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永守重信と松下幸之助―「強い社長が引っ張る経営」と「経営者を育てる経営」の功罪


永守重信と松下幸之助。
どちらも、京都・関西を代表する日本の創業経営者です。

小さな会社からスタートし、世界的な企業へ育てた。
強烈な経営哲学を持っている。
人材育成を重視する。
数字にも厳しい。

そして何より、
経営に対する執念が尋常ではない。

共通点はたくさんあります。

しかし、
「会社が大きくなったとき、経営を誰が担うのか」
という視点から二人を見ると、大きな違いがあります。

かなり単純化して言えば、
永守重信は、
強い経営者が組織を引っ張る経営。

松下幸之助は、
経営できる人を増やすことで組織を強くする経営。
だったのではないか。

私はそう考えています。

どちらが正しく、どちらが間違っている、という話ではありません。
永守経営には大きな「功」があります。
同時に、その強さゆえの「罪」もあります。
松下経営にも、同じように功罪があります。

そして、この二つを比較すると、
中小企業の社長が、会社の成長過程でどこで自分の役割を変えなければならないのか
が見えてきます。


永守経営の原点は「やり切る力」

ニデック、旧・日本電産は1973年、わずか4人で始まりました。
そこから半世紀で、世界的なモーターメーカーへ成長しました。
この成長を支えたものの一つが、永守重信さんの強烈な経営哲学でしょう。

ニデックには創業以来、大切にしてきた「三大精神」があります。
「情熱・熱意・執念」
「知的ハードワーキング」
そして、
「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」
です。

私は、この言葉には経営の本質が一つ入っていると思います。

経営には、
考えることも必要です。
戦略も必要です。
人材も必要です。

しかし最後は、
やるか、やらないか。

そして、
出来るところまでやり切れるか。
です。

どれほど立派な経営理念を掲げても、実行されなければ意味がありません。

永守経営の最大の強みは、
組織に圧倒的な実行力を持ち込んだこと
ではないでしょうか。


赤字会社を変えるには、強いトップが必要なときがある

永守経営を考えるとき、M&Aも外せません。

会社を買収する。
そして経営を立て直す。
収益力を高める。

そこでは、
「皆さんでゆっくり考えていきましょう」
「ボトムアップの合意形成が大事です」
では間に合わない局面があります。

赤字が続いている。
危機感がない。
無駄な経費が多い。
組織に緊張感がない。
意思決定が遅い。

そんな会社を短期間で変えるには、
強烈なリーダーシップが必要です。

数字を見る。
問題点を把握する。
期限を決める。
目標を決める。
徹底してやらせる。
出来るまで追いかける。

こうした永守型の経営は、
企業再生や危機突破に極めて強い。

私は、ここを否定してはいけないと思っています。


「優しい経営」だけでは会社は救えない

最近は、
社員に寄り添う。
心理的安全性をつくる。
任せる。
自由に働かせる。
という経営が注目されます。

もちろん重要です。

しかし、
赤字なのに、
「みんな頑張っていますから」
では会社は潰れます。

利益が出ない。
お客様から選ばれない。
商品力が弱い。
仕事が遅い。

それを放置しながら、
「働きやすい会社です」
と言っても、会社そのものがなくなれば意味がありません。

永守経営が日本企業に突きつけてきたのは、
経営は結果を出さなければならない
という厳しい現実でもあったと思います。

これは、永守経営の大きな「功」です。


しかし、強いトップには大きな副作用がある

ところが、ここからが経営の難しいところです。

トップが強い。
トップが誰よりも考える。
トップが誰よりも数字を見る。
トップが誰よりも速い。
トップが誰よりも厳しい。
そしてトップが最終判断する。
この経営は、あるところまでは非常に強い。

しかし会社が大きくなるにつれて、別の問題が起きます。

トップがいなければ、その強さを再現できなくなる。
という問題です。

ニデック自身も、現在公表している「事業等のリスク」の中で、継続的な成功が創業者・永守重信氏の能力と手腕に主として依存してきたことを記載し、
「創業者依存からの脱却」
を課題として掲げています。

