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-詩の感想-「膝・2(石原 吉郎)」

「膝・2」

膝を組み代えるだけで
ただそれだけで
一変する思考がある
世界が変るとは言わぬにしても
すくなくともそれに
近いことが起る
ささやかな動作が
もつ重さを
ときにおそれるために
生きてきたではなかったか
私たちは

満月をしも(昭和53年、思潮社刊)

 初めてこの詩を目にした時、衝撃が走りました。なぜなら、日常の膝を組み代えるという単純な動作一つが、この詩以降で異化してしまったからです。そのぐらいインパクトのある内容だということです。

 普段私は癖で椅子に座ると無意識で左足の上に右足を乗せることが多く、しばらくして足が痺れたり身体のバランスに気が向くと逆に足を組み代えます。人はこのように無意識と意識を交互に行き来していて、思考は逐一変化しています。日常を振り返ると歩き出すときは右足からなのか左足からなのか、今なぜ髭を触ったのか、指の一本一本はどのように動かしているのか、というように気にし始めるとキリはなく、その度に思考へ影響が与えられると思うと少し恐怖さえ覚えます。

 基本的に人間は恐怖に対し様々な方法で抗おうとしてきた生き物です。宗教がそのいい例かもしれませんが、もう少しスケールを落として考えると、私が詩を書く理由も日常で感じた恐怖や怒りを出発点にして始まることが多いことにも通じます。しかし、そこで対象になる恐怖というのはもう少し大きく分かりやすい事象であるのに対し「膝・2」がモチーフにしたのは先述した「膝を組み代える」というありふれた題材でした。これは生活を繊細な目線で観察し、解像度の高い結果を得られているということです。行動の節々に当たり前の中に存在している恐怖を見ることの大切さを、この短い詩の中で簡潔に伝えることができています。

私にとって良い詩というのは、世界の新しい見方を与えてくれる詩のことをいいます。「膝・2」というタイトルの斬新さに気を惹かれ、繊細な内容にとても感化されました。最後の「私たちは」の体言止めが「膝を組み代える」という当たり前の内容の魅力をより引き出す効果を与えています。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
他にも詩や記事を書いていくので、興味を持っていただけると嬉しいです。

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