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伊豆支稜線の静山「猿山」


伊豆の山稜(地理院地図/自分で作る色別標高図)

 伊豆の山稜の概要を眺めてみよう。地図を見ると中央部には、天城峠から伊豆最高峰の万三郎岳(1406m)をはじめとする天城連山が横たわり、伊豆を南北に分けている。この稜線は箱根から十国峠、玄岳を経て南下する尾根で、天城峠を底にして再び北に転じ、仁科峠、船原峠、達磨山、金冠山などを経て大瀬崎に没している。この馬蹄形の稜線の中央を狩野川が貫いている。伊豆の山登りの中心は、この主稜線の内の天城縦走路(万二郎岳〜天城峠)と、天城峠以西の伊豆山稜線歩道(天城峠〜船原峠)となる。殊に万二郎、万三郎岳の天城山は「深田百名山」ということもあって、石楠花のシーズンなどには大変な賑わいを見せ、伊豆の山の最もメジャーな山域と言える。
 さて、二本杉峠(旧天城峠)から伊豆山稜線歩道を西進すると三蓋山手前にジャンクションピークがあって、派生した支稜線は南下し波勝崎に没している。これは西伊豆、東伊豆を分ける尾根にもなっている。この千メートルにも満たない支稜線上には石楠花で有名な長九郎山(996m)があるが、他は十郎左ェ門、婆娑羅山など、山頂への道も定かでないような山が連なる。いわば伊豆の山のマイナーな山域と言えよう。
 『静岡の百山』(1991年、静岡百山研究会編)には、この支稜線山域から猿山、長九郎山、婆娑羅山、大峠の四山が挙げられている。その一つ「猿山」とは変わった名であるが、波勝崎モンキーベイのそれでもあるまいし、いったいこの名はどこから付いたのか。主稜線との分岐の根元近く、いわば伊豆半島のほぼヘソの位置、最も奥深い場所にあって、猿しか通わないような山という意味でもあろうか。

猿山周辺の陰影地形図

 地理院地図で作成した陰影起伏図を見ると、猿山の西尾根の北面(赤線で囲った部分)は地滑りによる地形のように思われる。地名にはその土地の特徴が示されることが多いが、[サル]は[ザレ]の転であり、また「すべりさる」「流れさる」の「去る」から、崖崩れ、地すべりが起きやすい場所を示すことがある。例えば猿投さなげ山(愛知県豊田市)は1767年の豪雨による山津波で大量の土砂が流出している。また、崩れやすい谷を示す「猿倉」の地名は東日本を中心に散見する。猿山西側の仁科川源流部の谷の地名は「大沢里おおそうり」であり、[ソ(ゾ)ウリ、ソ(ゾ)リ]がやはり崩壊地名を示している。などこの伊豆・猿山の山名由来も同様ではないかと考えるがどうだろうか。
 ともあれ定まった登山道などないマイナーな静山である。

猿山の山頂部

 この山のオンリーワンは、まずはその標高にある。かつては公称999mとなっていて、スリーナイン、9のゾロ目ということで名を馳せていた。ところが近年になって精密な測量が行われたところ、ジャスト1000mであることが判明。それも「1000.0m」、実に10cm単位までドンピシャリの千mというわけだ。
 かくも希少でありがたい山なのだが、残念ながら登山道はない。だが、地図と方位磁石(今ならGPSか)を頼りに山頂に至ればそこには驚きの大自然が待っている。ブナの巨樹が連なる原生林が広がっているのだが、ここで特筆すべきはブナに交じってアセビ(馬酔木)の巨木が林立していること。(中略)山麓はスギなどの植林が進んでいるから、山頂付近に残された豊かで原始的な自然が如何に貴重であることか。一帯はピークとは思えないほど緩やかで広大。鬱蒼とした樹は複雑に枝を巡らせ、メルヘンチックと言うよりはちょっとミステリアスな雰囲気。もののけ姫やトトロの世界と言ったらイメージを伝えられるだろうか。

『横浜市従』HP〔登りたいのは山々〕2013年3月 より

 とは言うものの、最近は主稜線の賑わいに飽きた登山者たちが訪れることも稀ではないのだろう、伊豆山稜線歩道からの尾根の踏み跡は比較的明瞭で、目印のテープも多く見られる。下見時には復路で二組の方々とすれ違った。所々で急坂のアップダウンが続くことさえ我慢できれば、山頂への道は明るく、そう難しいルートではない。あるいはもっと簡単に、伊豆山稜線歩道から少し寄り道をして(歩道は北側をトラバースしていく)、気持ちの良い平らが拡がるジャンクションピークまで来てのんびり過ごしても、この支稜線の魅力の一端に触れることができるだろう。

ジャンクションピーク周辺の明るく広い尾根、林越しのピークが猿山

(2020年5月『やまびこ』No.277)

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