これは非常に象徴的です。

永守重信という経営者が弱かったから問題になったのではありません。
逆です。

あまりにも強かったからこそ、その強さを誰が引き継ぐのかが難しくなった。
のです。

実際に、いろんな後継者を社外から引っ張ってきましたが、永守氏のメガネにかなう経営者はいませんでした。


優秀な社長ほど、後継者づくりが難しい

これは中小企業でも、よく起こります。

創業社長が、
営業もできる。
商品も分かる。
数字も分かる。
人も見られる。
決断も速い。
誰よりも会社のことを考えている。

そんな会社です。

社長が50点なら、社員でも超えられるかもしれません。
しかし社長が95点なら、
後継者候補は、いつまでたっても社長に勝てません。

社長自身も、
「まだ任せられない」
と思う。

社員も、
「最後は社長が決める」
と思う。

すると、
仕事が社長に集まる。
判断が社長に集まる。
人事が社長に集まる。
数字が社長に集まる。
問題処理が社長に集まる。

会社は成長しているのに、
経営能力だけが社長一人に集中する。

これは、まさに
社長ボトルネック
です。


永守氏自身も、後継者問題と長く向き合ってきた

永守重信氏は、後継者づくりを考えてこなかったわけではありません。
むしろ、かなり早くから考えていた経営者でしょう。

外部から有力な人材を招く。
経営体制を変える。
次のリーダーを探す。
さまざまなことを試してきました。

2022年のニデックの統合報告書でも、永守氏自身が、過去にさまざまな後継候補を迎えたものの、ニデック独自の企業文化を理解し体現する後継者を見つけることが難しかったという趣旨を述べています。

