ブルース・リーの死で止まったもの、止まらなかったもの
個人的に思う。ブルース・リーが亡くなった時、ジークンドーはまだ未完成だった
ブルース・リーが生み出した「ジークンドー」。
格闘技に詳しくない人でも、一度は名前を聞いたことがあるかもしれません。
「截拳道」
英語ではJeet Kune Do。
一般的には「迎撃の拳の道」などと訳されます。
でも、私は個人的にこう思っています。
ブルース・リーが亡くなった1973年7月20日の時点で、ジークンドーは完成していなかったのではないか。
もちろん、これは「ブルース・リーの技術が未熟だった」という意味ではありません。
むしろ逆です。
ブルース・リー自身が、最後までジークンドーを進化させ続けていたからこそ、完成しなかったのではないか。
私はそう考えています。
「完成した武術」と「進化し続ける武術」は違う
普通、武術というものを考えると、
「基本技がある」
「型がある」
「技術体系がある」
「こういう場合には、この技を使う」
というように、ある程度完成された形を想像します。
師匠が体系を作り、それを弟子が学び、次の世代へ伝えていく。
これは非常に分かりやすい仕組みです。
ところが、ブルース・リーが考えていたジークンドーは、そこから少し外れています。
ブルース・リーは、既存の武術の「型」に自分を合わせるのではなく、
自分自身が実際に使えるものを探していく。
そのために、ボクシングやフェンシングなど、さまざまな格闘技から研究していました。
実際、ジークンドーは1967年に名称が付けられましたが、それ以前からブルース・リーは自分の武術を研究し続けていました。
つまり、
「1967年にジークンドーという武術が突然完成した」
という話ではありません。
そこからさらに変化していったのです。
ブルース・リーは「ジークンドー」という名前さえ固定化したくなかった
ここが非常に面白いところです。
普通なら、自分で作った武術に名前を付けたら、
「これが私の武術です」
と、その名前を広めたくなるでしょう。
しかしブルース・リーは、ジークンドーという名前そのものが、自分の考えているものを固定してしまうことを警戒していました。
ブルース・リーの公式サイトでも、彼がジークンドーを名前で固定することに葛藤していたことが紹介されています。
なぜなら、
「ジークンドーとは、この技です」
と決めた瞬間に、それ以外の可能性を捨ててしまうからです。
これはブルース・リーが嫌っていた「型にはまる」ということと同じになってしまいます。
だからこそ、
「道を道とせず、限界を限界としない」
という考え方が重要になってきます。
例えば、昨日まで有効だった技術が今日も有効とは限らない
格闘技は、相手によって変わります。
身長が違う。
体重が違う。
リーチが違う。
スピードが違う。
経験も違う。
性格も違う。
同じ技を使っても、相手が変われば結果も変わります。
だから、
「この状況では必ずこの技を使う」
という固定された答えには限界があります。
ブルース・リーが目指したのは、
「技を覚えること」よりも、「状況に合わせて最適なものを選べる自分になること」
だったのではないでしょうか。
これは現在の格闘技にも通じる考え方です。
パンチが効くならパンチ。
蹴りが有効なら蹴り。
距離が近ければ別の選択。
相手が先に動けば、それを利用する。
つまり、相手と状況によって、自分自身も変わる。
これがジークンドーの大きな特徴だと思います。
ブルース・リーは「完成品」を作っていたのではなく、「完成しないもの」を追求していた
ここが私が一番面白いと思う部分です。
ブルース・リーは、
「ジークンドーを完成させて、これを後世にそのまま残そう」
というより、
「もっと良いものはないか?」
と、ずっと探していたのではないでしょうか。
実際、ブルース・リーの武術は時期によって変化しています。
シアトル時代。
オークランド時代。
ロサンゼルス時代。
そして香港で映画を作りながら、さらに自分自身の身体能力や戦い方を追求していた時期。
ジークンドーは、最初から最後まで同じ形だったわけではありません。
テッド・ウォンの証言を紹介した資料でも、ジークンドーを「ブルース・リーが生涯にわたって進化させ続けたプロセス」と見る考え方が示されています。
つまり、
ジークンドー=完成した技術体系
ではなく、
ジークンドー=ブルース・リーが進化し続けた過程
と考えたほうが、私はしっくりきます。
だから、1973年7月20日は「完成の日」ではなく「研究が止まった日」
ブルース・リーは1973年7月20日に亡くなりました。
ここで一つ考えてみたいことがあります。
もしブルース・リーがあと10年生きていたら。
20年生きていたら。
ジークンドーはどうなっていたのでしょうか?
