という話に聞こえるかもしれません。
私は、そうは考えていません。
必要なのは、
仕事・判断・責任を適切に再配分すること
です。
人を見る。
その人の持ち味を見る。
仕事を任せる。
判断を任せる。
必要な権限を渡す。
失敗から学ばせる。
数字で結果を見る。
そして、社長は会社全体を見る。
つまり、
社長が仕事をしなくなるのではありません。
社長の仕事を変えるのです。
「孔明になるな」ではない
私は、
「孔明のようになってはいけない」
と言いたいわけではありません。
創業期。
会社の危機。
重大プロジェクト。
後継者がまだ育っていない時期。
トップ自身が前に出なければならない場面はあります。
孔明型の経営が必要な時期もあります。
しかし、
いつまでも孔明型のままでいいのか。
ここを考える必要があります。
社員5人の頃の経営方法を、
社員30人になっても続けていないか。
創業時の仕事を、
売上数億円になっても社長が抱えていないか。
会社は成長しているのに、
社長だけ創業期のままになっていないか。
経営者が考えるべきなのは、そこです。
最後に
諸葛孔明と松下幸之助。
一方は、
自らが圧倒的な能力と責任感で組織を支えた。
もう一方は、
人に経営を任せることで、組織そのものを強くしようとした。
どちらにも学ぶところがあります。
しかし、会社を長く成長させるという視点で考えれば、
経営者一人の能力には限界があります。
社長がすべてを判断する会社では、
会社の成長限界が、
社長一人の時間と能力の限界
になってしまいます。
だから、人を育てる。
仕事を任せる。
判断を任せる。
権限を渡す。
仕組みで見る。
そして、
「任せて任せず」
を実践する。
社長が一番優秀だからこそ、
社長が全部やってはいけない。
社長が一番責任感が強いからこそ、
全部を抱えてはいけない。
本当に強い組織とは、
優秀な社長が一人で支えている会社ではありません。
社長がいなくても、人が考え、人が判断し、人が動ける会社です。
社長の仕事は、
自分が不可欠な存在になることではない。
自分がすべてに関わらなくても回る組織をつくること。
そして、その先で、
社長自身を「今日を回す仕事」から「未来をつくる仕事」へ戻すこと。
私は、それも経営者にとって重要な
「時間戦略」
だと考えています。