ここに私は、
創業者経営の難しさ
を見るのです。

自分と同じように考えてほしい。
自分と同じように会社を愛してほしい。
自分と同じスピードで動いてほしい。
自分と同じ執念で数字を追ってほしい。

しかし、
そんな人は簡単には現れません。

なぜなら、
永守重信は一人しかいない
からです。


ここで松下幸之助との違いが見えてくる

松下電器(現パナソニック)も、同じ問題に直面しました。

商品が増える。
工場が増える。
社員が増える。
販売地域が広がる。
松下幸之助一人では、全部を見ることができなくなります。

そこで1933年、極めて早い段階で、松下電器は事業部制を導入しました。

事業ごとに、
商品開発。
生産。
販売。
そして収支管理。
まで一貫して責任を持たせました。
独立採算です。

そして松下幸之助自身が後年、事業部制には大きく二つの目的があったと説明しています。

一つは、
自主責任経営を徹底すること。

もう一つは、
経営者を育てること。

ここが非常に重要です。


松下幸之助は「後継者一人」をつくろうとしなかった

私は、ここに永守経営と松下経営の大きな違いを見るのです。

永守型の発想では、
強いトップが会社を引っ張る。

その後、
「次の強いトップを誰にするか」
が問題になります。

一方、松下型では、
一人の後継者だけを育てるのではなく、
会社の中に経営できる人間を何人もつくる。
という発想があります。

事業部長に、
売上を任せる。
利益を任せる。
人を任せる。
商品を任せる。
市場を任せる。
そして結果責任を負わせる。

これは、
経営者候補に研修を受けさせるのとは違います。

本当に経営をさせる。
のです。


経営者は、経営させなければ育たない

私は、これは非常に本質的だと思います。

経営者研修をする。
本を読ませる。
経営理念を教える。
財務を勉強させる。
それも必要です。

しかし、それだけでは経営者にはなりません。

実際に、
人を使う。
お金を使う。
市場を見る。
判断する。
失敗する。
立て直す。
利益を出す。
責任を取る。

そこまでやって初めて、
経営者としての力がつきます。

つまり松下幸之助は、
自分のコピーを探したのではなく、人を経営者にする環境をつくった。
とも言えるでしょう。


永守経営は「人を鍛える」、松下経営は「人に経営させる」

ここで、かなり単純化して比較してみます。

永守型

高い目標を与える。
数字を厳しく見る。
出来るまでやらせる。
スピードを求める。
厳しい環境の中で人を鍛える。

つまり、
人を鍛えて強くする経営。

松下型

仕事を任せる。
責任を任せる。
権限を渡す。
数字で結果を見る。
実際に事業を経営させる。

つまり、
経営させることで人を育てる経営。

どちらも人材育成です。
しかし、方法が違います。


永守経営の最大の「功」

永守経営の最大の功績は、
私は、
組織に「やり切る文化」をつくったこと
だと思います。

計画だけ立てる。
会議だけする。
評論だけする。
言い訳をする。
そんな会社では成果は出ません。

「すぐやる」
「必ずやる」
「出来るまでやる」
この精神は、今の中小企業にも必要です。

特に、
会社が弱っているとき。
改革するとき。
新事業を立ち上げるとき。
営業を立て直すとき。
このエネルギーは大きな武器になります。


永守経営の「罪」は、強さそのものから生まれる

一方で、トップが強烈な目標を掲げ、数字への執着を組織の隅々まで徹底すると、
副作用も起こり得ます。

2026年、ニデックが公表した第三者委員会の調査結果では、グループ内の複数拠点で費用計上の回避や利益の過大計上など、多数の不適切な会計処理が確認されました。

また、ニデック自身が公表した原因分析では、
利益目標を重視するメッセージや、営業利益目標の達成度を強く重視する評価制度が、社員の価値観や行動に影響したと整理されています。

