【登山×安全確保】ランヤード(命綱)はただの「紐」じゃない! 間違えると命に関わる「衝撃吸収」と「落下係数」の話
1. はじめに:ただ「落ちなければいい」わけではない
こんにちは、シュガーです!
最近は一般の登山道でも、険しい岩場などを安全に通過するために「ランヤード(セルフビレイコード)」と呼ばれる命綱を使用する人が増えてきました。しかしこのランヤード、一歩間違えると命を守るどころか、「自分自身の体を壊す凶器」に変わってしまうことをご存知でしょうか?
ランヤードで岩の鎖などと自分を繋いでいれば、万が一足を滑らせても谷底まで落ちることはありません。 「よし、これで安全だ!」と思うかもしれませんが、それは大きな勘違いです。
人間の体は、強い衝撃に耐えられるようにはできていません。 具体的には、体に「12kN(約1.2トン)」の衝撃が掛かれば、人は命を落とします。
さらに、「8kN(約800kg)」程度の衝撃でも、ハーネスに締め付けられた腰骨や骨盤が砕けるなどの重傷を負ってしまいます。
つまり、ランヤードで谷底への落下を防げたとしても、落下してロープが「ガツン!」と張った瞬間に体へ伝わる衝撃が限界を超えてしまえば、結局は命を落とすか致命傷を負ってしまうのです。
ランヤードを使う上で最も重要なのは、「落ちないこと」に加えて、「落下した際の衝撃を、体が壊れないレベルまで逃がすこと」なのです。
例えば、工事現場には、【1mは一命獲る(いちめいとる)】なんて標語があります。わずかな落下も命に係わることがあるため、それに備えるのは必須といえましょう。
(仕事上、足元にランヤードちょんがけを見ると怒鳴りたくなります…)
2. 衝撃吸収の罠:スリングで作る「簡易ランヤード」の恐ろしさ
よく、ガイドツアーや山の先輩から「鎖場の安全確保用に、スリング(輪っか状のテープ)とカラビナで簡易ランヤードを作っておいて」と言われることがあります。 本格的なランヤードは高価なため、安価なスリングで代用しようというわけです。
しかし、このスリングによる簡易ランヤードには「全く伸びない」という最大の(そして致命的な)欠点があります。
ロープクライミングにおいて、クライマーが数メートル上から落下しても平気な顔をしているのは、彼らを繋いでいるのが「ダイナミックロープ」と呼ばれる、ゴムのようにビヨーンと伸びる特殊なロープだからです。この「伸び」がクッションとなり、落下の衝撃を吸収してくれます。
一方、スリングや細引き(補助ロープ)は荷物を吊ったりするためのものであり、全く伸びません。
全く伸びない素材で落下を受け止めるとどうなるか。
落下の衝撃が一切吸収されず、何百キロという力が「もろに」自分の腰と、岩の支点の両方に叩きつけられます。
結果として、腰骨が砕けるか、衝撃に耐えきれずにカラビナや支点が壊れ、そのまま谷底へ真っ逆さま……という最悪の事態を引き起こします。
安全を期すのであれば、スリングの代用は絶対にやめ、メトリウスの「ダイナミックPAS」や、ペツルの「コネクトアジャスト」など、最初から衝撃を吸収する『ダイナミックロープ(伸びる素材)』で作られた専用のランヤードを使用すべきです。
前回上げたコネクトアジャストを自作する、という記事でも、ダイナミックロープでの作成が必須としています。
3. 落下係数:どこに掛けるかが生死を分ける
素材の次は、「ランヤードをどこに掛けるか」という使い方の話です。
あなたが自分の腰から伸びたカラビナを、鎖の「腰より高い位置」に掛けるか、「腰より低い位置(足元など)」に掛けるかは、非常に重要な意味を持ちます。
ここで出てくるのが「落下係数(フォールファクター)」という考え方です。
これは、『落下した距離』を『衝撃を吸収するロープ(ランヤード)の長さ』で割った数値のことです。
例えば、1mのランヤードを使っているとします。
支点を頭上(高い位置)に掛けた場合:
足を滑らせても、ランヤードがすでにピンと張っているため、落下距離はほぼ「0m」です。衝撃はほとんどありません。支点を足元(低い位置)に掛けた場合:
足を滑らせると、ランヤードの長さ(1m)分を真下に落ちた後、さらにロープが張り切るまで(もう1m)落ちます。つまり、落下距離は「2m」になります。
ここで、体重60kgの人が、全く伸びないスリングを使ってこの「2mの落下」をした場合、体にどれほどの衝撃(荷重)がかかるのかを物理計算してみましょう。
仮に、体やスリングのわずかな変形(クッション)が10cm(0.1m)あったと仮定して計算しても、落下による瞬間的な最大衝撃力は約24.7kN(約2.5トン)にも達します。 先ほどお話しした「人が命を落とす限界の衝撃(12kN)」の、なんと2倍以上の力が腰に叩きつけられる計算になるのです。
※この時、ローブが倍(0.2m)伸びれば衝撃は半分(12.3kN)程度になります。
「人の体重」と「重力」によって生み出された落下のエネルギーは、落下距離が長ければ長いほど急激に大きくなり、すさまじい衝撃として襲いかかります。 (クライミングにおいて、ロープをたぐり寄せている最中に落ちる「たぐり落ち」が絶対にダメとされるのも、この落下距離が長くなってしまうためです)。
したがって、ランヤードを掛ける位置は、常に自分の腰より上の「高い位置」をキープし、極力「落下距離を短くする」のが絶対の鉄則となります。

4. おわりに:一番怖いのは「適当な指導」が連鎖すること
ランヤードは、正しく使えば命を救ってくれる最高の道具ですが、仕組みを知らずに使うと非常に危険です。
そして何より怖いのは、自分自身の知識不足によるミスではなく、「スリングで適当に結んでおけばいいよ」「とりあえずそこらへんの鎖に引っ掛けておきなよ」と、理屈を知らないまま他人に適当な指導をし、それが原因で重大な事故が起きてしまうことです。
「とりあえず使えればよい」「みんなそうやっているから」という思い込みは、安全管理において絶対にやってはいけません。 素材の特性と、そこに働く物理の法則を理解して、初めて「本当の安全」が確保できます。
これから岩場に挑戦する方、あるいは初心者を案内する方は、ぜひこの「衝撃吸収」と「落下係数」の理屈を頭の片隅に叩き込んでおいてくださいね!
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