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natsuki_miwa
お町の感覚|小諸日記|26.9.10
「なんで小諸にしたの」
小諸の人たちにもっとも聞かれる質問だ。
彼らからすると、都会の若者がわざわざこの土地を選んでくる理由がわからないらしい。
答えは相手によって使い分けている。
義理の両親が軽井沢に住んでいると簡単に伝えることもあるし、高校時代の学校行事で甲府から小諸まで歩いたという濃いエピソードを持ち出すこともある。
「なんで小諸にしたの」
また、聞かれた。
ただ、今回はワタシたちが移住先を小諸に選んだ理由を聞かれたわけではない。取り組んでいる生活史をつくるプロジェクトの対象をなぜ小諸にしたのか、という意味だった。
その問いかけをしたのは、小諸の駅からは南東の方に少し離れた、美里と呼ばれる地区にある介護施設を運営する中年男性だった。縁があってその施設へ見学に行っていた。
なぜ、コモロ史の対象を小諸市にしたのか。
こんな疑問が投げかけられるとは全く予想していなかったので困った。
「移住先の土地のことを知りたくて。エリアは単純な区切りで小諸ということに‥」
言っても言わなくても変わりない回答をした。
ワタシの答えに対して、男性は納豆をのせた白米を食べながら、ふーんという曖昧な顔をした。
「僕らからすると、ここは小諸っていう感覚はないんですよね。三岡とか、美里に住んでるっていう感覚はあるんですよ。小諸っていう意識があるのは、駅前のお町の人たちだけだと思います」
胸に釘をズシンと打たれたような衝撃を覚えた。小諸はコンパクトな町で地域的な共同感覚が隅々まで浸透していると思った。しかし、それは幻想だった。ワタシが当たり前と思っていた考えは、彼らが「お町」と呼ぶ一部の人たちだけのものだった。
