フィクションにしか見えないドキュメンタリー:ギョーム・ブラック監督『リンダとイリナ』(2023/フランス/38分)『また会えるよね』(2024/フランス/64分)
観てる最中も、観終わった後も、パンフレットを読むまで、「フィクション」だとばかり思っていた。
もちろん、非職業俳優に演じてもらった上で、即興的な自由度で撮ったんだろうとは思っていたから、ゴリゴリのフィクションと思っていたわけじゃないけれど。
ほとんど「ドキュメンタリー」らしいのだけれど、映画としての骨格をつくるために「フィクションの設定」的に再現してもらったりしたシーンがいくつかはあるそうで、完全なるドキュメンタリーとも、ちょっと違うみたいではある。
それにしても、驚き。
ここで、内容やいろいろ気づいたことを書きたいところなんですが、
連続で3本目に観た映画だったからだろうか、席がよくなかったのか、
もう、最初からずっとお尻が痛くてですね、、、
ぜんぜん集中できなかったんですよね。
その限りで観ても、すばらしいと思えたのだから、凄いことなんですが。
それに、パンフレットの監督インタビューも詳細に語られているし、
伊藤洋司さんの「友情の時間」という文章(詳細な解説)も本当にすばらしく、読みながら「そうだったのか!」の連発。
こんなにもパンフレットを買ってよかったと思ったことはない。
もし万全の体調で観たとしても、伊藤洋司さんの解説ほど読み解けてはいないだろうし。
なので、内容は、そちらを読んでいただくとして。
字幕に「めっちゃ」って入っていて、驚いた。
「字幕翻訳」:高部義之さんのお仕事です。すごい。
「ドキュメタリー」だとわかって考え直すと、
確かに「フィクション」だったとしたら、いくら「短篇」「中編」とはいえ、構成が緩いなとは思っていた。
「緩い」と言っても、「あえて」物語化を強めないために、ボヤっとした話のまま終わらせるというのは、ヌーヴェルヴァーグから連なるフランスなどの芸術映画では常套手段なので、まったく気にならなかったけれど。
とはいえ、『リンダとイリナ』の方は、38分の作品にしては、かなり構成としてもシッカリ組まれている。
と思ったら、本来こちらは、もっと長く、いろんな人の映像を撮った上で、この2人を中心とする関係に絞ったそう。それで凝縮されてるんでしょうね。
とにかく、高校生たちのキラキラとした姿は、もう遠い昔になってしまったオジサンのわたしには、眩しすぎ。
でも、その輝きの影に、青春期特有の悶えが、
個人的な苦悩だけではなく、
そこに家族関係や社会的背景が影響している様は、
深いものがあり。
普遍的なものでもあり。
すばらしい作品だと思いました。
ありがとうございました。
