おじちゃんの庭 南に花/家相の話
最後に理屈をこねますが、とは言え

🌱
うちの庭

は
こんなにキレイじゃありません(^^)
おじちゃん家です。
そのおじちゃんはときどき所作が美しい。
あるとき我が家に遅れてやって来たおじちゃんは、居間の片隅で皆さんを待たせぬようにと食事をさっと済ませた。
腰を降ろし正座して食べるのでなく、正座からかかとを立てた跪座(きざ)の姿勢で背筋を伸ばしスっと顔を上に向け、茶碗から箸でちゃちゃっと飯をかき込んだ。
その姿を目の端で捕らえ
なにやら美しいものを見たな✨と感じた。
今、わたし武士の作法に触れた?。。

かかとに尻を乗せ上を向き食事をあっという間に終えるそのスタイルは恒であり普段の所作であるように自然だった。「皆さんをお待たせんように」と気持ちそのままが姿勢だった。
早飯の
背筋に光る
利他の粋
命構わぬ
武士の潔か
美しい所作とは形式でなく、取り繕いでなく、なんの飾りもなく敬う心と動作が合致した時に現れる、その人の本性なのだと私は思う。
なのでおじちゃんは四六時中ではなく、、、ときどき美しい。

江戸時代の観相家
水野南北は「運は食なり」
と喝破した。
それは良い物を食べなさい
や
栄養をつけなさい
ではなく
全く逆で粗食のすすめ
であり
むしろ
「一碗を減ぜよ。己 (おのれ) のために。」
"人が一生に持つ福分をやたら食で使い減らすな"
という教えでした。

くだんのおじちゃんの仕事は料理人です。
庭に水路をこさえ水の音を作り、風をおこし、蝶やトンボ小さな虫達の生命の育床をつくり、季節の木々や花を植え、食事の時間お客様の目に映る窓の外の景観を精密に図ります。
お料理の品は、毎日の寒暑や湿度を見て味の濃淡を変え、お客様ごとの全体の調和を鑑みてタイミングに寄り添いそっと丁寧に一碗づつが出されます。
そしてそんな自分の食事はカカトお尻スタイルの跪座(きざ)でちゃっと済ませます。
おじちゃんはお客様にお料理を楽しんで戴くための背景( 料理の材料、酒や味噌塩、、おもてなしの器や調度品、部屋の屏風や襖や庭のしつらえ等 )への贅沢をまったく惜しまないので出費が多く、お金に特に余裕の人ではありません。
でもおじちゃんは幸せそうです。

自己愛の必要性やシャンパンタワーの法則
「まずは自分を満たしてから。」
や
「まずは自分を愛しましょう。」とは言うけれど
人生は短い⚡
人を喜ばせたいが先だっていいじゃない?

人のために生きてる人ってなんか幸せそうなんだもの
ちゃちゃっと飯をかき込む姿はなんだか輝いてみえたもの
奉仕を通して自分が幸せになったっていいじゃない人間だもの
おじちゃんの
なにげない所作が美しくて
フトそんな事を思わされました。
🌱
お金に余裕のないおじちゃんは、さりとて困った所も見たことがありません。
余裕の人ではないが余慶の人のようです。
余慶(よけい)とは先祖の徳や善行が子孫に及ぶことを言うが、
おじちゃんにはおじちゃん自身の功徳が巡っているのかもしれない。そう思わされるような、人がようせんような陰徳をしています。(陰徳はバレると陽徳になってしまいご破算になるので、おじちゃんのために内緒です🙊)

なんてったって
宇宙の法則は「与えたものが得るもの」だから。
誰が見てなくてもお天道さまが見ているから。
☁️☁️☁️
人の動作「所作」という字は、所を作ると書く。
心と動作の一致した
おじちゃんの庭は美しい。

家相では敷地の南側に広さ余裕スペースがあることを「家徳に余慶ありの形」として裕福になる吉相とします。
また実際の東西南北でなく、家の中心を北、家の端を南と見立てる方法があり、その場合はどの方角でも往来の道路に面した側が南となります。
その南庭に「花」を植えるのは開運法のひとつです。
方角も南なら「赤い花」がオススメです。
通りに向かって花を植える人は、道行く人を楽しませる人であり、すなわち余慶の人福を得る人です。
なんてったって宇宙の法則は「与えたもの=得るもの」なので。
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