今あるジークンドーと同じだったでしょうか。
私は、かなり変わっていたと思います。
なぜなら、ブルース・リー自身が変化していたからです。
新しい技術を研究する。
実際に試す。
不要だと思えば捨てる。
さらに別のものを研究する。
そしてまた試す。
これを繰り返していた人物だからです。
だから、もし長生きしていたら、
「これが最終完成形です」
と言って終わっていたとは、私はあまり思えません。
むしろ、
「今はこれが一番いい。でも、もっと良い方法があるかもしれない」
と、また研究していたのではないでしょうか。
「未完成」という言葉には、少し違った意味がある
ここで注意したいのは、
未完成=不完全
ではないということです。
例えば、画家が一生同じ絵を描いているとします。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつ表現が変わっていく。
その人が亡くなった時、
「この人の絵は未完成だった」
と言うこともできます。
でも、
「だから下手だった」
という意味ではありません。
むしろ、
最後まで挑戦し続けていたから完成しなかった。
そう考えることもできます。
私はブルース・リーのジークンドーも、それに近いと思っています。
「ジークンドーの完成形」を探すこと自体が、矛盾しているのかもしれない
さらに面白いのはここです。
もし、
「これがブルース・リーのジークンドーの完成形だ!」
と完全に固定してしまったら、
それはブルース・リーが避けようとしていた「型」になってしまう可能性があります。
ブルース・リーの公式説明でも、ジークンドーは「形式のない形式」「限界を持たない」という方向性が強調されています。
そう考えると、
「完成したジークンドーを作る」ことそのものが、ジークンドーの思想と矛盾する。
そんな見方もできると思います。
完成した瞬間に、固定される。
固定された瞬間に、限界が生まれる。
だから、
完成しない。
変化する。
必要なら捨てる。
そしてまた探す。
これこそが、ブルース・リーが残したかったものなのではないでしょうか。
「ブルース・リーのジークンドー」と「後世のジークンドー」は同じではない
ブルース・リーが亡くなった後、彼の残した資料や技術は弟子たちによって伝えられていきました。
1975年には、彼の死後に『The Tao of Jeet Kune Do』が出版されています。
当然ですが、ここには一つの問題があります。
本人がいない。
本人なら、
「これは今の自分には必要ない」
「ここは変更した」
「この考え方はもう古い」
と言えます。
しかし、本人がいなくなれば、それができません。
だから後世の人たちは、
ブルース・リーが残したノート。
映像。
言葉。
弟子たちの記憶。
実際に教わった技術。
そういったものを手がかりにして、ジークンドーを伝えていくことになります。
これは仕方のないことです。
しかし同時に、
ブルース・リー本人なら、その後さらに変えていたかもしれない。
という問題が残ります。
私が思うジークンドーの「未完成」の正体
だから私は、
「ブルース・リーのジークンドーは未完成だった」
という言葉を、
「技術が足りなかった」
という意味では使いたくありません。
そうではなく、
ブルース・リーが生きていれば、さらに変化していた可能性が高い。
という意味です。
ブルース・リーは、
「これで完成」
と止まる人ではなかった。
むしろ、
「もっと良い方法はないか?」
と考え続ける人だった。
だから彼が亡くなった時点で、ジークンドーという研究も、そこで一つの区切りを迎えてしまった。
私はそう考えています。
そして、ここがジークンドーの面白いところ
もしブルース・リーが、
「この技を100個覚えなさい」
「この型を一生繰り返しなさい」
という武術を作っていたなら、彼の死後も比較的簡単に「完成形」を残せたでしょう。
しかし、彼が残したのは、
「自分で考えろ」
という方向の武術でした。
役に立つものは吸収する。
役に立たないものは捨てる。
自分自身の経験を研究する。
そして、自分自身の表現を加える。
この考え方は、ブルース・リーの公式サイトでもジークンドーの核心として紹介されています。
つまり、「ブルース・リーと同じことをする」ことだけがジークンドーではない。
むしろ、ブルース・リーと同じように、自分自身を研究し続ける。
そこにジークンドーの本質があるのかもしれません。
最後に
ブルース・リーが1973年に亡くなった時。
私は、ジークンドーという武術が完成していたとは思いません。
ただし、それは悪い意味ではありません。
むしろ、
完成しなかったからこそ、ブルース・リーらしい。
そう思います。
「これが答えだ」
と決めた瞬間に、ジークンドーは一つの固定されたスタイルになってしまう。
でもブルース・リーが追い求めていたのは、固定されたスタイルではなく、
その瞬間、その相手、その状況に対して、自分自身を最も自然に表現できること。
だったのではないでしょうか。
だから私は、
ジークンドーはブルース・リーが亡くなった日に完成しなかった。
そして同時に、
ブルース・リーが生きている限り、ジークンドーは完成することもなかった。
そんなふうに考えています。
ジークンドーとは、完成された「答え」ではなく、
答えを探し続ける「姿勢」だったのではないか。
それが、私がブルース・リーのジークンドーについて個人的に思うことです。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
武マーシャルアーツ
