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『行く』か『行かない』かそれが問題?

たまきちです

以前投稿した授業参観の記事
スキの数が2桁ですごくビックリしてます〜
励みになります!
ありがとうございます(^^)

学校行ってない時期
今まで当たり前の日常だったり常識だったりしたことが一気に崩れるというか書き換わるぐらいの衝撃がありました

ふとした瞬間に当時のことが思い出されて
小さな幸せを見つけるのがうまくなった気がします
それに気づくきっかけをくれた娘に感謝です

とはいえ
仕事は大変だし疲れるし
愚痴も言いたければ娘にイラっとすることも全然あるんですけどね

ありがとう、と思った時に口に出して伝えたり
ギューっと抱きしめるだけでいいことを学んだので地道に愛を伝えております
…いつまでギューさせてくれるんだろ、さみし…


さて、前置きはこんなところで

不登校中
1番混乱して辛かったのって
『行く』か『行かない』かで頭がいっぱいになってる時だった
よな、って思った話です


◼️親の脳内で巻き起こる「行くか」「行かないか」論争

不登校になった子を抱える家庭では
一度は起きているであろうこの論争

口に出してリアル論争していることもあれば
親、あるいは本人の脳内でも四六時中巻き起こっていることでしょう

我が家の場合は
この波が2回ありました

◼️「行くか」「行かないか」脳内論争 第1波

第1波は
夏休み前に起立性障害(吐き気)で学校に行けなくなり
そのまま夏休みに突入
迎えた2学期始めのあたり

夏休みが終わればなんとなく行ける気がしていたのに全然ダメで絶望しました

9月の間に
スクールカウンセリング、児童精神科、発達検査、学校との面談
フリースクール探し、行政への相談…などなど
思いつくことは全部やりました
もう必死です

やばいって、、まじで

◼️「行くか」「行かないか」脳内論争 第2波

第2波は
年が明けて年度末
進級が目の前に迫ってきた時期

年明け早々に娘がインフルエンザで倒れ
弱っている姿を見て私のメンタルもおぼろ豆腐のようにグズグズになり
ご厚意で娘を預かってくれていた職場の託児所からも
「そろそろ難しいかも…」という話も出てきて
いよいよ追い詰められました

完全にダークサイドに落ちて
『いっそ心中するか…?』などという危険思考まで働く始末

ほんとに絶望してた‥

さんざんグルグルと迷走し、周囲の人の支えもあって
最悪退職して在宅の仕事を探すかなんかするか、と覚悟を決めたり
『もう生きてるからOKってことにするか』と悟り出したりしてるうちに
娘が突然登校し始めました

◼️実は大事だった開き直り期

第1波と第2波の間は
開き直り期といいますか、現実逃避期だったといいますか

『どうせ行けないんだから考えるのやめよ、もう疲れた』
となって

何も考えずに
一緒に出勤して、一緒に帰宅して
休みの日にはキャンプに連れて行ったり、水族館に行ったり
とりあえず娘のエネルギー溜まりそうなことをやってました

学校からは
「段階的に登校回数を増やして」とか
「給食だけでも」とか
提案されたのですけど

娘の場合
私と一緒に学校行く分には全然大丈夫で
楽しそうに先生と話して教室にも入れるし(放課後だけど)

プリントを取りに行ったり
週一くらいで私が電話で近況を先生に報告したり
あまり積極的に学校に行かせるアクションはしていませんでした

『今は学校はお休み!』
『行かないなら行かせない!』
って思ってたのと
『行く』『行かない』問答を毎朝やる気力も時間も正直なかったのが実情です

だって働かないと生きていけないし…
預かってくれるところがあるなら
とりあえず預けて働いているほうが
私は楽だったんです

『行く』『行かない』に支配されている時間は本当に地獄

こればっかりは賛否両論あると思うし
その子の状況とか親の状況によって対応はいろいろだと思うんだけど

今、学校復帰して思うのは
この開き直り期、もとい現実逃避期が非常に重要だったのではないか、ということです

『どうせ行かないから今はもういいや』
となんとも適当に問題を先延ばしにして
学校の話はこちらからは一切せず
行かない日常を過ごしていました

週に1回クラスメイトが届けてくれるプリントを一緒に見て
『今はこんなことをしているらしい』
『来週は遠足があるらしい』
という情報だけは与えて、本人に考える時間を与えました

結果『遠足行こうかな』と言った時もありました
結局行けなくて親子で泣いたりもしたけど
『行こうかな』が出たことが大事だと思ったのを覚えてます
大きな一歩です

親が毎日
「行くのか」「行かないのか」と迫ってこない

「なんで行けないのか」と原因を探ってこない

どうやら自分が行こうと思うまで待ってくれるようだ

行けなくてもここにいていいらしい

行けなくても親は自分を愛してくれるらしい

行けなくても自分を想ってくれる人が意外と他にもいるらしい

本人がこう思えることが大切なんだと思います

これは前回投稿【回復の泉】説にも通ずるんですが
自己肯定感の土台となる感覚です

我が家の場合は狙ったわけではなく
わたしの現実逃避&とりあえず元気になればいいや、という
なんとも適当な対応が結果的に功を奏したわけですけど

これを事前、あるいは不登校初期に知っていれば
かなり心強かったんじゃないかと思います

◼️最終的には「愛が世界を救うのだ」

不登校になる原因は人それぞれだけれど
そこから這い上がって
自分らしさ、自分の進む場所を見つけていくのは
どうやっても1人だけでは難しい

周りで支える親、兄弟、先生、友人

色々な人の力を借りることになります
力っていうのは居場所とか物理的なことだけじゃなくて
精神的な支えがとっても重要です

あなたはここにいていいんだよ
生きているだけで十分だよ

そんな思いを受け取ることができれば
きっとその子の世界は救われると思います

いま
不登校のお子さんを抱えてこの記事を読んでいる方がいたら
「赤ちゃんの時に息をしているだけで安心した」のを思い出して
その子の存在自体を愛してあげてください

愛は世界を救いますよ、きっと


【おまけ:今日のほっこりエピソード】

お腹の弱い、うちの娘
赤ちゃんのころからとっても食いしん坊

おっぱいも鬼のように飲むし
離乳食もモリモリ食べる

9ヶ月ごろには
「ごはんのほうが美味しいのでおっぱいは結構です」
となり、お役御免となりました

離乳なんて考える余地もありませんでした
勝手に卒業です

当然
お腹の調子が悪いからといって
食欲変わらず旺盛です

でもでも制限しないとよくならないわけで

療養期間は
できる限り同じような食事にしないと
しばらーーーーくグチグチと恨まれます

先日も
お腹の調子がイマイチな娘を家に残して仕事に行った時

できるだけ早く帰らなければ!と
コンビニで弁当を買って帰ったんですが

うっかり自分の欲望に忠実にカツ丼買っちゃったんですよ

、、、あとはお察しの通りです

「ママは〇〇ちゃんが食べられないのにカツ丼食べてた」(¬_¬)
と1週間くらいブツブツと恨み節を聞かされました

ほんと大概わたしもうっかり者なので
今までにも何回かやってます

逆の立場でも自分はそれほど気にしないので
意識が低くなりがちで申し訳ない

元気になったときに好きなものを食べてもらって
どうにかご機嫌を取ってます

そんなやりとりも思い出ではあるんですけどね(^^)

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