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洋館さん、地球を半周する間にずいぶん変わっちまったなぁ。「長崎居留地二十五番館」

皆さまこんにちは♪
今回は私のアナザースカイ博物館明治村にある建物
長崎居留地二十五番館をご紹介します☺️

その名のとおり長崎の外国人居留地に建っていたもので、あの有名な旧グラバー邸と同じような特徴が見られます。
当時の長崎居留地にはこんなかんじの建物が多かったようです。

パッと見「まぁ、和洋折衷な建物ですこと」で終わってしまいそうなこの姿。
しかし、この姿には世界の歴史が詰まっているのです!

どういうこと?

これを知ってしまったら、もう知らなかった頃には戻れない!!

覚悟はいいですか?


よーく見ていこう!

この長崎居留地二十五番館は本館部分は明治22年に建てられ、その20年後に奥にある和室部分が建てられました。
最近に住んでいたのはスコットランド人のコルダーさん。造船に関わっていた人でした。

別館と奥の和室

和室部分は日本人との商談用とも言われていますが、実のところ何に使われていたのかは不明だそうです。

一番の特徴はこのぐるっと囲むベランダ。


その昔私がまだ鼻水垂らした小学生だったころ、一番最初に見た時に
この玄関は勝手口だと思ってて「この家どこが玄関なんやろ?」と不思議に思ったものです。(勝手口も今はもう絶滅危惧種)

とても控えめな玄関

西洋の洋館というと、玄関が命くらいに立派なものが多い気がしますがこの建物はどえらい控えめ。

窓はガラス窓と鎧戸と呼ばれるブラインドみたいな窓との二重奏。

THE 洋館て感じの窓ですね!

屋根は漆喰が使われていて白い目地がキレイです✨

間取りはこんな感じ。

明治村ガイドブック(公式)より
ダイニング
応接室?
ステキなデザインの暖炉

さて、ここでお気づきでしょうか?
間取りを見てもらうとキッチンが無いんですねぇ。
ダイニングはあるのにキッチンがない!
料理はどうしていたのかしら??

従順なタイプです。

実はここまで見てきた特徴は、単に和洋折衷にデザインされたものではなく
ヨーロッパを出発した洋館が日本にたどり着く間に環境に適応し変化してきた姿なのです!

15世紀から始まったヨーロッパ諸国の東南アジアの植民地化。
北の方に住むヨーロッパの人々にとって東南アジアは暑すぎる!!!
高温多湿の気候による体調不良(あと現地人からの攻撃)により多数の死者がでました☠️

そこでできたのがベランダです!
このくだりは私の過去の記事でもやりましたね!
ベランダとバルコニーは似て非なる物だと。

強い日差しを長い庇で遮り風通しの良いベランダを作り、ここで涼んだり談笑したりイチャついたり。
そして夜は鎧戸を締めガラス窓を開けると部屋の中に風だけを通すことができました。

屋根の目地漆喰はおそらく日本にやってきてからで、沖縄や九州では台風対策のためにこのような屋根が多かったそうです!

目地漆喰の実物模型

そして、キッチンが無いという謎。
当時キッキンは肉や魚を捌くため悪臭や血が流れる不浄な場所とされていたことと
火事のリスクもあったため
基本的には館とは別の場所に作られていました。

そこで作られた料理をダイニングに運んでいたんですねぇ。
あーめんどくさい(使用人の気持ち)

つまり15世紀からヨーロッパを出発した洋館は東南アジアでベランダと鎧戸を身につけ、日本で瓦屋根を乗せこのような姿となったワケです。
これをベランダコロニアル様式と呼びます。
以後お見知りおきを。

この建物は人類の歴史そのものだ!

西洋人の住居というと、写真や映画で見るレンガ積みでアーチ窓で…というようないかにもな洋館をパッと想像しますが
この建物のように西洋人の暮らしと共に変化してきたパターンもあるんですねぇ。

長崎居留地二十五番館を見れば世界史が解る!
これはまさに建っている教科書や〜🤗


ここまで読んでいただきありがとうございました😊
この後も他の記事をお楽しみください♪

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