もちろん、
これを「永守氏が不正を指示した」という単純な話にしてはいけません。
重要なのは別のところです。

トップが、
「絶対に達成しろ」
と言い続ける。
数字を猛烈に追う。
達成した人を高く評価する。

その文化が極端になると、
いつしか現場が、
「出来ません」
「目標に届きません」
「問題があります」
と言いにくくなる危険性があります。


強いトップほど「悪い情報」が上がらなくなる危険がある

これは経営者にとって非常に怖いことです。

社長が怖いから問題なのではありません。
社長が、
あまりにも正しい。
あまりにも速い。
あまりにも結果を出す。

そして、
あまりにも期待が高い。

すると部下は、
「社長を失望させたくない」
と思うようになります。

その結果、
良い情報は上がる。
悪い情報は遅れる。
数字は整えられる。
問題は小さく報告される。

そうなると、
社長が誰よりも数字を見ているのに、本当の会社の姿が見えなくなる
という皮肉な現象が起こります。

トップダウン経営の最大の危険は、
トップが間違うことだけではありません。

トップへ正しい情報が届かなくなること
なのです。


一方、松下経営にも「罪」がある

では松下幸之助型なら万能なのでしょうか。
そんなことはありません。

任せる経営にも危険があります。

「あなたに任せます」
と言う。

しかし、
その人に経営能力がない。
数字が読めない。
人を育てられない。
市場を見られない。
責任を負う覚悟もない。

そこへ権限だけ渡したら、
任せる経営ではなく、
放任経営
になります。

さらに独立採算を強くすると、
自分の事業部の数字だけを見る。
隣の事業部には協力しない。
全社より部門利益を優先する。
という、
部分最適
にもなり得ます。


「任せて任せず」が難しい

だから松下幸之助には、
「任せて任せず」
という考え方を持っていました。

部下に任せる。
しかし放置しない。

仕事のやり方には細かく口を出さない。
しかし、
理念。
方向性。
人。
数字。
結果。
は見る。

ここが難しいのです。

社長からすると、
全部自分で決める方が簡単です。

または、
全部部下に任せて知らない顔をする方が簡単です。

難しいのは、
任せながら見守ること。
です。


永守経営と松下経営、どちらが正しいのか

私は、
会社の局面によって違う
と思います。

創業期。
赤字会社。
経営危機。
買収直後。
大改革。

こういうときには、
永守型が強い。

トップが方向を決める。
数字を決める。
期限を決める。
猛烈なスピードで動く。
これは必要です。

しかし、
社員が増える。
管理職が増える。
複数事業になる。
海外へ進出する。
会社が創業者の寿命を超えて続く。

そこまで行けば、
永守型だけでは限界があります。

今度は、
松下型へ移行する必要がある。
私はそう考えます。


「永守型から松下型へ」という成長段階

経営者の成長過程として整理すると、非常に分かりやすいと思います。

創業期

自分でやる。
社長が営業する。
社長が商品をつくる。
社長が判断する。

成長初期

永守型で引っ張る。
高い目標を掲げる。
行動量を増やす。
仕事の基準をつくる。
会社に勝つ習慣をつける。

組織化期

仕事を任せる。

さらに成長したら

判断を任せる。

その先

経営そのものを任せる。

ここからは、
松下型です。

つまり、
永守型か、松下型か。
ではありません。

会社の成長に合わせて、
社長自身が経営スタイルを変えられるか
が重要なのです。


一番危ないのは、成功体験を手放せない社長

会社を創業した。
自分で営業して売上をつくった。
自分で社員を採用した。
自分で問題を解決してきた。
そのやり方で会社が成長した。

だから、
「このやり方が正しい」
と思う。

当然です。

しかし、
会社を10人にした経営方法が、100人企業をつくる経営方法とは限りません。

むしろ、
過去の成功体験が、
次の成長を止めることがあります。

社長が誰よりも営業できる。
だから営業を手放さない。

社長が誰よりも判断できる。
だから判断を手放さない。

社長が誰よりも数字に強い。
だから数字を全部見る。

その結果、
会社は成長しているのに、
社長だけが創業期から抜けられない。
ここに「社長ボトルネック」が生まれます。


社長の時間を見ると、どちらの経営をしているか分かる

私は時間戦略を専門にしています。

経営者の時間を棚卸しすると、
その会社が今、
永守型なのか。
松下型へ移り始めているのか。
かなり見えてきます。

社長が、
顧客対応をしている。
見積書を見ている。
社員から相談を受け続けている。
小さな決裁をしている。
クレーム処理をしている。
現場へ直接指示している。

こういう時間が多ければ、
まだ、
社長自身の力で会社を回している
可能性が高い。

一方、
幹部との対話。
人材育成。
新規事業。
市場調査。
将来計画。
組織設計。
企業文化。

こうした時間が増えているなら、
社長は、
組織の力で会社を回す段階
へ移り始めています。

だから私は、
社長の時間は、経営構造を映し出すデータ
だと考えています。


永守重信から学ぶこと

永守経営から学ぶべきなのは、
執念です。

決めたらやる。
すぐやる。
出来るまでやる。
数字から逃げない。
結果から逃げない。
経営者には、この厳しさが必要です。

しかし、
その厳しさを、
永遠に社長一人が背負ってはいけない。


松下幸之助から学ぶこと

松下経営から学ぶべきなのは、
人を信じて、経営を任せることです。

仕事だけではない。
判断を任せる。
責任を任せる。
権限を渡す。
失敗も経験させる。
そして数字で結果を見る。

そうやって、
自分以外の経営者を育てる。

しかし、
任せっぱなしにもしてはいけない。


本当に必要なのは、永守と松下の両方ではないか

私は、現代の中小企業経営者には、
この二つが両方必要だと思います。

永守重信の「やり切る力」。
そして、
松下幸之助の「任せる力」。

実行力だけでは、
社長依存になります。

任せるだけでは、
組織が緩む可能性があります。

だから、
最初は自分がやり切る。
次に、その基準を人に伝える。
人に仕事を任せる。
判断を任せる。
権限を渡す。
数字で見る。

そして、
経営そのものを任せる。
この移行が必要なのです。


最後に

永守重信氏は、
強烈なリーダーシップによって、わずか4人から世界企業をつくりました。
これは、とてつもない経営者としての功績です。

その一方で現在、ニデック自身が、
「創業者依存からの脱却」
を経営課題として掲げています。

私は、これは永守経営を否定する話ではないと思っています。

むしろ、
一人の強い経営者によって会社を成長させたからこそ、次はその強さを組織の力へ変える必要がある。
ということではないでしょうか。

一方、松下幸之助は、
事業部制によって、早い段階から経営を人に任せました。

自主責任経営。
独立採算。
経営者育成。

そして、
任せて任せず。

そこには、
自分一人の経営能力では、会社の成長には限界がある
という認識があったのだと思います。

経営者が考えるべきなのは、
永守重信と松下幸之助、
どちらが優れた経営者か、
ではありません。

自分の会社が今、
どちらの経営を必要としているのか。
です。

今は社長が前に出るべきなのか。
それとも、
もう人に任せるべき段階なのか。

自分で判断するべきなのか。
それとも、
判断する人を育てるべきなのか。

会社の成長段階が変われば、
社長の仕事も変わらなければなりません。

そして最終的には、
「強い社長がいるから強い会社」から、
「強い人と仕組みがあるから強い会社」へ。
変えていく必要があります。

社長が会社の成長エンジンであることは素晴らしい。

しかし、
いつまでも社長一人がエンジンであり続ければ、
やがて社長自身が会社の成長限界になります。

創業者の力を、組織の力へ変える。
私は、それこそが、
会社が次のステージへ進むときに必要な
「社長ボトルネックの解消」
であり、

経営者にとって本当の
「時間戦略」
だと考えています。


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