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映画 Oxana 『OXANA 裸の革命家・オクサナ』 (26/5/29 鑑賞)

「トップレスの女性が半裸で行う反対運動」と言えば下衆なメディアが喜んで飛びつきそうな話題だが、それを逆手にとって、自らの肉体を武器として使い、政治問題に関心を持たないような下衆な連中の注目を集めることで、自分たちの主張を国内外に届けようとしたウクライナのフェミニスト団体 FEMEN の創設メンバーのひとりオクサナ・シャチコの人生を描く。

あらすじ

2002年、ウクライナ西部フメリニツキー。オクサナはアルコール依存症の父とそれを献身的に支える母と暮らし、イコン画を描いて家計を支えていたが、教会からの不当な扱いや男尊女卑が根深い社会の理不尽に耐えきれず、家を飛び出す。

2008年、街頭討論で出会った仲間たちとともにフェミニスト活動団体「FEMEN」を結成。医療過誤による女性患者の死への抗議を皮切りに活動を拡大させる。

2009年、首都キーウでセックスツーリズム撲滅を訴える中、オクサナは注目を集めるため上半身を脱ぎ、身体を「戦闘服」として使う表現にたどり着く。

やがて活動は国境を越え、2011年にはベラルーシ・ミンスクでアレクサンドル・ルカシェンコ政権に抗議し拘束と拷問を受け、モスクワではウラジーミル・プーチンヘの抗議で重傷を負う。

FEMENへの監視と弾圧が激化するなか、オクサナは政治難民としてパリへ逃れる決断を迫られていく……。

映画公式サイトより引用

正直いって本作に出会うまでFEMENという団体のことは知らなかった。以下はWikipediaへのリンクである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/FEMEN

トップレスになるというのは確かに過激な行動に映るかも知れない。しかし、21世紀初頭までのウクライナは貧しく、女の生き方には結婚するか売春婦になるかの二択しかなく、ヨーロッパ諸国からのセックス(買春)ツーリズムの餌食になっていたという状況があった。それを打破するための運動としてメディアの耳目を集めるため、当初は下着をつけて抗議をしていたのだが、カメラが彼女らの身体を追っていることに目をつけたオクサナがその場でブラを外し、男たちの犠牲となって脱がされるのではなく、闘うための武器として自分自身の肉体を積極的に活用する道を選んだ結果なのだ。

まさに、幼い頃からイコン(聖画像)を描いて稼いできたオクサナ自身の精神性の表れとしての芸術と政治信念が結びついた反体制活動に他ならない。

しかし、逮捕や拷問を経験し、国外へ政治難民として逃れても、運動そのものがフッション化し個人の名声を追い求める運動家との決別を余儀なくされ、また難民申請すら受け入れられずに、自分たちはいったい何を成し遂げたのであろうか?と大きな喪失感に襲われる。

しかし、フランス革命やロシア革命、あるいは米国の公民権運動などの例外的な成功例を除いて、実は多くの政治運動は権力に屈せざるを得なくなり、潰されていく。

実際、家父長的な思想の為政者(性別を問わない)が世界各地に生まれて、人々が勝ち取ったはずの人権が脅かされ、より激しい戦争が起き、ひょっとするとオクサナたちが抗議活動をしていた時代よりも社会状況は悪くなっている気がする。

本作の後味は決して良くない。でも、それが現実であり、だからこそ、改めてここで描かれている出来事から我々は学び、自由や平等を守り続けていかなくてはならないのではないかとの思いを強くしてくれる。

【公式サイト】
https://cinema.starcat.co.jp/oxana/

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