雨宿りと文字数未定の小説世界
「ここは小説の世界だ」すべり台で雨宿り中、作家は呟いた。設定に操られた二人の、少し不思議な会話劇。(本文字数 1659字)
ゲリラ豪雨とシロクマの少年
雨宿り。 不本意ながら、僕と先生は現在、その真っ最中である。
打ち合わせの合間の気分転換にと、先生の提案で近所の公園まで散歩に出たのが運の尽きだった。 突然のゲリラ豪雨に見舞われ、僕たちは慌てて公園内にある巨大な複合遊具――要するに、大きなすべり台の下に逃げ込んだのだ。
隣に立つ初老の男は、僕が担当している大御所作家の先生だ。御年六十七歳。 濡れた髪を払いもせず、プラスチック製の天井を叩く雨音を面白そうに聞いている。
「雨宿り〜。雨宿り〜」
のんきな声が聞こえてきて、僕は少し離れた場所に視線を向けた。
僕たちがいるのとは別の、少し小ぶりなすべり台の下。 シロクマの顔がデカデカとプリントされた水色のTシャツを着た少年が、こちらを見ながら呪文のように同じ言葉を連呼していた。年齢は七歳くらいだろうか。
「なんだか、こっちをからかっているみたいですね」
僕が苦笑いすると、先生は真面目腐った顔で首を横に振った。
箇条書きにされた世界
「違うよ、君。彼は状況説明役だ」
「……はい?」
「今の我々の状況を、別次元にいる読者に分かりやすく伝えるために配置されたんだよ。あの子が『雨宿り』と連呼することで、読者は『ああ、今こいつらは雨宿り中なんだな』と即座に理解できるという寸法だ」
出た。また先生の悪い癖だ。
先生は常日頃から、「自分たちの生きているこの世界は、別次元にいる誰かが執筆している小説の世界だ」と公言して憚らない。 そして、その別次元の読者たちに自分たちは読まれているのだ、と。
ごく普通の青年であり、しがない編集者でしかない僕にとって、先生のこの突飛な妄想には毎度うんざりさせられていた。
「先生、いくらなんでも飛躍しすぎですよ。ただの雨宿りしている子供じゃないですか」
「そうかな? じゃあ、君はなぜあの少年の服が『水色のTシャツ』で、そこに『シロクマの顔』が描かれていると、そこまで詳細に認識したんだ?」
「えっ? それは、普通に目に入ったから……」
「普通、他人の子供の服の柄なんてそこまで注視しないだろう。それはね、作者が箇条書きにされた『キャラクター設定』を、律儀に本文に落とし込んでいるからだよ。我々の意志とは関係なく、視覚情報として強制的にクローズアップさせられたんだ」
言われてみれば、妙にそのシロクマの顔が脳裏に焼き付いている。 まるで、その情報だけが不自然にハイライトされているかのように。
プロットに操られる僕たち
「それに」と先生は続ける。
「我々のこのやり取り、やけに会話ばかりだと思わないか? 情景描写がすっぽり抜け落ちて、まるで『会話劇』というジャンルを指定されたかのように、テンポよく台詞だけが続いている」
「……偶然ですよ。雨音で気が急いているだけです」
僕は自分に言い聞かせるように反論した。 しかし、嫌な汗が背中を伝う。
「第一、僕たちが急に『散歩』に出かけたのも不自然だ。私が言い出したことになっているが、私自身、なぜ散歩に行こうと思ったのか、その動機がすっぽり抜け落ちている。ただ『突然の雨に降られ、公園のすべり台の下で雨宿りをする』という導入のプロットを消化するためだけに、強制的に散歩に出されたような感覚なんだよ」
「……雨宿り〜、雨宿り〜」
少年はまだ連呼している。 もはや、都合の良いBGMの自動再生にしか聞こえない。
「先生、だとしたら……僕たちはこれからどうなるんですか?」
気がつけば、僕は先生の仮説にどっぷりと浸かってしまっていた。
空白の結末
「さあね。結末はどうなるのか、作者の手腕の見せ所だな。ただ、そろそろ指定された文字数の目安も尽きる頃合いだろう。何せ、文字数の指定自体が空欄だったのだから、作者もどこで終わらせるか探り探りのはずだ」
その瞬間。
あれほど激しくすべり台の屋根を打ち付けていた雨音が、まるでテレビの電源を切ったかのように、ぷつりと鳴り止んだ。
「ほら、止んだ」
先生はすべり台の下から一歩踏み出し、わざとらしく空を見上げた。
「どうやら明確な結末は指定されていなかったらしい。綺麗なオチをつけるのを諦めて、強引に幕引きを図ったようだよ」
先生につられて、僕も空を見上げる。
雲の隙間から覗く太陽の光が、なぜかパソコンのバックライトのように、ひどく人工的に見えた。
あとがき
↑コチラへの参加作です。
過去にも参加してるのですが、何か飛び道具的なのや悪ふざけ的な作だったので、今回は真面目に書いてみました。
ただ、ありきたりなモノを書いても面白くないので、読者に「これAIにプロット食わせて作ったな」と思わせるような展開・描写を人為的に作れないものかと考えて本作を書いてみました。(うまく行っているかは自分でも不明)
