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―松下幸之助「任せて任せず」から学ぶ、社長ボトルネックの外し方


「社員を雇ったのに、なぜか自分の仕事が減らない」
「何でも社員が私に聞いてくる」
「管理職を置いたのに、結局最後は私が判断している」
「自分がいないと会社が回らない」
人を雇って会社を成長させてきた経営者から、私はこうした話をよく聞きます。

創業したばかりの頃なら、それでもいいのです。

社長自身が営業をする。
社長自身が顧客対応をする。
社長自身が商品やサービスを考える。
社員が困ったら、社長が答える。
小さな会社では、社長自身が一番よく分かっていますから、自分で判断した方が早いことも多いでしょう。

ところが、社員が増え、顧客が増え、売上が増えても、社長が同じ仕事のやり方を続けていると、いつか限界がやってきます。

社員は増えている。
組織も大きくなっている。

それなのに、
社長の仕事だけが減らない。
むしろ、社員が増えるほど相談や確認事項が増え、以前より忙しくなる。

私は、こうした状態を
「社長ボトルネック」
と呼んでいます。

そして、社長ボトルネックは、単なる時間管理の問題ではありません。
会社の成長に、社長自身の役割転換が追いついていないという経営構造の問題です。

実は今から90年以上前、松下幸之助も、会社の急成長の中で同じような課題に直面しました。
その答えの一つとして、1933年に導入したのが「事業部制」です。

事業部制というと、
「大企業の組織制度でしょう」
と思われるかもしれません。

しかし、その背景にある思想は、社員10人、20人、30人、50人という中小企業にも十分に応用できます。

松下幸之助が向き合ったのは、単なる組織図の問題ではありません。
会社が大きくなり、社長一人ではすべてを判断できなくなったとき、どうやって人に経営を任せるのか。

そして、
任せながら、経営者として会社全体をどう見続けるのか。
この問いへの答えが、事業部制であり、「任せて任せず」という経営思想だったのです。


会社が成長すると、社長自身が成長を止め始める

松下電器は創業後、急速に事業を拡大していきました。

商品が増える。
工場が増える。
社員が増える。
販売地域が広がる。

会社が小さいうちは、松下幸之助自身が多くのことを把握し、判断することができました。

しかし、会社が大きくなれば、それは物理的に不可能になります。
商品について判断する。
製造について判断する。
販売について判断する。
人について判断する。
お金について判断する。
問題が起これば対応する。
全部を一人でやっていたら、社長の時間はいくらあっても足りません。

さらに幸之助は、決して身体が丈夫な人ではありませんでした。

社長がいないと判断できない。
社長に聞かなければ前に進まない。
そんな会社のまま規模だけが大きくなれば、会社の成長速度そのものが落ちます。

現代の言葉でいえば、
松下幸之助自身が会社の成長に対するボトルネックになりかねない状態だった
と考えることができます。

ここで大切なのは、幸之助が、
「もっと自分が頑張ろう」
とは考えなかったことです。

もっと長時間働く。
もっと細かく社員を管理する。
もっと報告を増やす。
そうではありません。

考えたのは、
自分がすべてを判断しなくても、会社が動く仕組みをつくること
でした。


事業部制は「仕事」を分けた制度ではない

1933年、松下電器は事業部制を導入します。

当時の商品群を大きく三つに分け、それぞれに責任者を置きました。
ラジオ。
ランプや乾電池。
配線器具や電熱器など。

これだけを見ると、
「商品別に部署を分けただけ」
にも見えます。

しかし、本質はそこではありません。
事業部には、単に製造だけ、販売だけを任せたわけではありません。

商品を考える。
つくる。
売る。
人を使う。
お金を使う。
そして利益を出す。
一つの事業について、一貫して責任を持たせました。

つまり、
仕事を任せたのではなく、経営を任せた。
ここが重要です。

営業部長なら、営業を考えればいい。
製造部長なら、製造を考えればいい。

ところが事業部長は違います。
商品も見る。
市場も見る。
製造も見る。
人も見る。
数字も見る。
そして利益を出す。

経営者として、ビジネスを真剣に考えざるを得ない環境をつくった
わけです。


「責任を持て」と言うなら、権限も渡さなければならない

中小企業の現場で、こんな場面をよく見ます。

社長は社員に、
「もっと責任感を持ってほしい」
と言う。
ところが、社員にはほとんど権限がありません。

値引きをするにも社長の承認。
外注先を変えるにも社長の承認。
採用するにも社長の承認。
経費を使うにも社長の承認。
顧客トラブルに対応するにも社長の承認。
これでは、自分で責任を持とうにも持てません。

