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夏休みの宿題、終わった?

~昭和の子どもたちが8月後半に繰り広げた、宿題との静かな攻防~

8月も後半になると、少しずつ夏休みの終わりが見えてきます。

海水浴に行った。虫取りをした。友達と遊んだ。朝顔に水をやった。毎日、思いっきり遊んだ。楽しかった夏休み……ところが。

ふと机の上を見ると、そこには大量の宿題が残っている。「宿題、終わった?」お母さんから、聞きたくない一言が飛んできます。

「……まだ」そう答えた瞬間、楽しかった夏休みが、少しだけ違って見えてきます。

昭和の子どもたちにとって、8月後半はまさに「宿題との戦い」でした。インターネットもありません。スマートフォンもありません。分からないことを検索することもできません。

だからこそ、今思い返すと、あの宿題との格闘そのものが、ひとつの「夏の思い出」になっているのです。


1.8月21日――「まだ10日もある」と思っていた

8月21日。夏休みは、まだ終わっていません。カレンダーを見ると、あと10日ほどあります。

「10日もあるんだから、まだ大丈夫」そう思ってしまうのが、子どもの不思議なところです。

夏休みが始まった頃には、「宿題は早めに終わらせよう」と心に誓っていたはずなのに。気がつけば、漢字ドリル。計算ドリル。絵日記。読書感想文。自由研究。工作。まだいくつも残っています。

それでも8月21日なら、まだ少し余裕があります。「明日からやればいい……」そして翌日になると、「まだ9日もある……」さらに数日たつと、「まだ一週間ある……」。

こうして、昭和の子どもたちは、残り日数を数えながら夏休みを過ごしていました。

しかし、本当の恐怖がやってくるのは、もっと先のことです。

2.まずは「夏休みの日記」から片づけよう

夏休みの宿題で、意外と手ごわかったのが「日記」です。毎日の出来事を書くだけなら簡単そうに思えます。ところが、これを毎日続けていなかった場合は大変です。

「8月12日か……何してたっけ?」思い出せません。しかも、天気まで書かなければならない。「晴れだったかな?」「いや、雨だったような……」。

今なら、スマートフォンで過去の天気を調べることもできます。でも、昭和にはそんな便利なものはありません。

新聞の天気予報を探したり、家族に聞いたり、自分の記憶を頼りにしたり。「たぶん晴れ」「たぶん暑かった」そんな曖昧な記憶で、数日分の日記を一気に埋めた人もいたのではないでしょうか。

そして最後には、「毎日、規則正しい生活をしました」などという、妙に優等生らしい文章が並んでいたりします。

実際には、朝寝坊して、昼までテレビを見て、午後から遊びに行っていたのに。

子どもの頃の「夏休みの日記」には、そんな小さな記憶の捏造も含まれていたのかもしれません。

3.読書感想文――本を読むところから始めるのが間違いだった?

そして、宿題の大物といえば「読書感想文」。まず、本を選びます。「どの本にしよう?」悩みます。ようやく本を決めても、今度は読む時間が必要。

ところが、夏休みの前半は遊びたい。後半になって、「読書感想文、まだやってない!」と気づく。ここからが大変です。

本を最初から最後まで読む時間がない。そこで、最初の十ページを読む。途中を大胆に飛ばす。最後の十ページを読む。そして、なんとなく話をつなげる。

「主人公は最初、○○でした。しかし、物語の最後には……」これで感想文を書こうとする。

もちろん、そんな方法で本当に作品を理解できるはずもなく。

感想も「主人公が頑張っているところがすごいと思いました」「私も主人公のように頑張りたいです」「この本を読んで、友達の大切さが分かりました」あたりで、なんとか締める。

しかし、先生の目は節穴ではありません。「ちゃんと本を読んだの?」と聞かれて、冷や汗。そんな経験をした人も、ひょっとするといるのではないでしょうか。

もちろん、今思えば立派な「ズル」です。でも、そこまでしてでも提出しようとした。それもまた、昭和の夏休みの一風景でした。

4.自由研究と工作――「自由」と言われるほど困る

「自由研究」。名前だけ聞くと、なんだか楽しそうです。何を研究してもいい。何を作ってもいい。自由なのだから。
……ところが。「自由にしていいよ」ほど困る言葉はありません。

