都市再生機構

そこは、広大というには狭く、所狭しと言うには広い地下空間だった。

打ち込みのコンクリートはやっつけの作業の産物。
広さのわりに物は置いていない。空間の真ン中に中くらいの灰色いデスクを構えているだけだった。

ずいぶんと薄汚れた作業着を着た者が、ここに居る。
「最近はどうも、音沙汰がないですね。」
声は低い。身長は高いがやや猫背。男性。目の下には隈と、少しの弛みでも構えている。

暇を埋めるように中古のパソコンの画面と向き合う振りでもして、もう一人この地下空間を練り歩くだけのもう一人の職員に語り掛ける。

「嵐の前の静けさです。そうかもね。」
女性。さすがにそこまでではあるが、声は低い。その他容姿は特に面白味もなにもない。
そういうと失礼にあたるかもしれないが、別にこの人に至ってはそのようなことを気にすることもない性格の持ち主であった。

「前の爆撃以降、依頼は来ましたっけ。」
「いえ……特に。依頼も音沙汰ないですね。」

「……そうですか。つまらないといえば、つまらないですね。」
女はため息一つついて、少し歩みを進めたかと思えば、積むようにもう一つため息を溶かした。見かねて男は言う。

「……ノイローゼですか。この地下室が。」
「地下室と言うからノイローゼになってしまうかもしれませんね。そうかも。」

彼等の仕事は至って単純明快だった。
何か壊れでもした町があれば、行政やらなんやらから依頼の電信が一通こちらに飛んでくる。
そうすれば彼等はそこへ赴き、都市を再構築するのだ。

「『本部事務所』とでも呼びましょうか。いかがでしょう。」
「それも、なんだか堅苦しい、かもね。」

本部事務所、とでも呼ばれたここの地下空間には今この2人しか居ないが、
この事業が始まったばかりの頃、もう少しばかり人員が担保されていたものである。それでも少なくはあったが。

それが今では皆が皆電信を受け取って、沢山いる作業員や重機や工具類を引き連れて、どこか知らない地へいそいそと出ていってしまったっきりで、帰っては来ない。

「帰ってこないですね。」
「どなたがです。」
「みんなです。みんな。」

女はよく、語末を繰り返す。それは男の放った言葉の光線を、二度切っているように思えた。

「どちらがよろしいのでしょうね。外界と、この地下室は。どちらがよりノイローゼなのでしょうか。」
「どこも。今は暗闇しか残っていない世界ですよ。」

「」

女は語末に何かを繰り返しかけたが、言葉は出なかった。

汚れのしみているコンクリートは、不思議な法則で区切られて、それが実に妙な模様で、それは彼等にとっても妙な心地を思い起こす模様だった。

暫くそんなコンクリートを眺めて、男は揺蕩っていた。無論精神的にだが。
ただでさえ弛んでいてしようがない目をさらに伏す。
眠い訳ではなかったが、あくびが一つ出た。緊張しているわけでもなかった。

男はずっと敬語だった。それは、彼がこの女に対しては後輩のご身分であったからだ。最初の頃は堅苦しいと怪訝な顔をされたが、お互いに慣れた様子だった。

時が過ぎるうちに人が減り、やがてこの地下空間から人はいなくなり、終ぞ戻ることが無くなって2人になってしまった際には、
幾分か多少は打ち解けはした模様で、敬語も少しやわなものになった。

「ひとつ、ご提案をさせていただいても、よろしいでしょうか。」
「はい。」

最初の頃、具体的な時分を聞かれても分からないが、
兎に角最初、この男とこの女が出会ったとき。即ちこの都市再生機構とやらが成り立って、彼等を含む大勢が業務をあてがわれたとき、

そんな最近でも、古くもないくらいの時期の頃を思い出す、
堅苦しい堅苦しい、きちりとした敬語だった。
意表を突かれた女も、真面目な返事が飛び出した。

続けて男は言う。
「外に、出ませんか。」

柔らかな口調で、優しく空間を包むようにそう言った。

「でも、今は外は危険です。作業も何も無い今の状況で出るべきではないですよ。きっと。」

「いいえ、今はご覧の通り静かですから、問題もないかと。少し見ないですか。」

彼等2人の相反する言葉は、ただその無機質で灰色い地下空間に反響していた。それは、おぞましいほどには静かだった。

それからというもの、沈黙が続いていた。
諦めがついたのかも知れないが、男と女は地下空間から出る口へ向かい歩いて行った。

新しい割には、白い水垢のこびりついたパイプの梯子だった。
エレベータなどというものを置いても特に動く保証もないから、効率の良い梯子だった。

彼等が外に出た後、見える景色も、その後彼等自身がどのようになってしまうかも、彼等自身は想像がついていたし、その想像は2人して同じものだった。


沈黙を極めた、人ひとりが収まる程度の筒を抜け、ロックを外し、円い戸をぎいとさびを剥がしながらゆっくり開けた。重かった。

最初彼等含め大勢がこの戸から地下空間に初めて入ったとき、
ここには集合住宅があった。お情け程度の緑や植栽もあった。

しかし、きっかり、或いはもはやさっぱりしていると言ってもいいほど、そこには何もなかった。あるのはおぼつかない色をした破片と瓦礫だった。
焼け焦げたようだが、火は既になく、痕だけがあった。

しかし、彼等二人の目に入っていたのは、空空漠々とした空と、そこに飛んでいる一通の黒いお手紙だけであった。

それは、見かけの大きさこそ小さかったが、確かに大きな大きな手紙だった。

先端はカワセミの嘴でもあるかのように尖って、鈍く黒光りしている。
それは全ての消失を招く手紙だった。

「再生しますかね。あれが落ちても。」
「どうでしょう……。少なくとも私たちの仕事はもうありませんね。きっと。」

「そのようですね。」

都市再生機構は、その時をもって閉業をした。

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