責任を負わせるなら、それに見合う権限も渡す。
これは組織経営の基本です。

松下幸之助の事業部制では、事業部長に結果責任を求める代わりに、大きな権限を与えました。

自分で考える。
自分で決める。
そして、その結果を引き受ける。

これが、
自主責任経営
です。


任せるためには、「結果が見える仕組み」がいる

ただし、任せるだけでは経営になりません。

「君に任せた。自由にやってくれ」
と言って、あとは何も見ない。
それでは丸投げです。

経営者は、
その事業がうまくいっているのか。
利益が出ているのか。
問題が起きていないのか。
見続ける必要があります。

そこで重要になるのが、
独立採算
という考え方です。

事業単位で、
売上はいくらか。
原価はいくらか。
経費はいくらか。
利益はいくらか。
結果を数字で見えるようにする。
すると社長は、仕事のやり方一つひとつに口を出さなくても、結果を見ることで経営状態を把握できます。

これは現在の中小企業でも同じです。
「任せたいけれど、不安だから任せられない」
という社長は少なくありません。

しかし、問題は単に社員を信用できないことではありません。
任せた結果を確認できる仕組みがない。
こちらの方が大きな問題です。

目標がある。
数字がある。
判断基準がある。
報告ルールがある。
会議がある。
異常値が分かる。
だから、安心して任せられる。
権限委譲と経営管理はセットです。


人は、実際に判断しなければ育たない

事業部制には、もう一つ重要な意味がありました。
経営者を育てることです。

経営者を育てるために、
研修をする。
本を読ませる。
経営について教える。
もちろん、それも必要です。

しかし、本当に経営者を育てるには、
実際に経営させること
が一番です。

売上責任を持つ。
利益責任を持つ。
人を使う。
問題を解決する。
市場を見る。
将来を考える。
自分で判断する。
そして、自分の判断の結果を引き受ける。

そうして初めて、
「経営とは何か」
が分かってきます。

事業部制は、単なる効率化の制度ではありません。
次の経営者を育てる仕組み
でもあったのです。


「管理職が育たない」のではなく、育つ機会を社長が奪っている

経営者から、
「うちの管理職は育たないんですよ」
という話を聞くことがあります。

しかし、詳しく聞いてみると、管理職が判断する前に社長が判断しています。

管理職を飛び越えて、一般社員に直接指示する。
管理職が決めたことを、社長が簡単に覆す。
問題が起これば、社長自身が前に出て処理する。
これでは、管理職は育ちません。

なぜなら、
考える機会、判断する機会、失敗する機会を社長が奪っている
からです。

社長は良かれと思ってやっています。
「自分がやった方が早い」
「お客様に迷惑をかけたくない」
「失敗させたくない」
「率先垂範が大事だ」
その気持ちは分かります。