植物を観察する。
昆虫を調べる。
星を観察する。
貯金箱を作る。
模型を作る。
何かを模造紙にまとめる。

候補はいくらでもあります。でも、8月20日を過ぎても何も決まっていない。ここで登場するのが、お父さんやお母さん。

「これ作ったら?」「去年、○○ちゃんがやってたよ」「じゃあ、朝顔を調べれば?」気がつけば、子どもより親のほうが真剣になっています。

工作ともなると、さらに大変。「ここは、お父さんがやってあげるから」そう言いながら、いつの間にか親が夢中になって作っている。

そして完成した作品を見て「……これ、僕が作ったことにしていいの?」そんな、微妙な空気。

自由研究や工作は、子どもだけでなく、家族みんなの夏休みの宿題だったのかもしれません。

5.8月31日――家族総動員の最終決戦


そして、ついにやってきます。8月31日。夏休み最後の日、決戦日です。

朝から、いつもと家の空気が違います。「宿題、全部終わった?」お母さんの声にも、少し緊張感があります。

昭和のお母さんは「こどもが宿題をやっていないのはお母さんがだらしないから、と思われる」と深刻に考えました。

机の上には、まだ残っている宿題。読書感想文。絵。習字。日記。自由研究。工作。そして、なぜか最後まで残っている計算ドリル。

ここからは時間との勝負です。午前中に一つ。昼食を食べて、もう一つ。夕方になって、まだ終わらない。夜になっても、机の明かりがついている。

「まだ終わらないの?」と言われても、「終わらない。どうしよう……」と半泣きに答える。緊急事態です。

お父さんの晩酌は中断され、お母さんから応援を指示される。歳の離れたお兄ちゃんお姉ちゃんも巻き込まれる。家族総動員です。

字を本人に似せて下手に書く、適度に間違える、など、先生に見抜かれないよう、巧妙な細工も施される。

そして夜遅く。最後の一枚を書き終えた瞬間、「終わった……」。

あの何とも言えない解放感。

翌日は新学期。その前に宿題を全部終えたという達成感だけは、しっかりありました……もっとも、全部終わっていなかった人も、いたかもしれません(笑)。

6.インターネットのない時代、どうやって調べていた?

今の子どもたちは、分からないことがあれば、すぐに調べることができます。スマートフォンやパソコンを使えば、たくさんの情報が出てきます。

でも、昭和の子どもたちにはインターネットがありませんでした。分からないことを調べるなら、図鑑。百科事典。新聞。学校の図書室。近所の図書館。本屋さん。

そして、何より「知っている人に聞く」。これが大切でした。

「この虫は何?」
「この植物の名前は?」
「昔の○○について調べたいんだけど」

すると、親や祖父母が教えてくれる。あるいは、自分で本を探してみる。今と比べれば、ずいぶん時間のかかる方法です。

でも、その分だけ「自分で答えを探した」という感覚が強かったのかもしれません。

もちろん、今の便利な道具が悪いわけではありません。便利になったからこそ、できることも増えました。

ただ、昔の夏休みには、分からないことを一つ調べるだけでも、ちょっとした冒険があったのです。

7.宿題が終わったあとに待っていたもの

ようやく宿題を終えたら、夏休みも本当に終わりです。

朝のラジオ体操。網戸越しに聞こえるセミの声。冷たい麦茶。扇風機の前で過ごした午後。夕立。夕暮れの空。友達と遊んだ公園。

そして、8月31日の夜。あんなに長いと思っていた夏休みが、終わってしまいます。

9月1日の朝。ランドセルを背負って学校へ向かう途中、友達に会う。

「宿題、終わった?」
「うん」
「全部?」
「たぶん……」

そんな会話をした人もいるかもしれません。今になって思えば、宿題の内容そのものよりも、宿題に追われた時間や、家族と一緒に過ごした時間のほうが、強く記憶に残っています。

今なら、令和のお母さんは「宿題を忘れて恥ずかしい思いをするのは本人の責任」と考え、あまり気にとめないかもしれません。手伝うこともしない。それもまた、ひとつの合理性です。

ただ、あの頃の家族総動員の慌ただしさを思い出すと、少しだけ懐かしくもあります。

おわりに あの頃の夏休みは、もう戻ってこないけれど

大人になった今、8月31日に宿題に追われることはありません。読書感想文を書く必要もありません。自由研究もありません。

それなのに、8月の終わりが近づくと、なぜか少し落ち着かない。

カレンダーを見ながら、「夏が終わってしまうな」と思う。あの頃の子どもたちは、夏休みが永遠に続くような気がしていました。

8月の終わりにふとセミの声を聞いたとき。夕暮れの空を見上げたとき。きっと私たちは、あの夏に戻ることができます。

宿題に追われていた、あの頃の自分に。

さて。今年の夏休みも、残りわずか。子どもたちの宿題は、終わったでしょうか。もしまだなら――。

「夏休みの宿題、終わった?」

そろそろ、あの懐かしい一言をかける時期かもしれませんね。(文:千里ふうた)

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