しかし、それを続けると、
社員は社長に確認するようになる。
管理職は自分で判断しなくなる。
仕事と判断がますます社長に集まる。

そして社長は、
「うちの社員は自分で考えない」
と言う。

これが、
社長ボトルネックの典型的な悪循環
です。


松下幸之助の「任せて任せず」

ここで重要になるのが、
「任せて任せず」
という考え方です。

任せる。
しかし、放置はしない。
一見、矛盾しているように見えます。

しかし、経営では非常に重要です。
仕事の進め方まで細かく口を出していたら、任せたことになりません。

一方で、
「任せたから、私は何も知りません」
では、経営者として無責任です。

では、何を任せ、何を見続けるのか。
私は、中小企業では次のように整理すると分かりやすいと考えています。

任せるもの

  • 日常業務

  • 仕事の進め方

  • 一定範囲の意思決定

  • 人の使い方

  • 一定範囲の予算

  • 顧客対応

  • 現場改善

経営者が見続けるもの

  • 経営理念

  • 会社の方向性

  • 事業目的

  • 重要な判断基準

  • 重要な人事

  • 数字

  • 結果

  • 最終責任

つまり、
仕事と判断は任せる。

しかし、
目的・方針・数字・人・結果は見続ける。

これが、中小企業における「任せて任せず」だと私は考えています。


権限委譲は「人を見る」ことから始まる

ただし、誰にでも同じように仕事を任せればいいわけではありません。

営業が得意な人。
人をまとめるのが得意な人。
緻密な管理が得意な人。
新しいことを考えるのが得意な人。
顧客との関係づくりが得意な人。
数字を見るのが得意な人。
人には、それぞれ持ち味があります。

私は現在、ハートグラム®️、持ち味カード、承認カードなども使いながら、
人の特性を見る。
持ち味を見つける。
人と人との組み合わせを見る。
それぞれの力を活かす。
という支援をしています。

これも、権限委譲と深く関係しています。

まず、
人を見る。

次に、
その人が力を発揮できる仕事を任せる。

そして、
その仕事に必要な判断権限を渡す。

最後に、
任せた結果が見える仕組みをつくる。

ここまで揃って、初めて組織としての権限委譲が成立します。


「仕事を任せる」だけでは、社長は忙しいまま

会社が小さいうちは、社長が多くを判断しても何とか回ります。
しかし、社員が10人、20人、30人と増えると、そうはいきません。

仮に社員20人が、一日3回社長に確認するとします。
それだけで60回です。
一つひとつは数分でも、そのたびに社長の思考は中断されます。

社員50人なら、さらに増えます。
だから会社が成長するにつれて、社長は役割を変えなければなりません。

1〜5人
自分でやる。

5〜15人
人にやってもらう。

15〜30人
人に判断してもらう。

30〜100人
管理職に、人を動かしてもらう。

さらに大きくなれば
経営人材に、事業そのものを任せる。

数字はあくまで目安ですが、重要なのは、
会社の成長に合わせて、社長の仕事の中身もスタイルも変えなければならない
ということです。


会社は30人企業なのに、社長だけ5人企業のまま

問題になるのは、会社の成長に社長の役割転換が追いついていない場合です。

社員30人。
売上も数億円。
管理職もいる。

それなのに社長が、
見積書を細かくチェックする。
一般社員に直接指示する。
小さな経費まで承認する。
顧客からのクレームに全部出ていく。
日常業務の細部まで自分で判断する。

これでは、
会社は30人企業なのに、社長だけ5人企業の経営をしている
ようなものです。

当然、社長には仕事が集まります。
判断も集まります。
管理職は育ちません。

社員も社長を見て仕事をするようになります。
そして、さらに社長は忙しくなる。


社長ボトルネックの本当の怖さは「未来の時間」がなくなること

私は、社長が忙しいこと自体を問題だとは思っていません。

本当に怖いのは、
今日の仕事に追われて、未来を考える時間がなくなること
です。

既存顧客への対応。
社員からの相談。
クレーム処理。
決裁。
会議。
細かな確認。

今日の仕事に時間を取られていると、
新しい商品を考える時間がない。
新しい市場を考える時間がない。
幹部を育てる時間がない。
人を採用する時間がない。
組織の仕組みを考える時間がない。
3年後、5年後の会社を考える時間がない。

つまり、
今日を回すために、未来を失っている。

これが、社長ボトルネックの最大の問題です


社長の時間を見れば、その会社の経営構造が見える

私は「時間戦略」を専門にしています。

しかし、経営者の時間問題を見ていると、単なる時間管理では解決できないことがよく分かります。

手帳を変える。
スケジュール管理ツールを変える。
朝早く起きる。
会議を30分短くする。
もちろん、それで改善することもあります。

しかし、
仕事が社長に集中している。
判断が社長に集中している。
権限が社長に集中している。
人に任せられていない。
経営管理の仕組みがない。
この状態のままでは、少しくらい効率化しても、また社長の予定は埋まります。

だから私は、時間を単なるスケジュールではなく、
経営構造を映し出すデータ
として見ています。

社長の時間の使い方を見れば、
その会社の経営構造が見えてきます。

何を社長が抱えているのか。
どんな判断が集中しているのか。
誰が本来やるべき仕事なのか。
どの権限が渡されていないのか。
どんな管理の仕組みが足りないのか。

だから私は、まず経営者の時間を棚卸しします。

時間を棚卸しすると、
社長ボトルネックの正体が見えてくる
からです。


松下幸之助の事業部制を、そのまま真似する必要はない

もちろん、社員10人、20人の会社が松下電器と同じ事業部制を導入する必要はありません。

大切なのは、
事業部制という制度ではなく、事業部制を生んだ思想
です。

人を見る。
持ち味を活かす。
仕事を任せる。
責任を持たせる。
責任に見合う権限を渡す。
自分で判断させる。
結果を数字で見えるようにする。
人を、実際の仕事を通じて育てる。
そして社長は、細かい仕事から離れても会社全体を見続ける。

この考え方は、企業規模にかかわらず使えます。


中小企業なら、ここから始めればいい

例えば社員20人の会社なら、大げさな組織改革をする必要はありません。

まず責任者を決める。
営業責任者。
製造責任者。
店舗責任者。
顧客群の責任者。
プロジェクト責任者。

そして、それぞれについて、
「何について責任を持つのか」
を明確にする。

次に、
「どこまで自分で判断していいのか」
を決める。

さらに、
「何を数字で見るのか」
「何を、いつ報告するのか」
「どんな場合だけ社長判断に戻すのか」
を決める。

これだけでも、社長への確認は大きく減ります。


社長ボトルネックを外す5つの壁

私は、会社の成長過程で、社長には大きく5つの壁があると考えています。

第1の壁 仕事を手放す

「自分でやった方が早い」
を卒業する。

第2の壁 判断を手放す

仕事だけでなく、一定範囲の意思決定も任せる。

第3の壁 人を育てる

社長自身が社員を動かすのではなく、管理職が社員を動かせる状態をつくる。

第4の壁 仕組みで見る

社長の目と勘だけではなく、数字、会議、報告、ルールで経営状態を把握する。

第5の壁 経営そのものを任せる

事業責任者や幹部に、事業そのものを経営してもらう。

この5つを貫いているのが、
「任せて任せず」
という考え方です。


社長は「今日を回す人」から「未来をつくる人」へ

経営者の仕事は、会社の成長とともに変わります。

創業期には、自分が誰よりも働く。
やがて、仕事を任せる。
次に、判断を任せる。
さらに、人を育てる人を育てる。
そして、仕組みで会社を見る。
最終的には、事業そのものを任せる。

そうして初めて、社長は、
今日を回す仕事
から離れることができます。

そして、
新しい事業。
新しい市場。
新しい商品。
幹部育成。
企業文化。
3年後、5年後の会社。

こうした、
未来をつくる仕事
に時間を使えるようになります。


最後に

松下幸之助が1933年に事業部制を導入した背景には、会社の急速な成長がありました。

会社が大きくなれば、社長一人ではすべてを判断できない。
だから、人に任せる。

しかし、仕事だけを押しつけるのではありません。
責任を渡す。
権限を渡す。
自分で判断させる。
結果が見えるようにする。
そして、実際に経営させることで、人を育てる。

一方で、
「任せたから、あとは知らない」
ではない。
目的、方針、数字、人、結果は見続ける。

それが、
「任せて任せず」
という考え方なのでしょう。

私は、経営者の時間を考えるうえで、この思想は今でも十分に通用すると考えています。

社長が忙しいから、時間を増やす。
そうではありません。

社長に集中している、
仕事・判断・責任
を、適切な人と仕組みに再配分する。

そのために、
人を見る。
持ち味を活かす。
仕事を任せる。
判断を任せる。
権限を渡す。
経営管理の仕組みを整える。
そして、任せながら会社を見る。

そうすることで、社長はようやく、
「今日を回す人」から「未来をつくる人」へ
戻ることができます。

社長の時間を空けることが目的ではありません。
社長を、社長にしかできない仕事へ戻す。
人を活かす。
組織を活かす。
そして、会社と人生の主導権を経営者自身の手に取り戻す。

私は、それが経営者にとって本当の
「時間戦略」
だと考えています。



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