結果を手放したら、結果が色々と付いてきた話
現在執筆しているnote本、AIと色々と壁打ちしながら作っていて、仮で文章を書いてもらったのですが、やっぱり文章自体はイマイチな出来上がりのものがアウトプットされました。
構成を作っている段階までは及第点のものができていたんですけどね。
実際の文章に関しては自分が書いたものをもっと読み込ませないとダメなのか、いまいちなものしか修正しても出てこなかった形です。
ここらへんは試行錯誤ですね。
そんな中、AIに壁打ちしてもらっている中で面白い話が出てきたので今日はそれを書いてみようと思います。
過去の書籍を読み込ませていたら、面白いテーマが出てきた
電子書籍を試しでClaudeに書かせていくために、過去の書籍のデータも読み込ませていました。
そして構成を出したところで面白かったのが「あなたの書籍は逆説的なアプローチをテーマとしている形で一貫しています」
という言葉が出てきたんですよね。
具体的には
・No2の本は「周りのために動いたが、周りに疎まれてしまった経験談」
・フリーランスの本は「自由を求めたが逆に不自由になり、組織で働き始めたら逆に自由になり始めた経験談」
そして今回書くnote本は「結果を手放したら、結果がついてきた話」で書いたら面白いんじゃないか。
ということで・・・。
これは「おぉ、なるほど」と思いましたね。
元々天邪鬼気質があるというのもありますが、確かにそういうテーマで本を書くのは悪くないかもな。と思えました。
去年を振り返ると、結果を手放したら結果がついてきていた
確かにで去年を振り返ると「結果をとることの執着を手放してから、色々なプラスの事が起きた」ように感じています。
ずっと結果を出すために頑張ってきたコミュニティビジネスをお休みしてから、自分を取り戻せましたし。
ビジネス的な結果を求めずにnoteを書いていたら、新しい仕事が舞い込みました。
稼ぐ!じゃなくてなんとなく過去の自分のためになりそう&やりたいことだったフリーランスコミュニティの立ち上げをやったら、友人が集まってくれて。
最終的には今手掛けている書籍の依頼が知人からありがたく舞い込んでくれました。(おかげでなんとか税金を払えそう)
振り返ると、結果を求めて頑張っているときほど大した結果は出なくて、それを考えなくなったときに思いがけぬ形で何かが舞い込んできた事が多い去年の後半だったんですよね。
もちろん、自分から望んで動いたこともありますが、「力を入れて頑張る」というのはあまりやらなかった記憶です。
今改めて、自分の中の執着を手放すタイミングなのかもしれない
そう考えると、今の自分って「それを少し覚えてしまって、もっと新しい何かを望みすぎている状態」なのかもしれません。
なんとなくですが、自分の中の欲が大きくなっているのは感じているんですよね。
別に欲があること自体は悪いことではないんですが、「満たされていない」という感覚はさらに渇望感を呼び寄せるだけだよなぁと。
となると、少し自分が満たされて「さらに!!」となっている執着を今一度手放すタイミングに来ているように思います。
うーん。これは多分そんな気がするなぁ。
基本的にこういうときは、じっくりと内観をしつつあるものを見つめていくのが一番な気がしています。
外側の欲しいものを見続けていると、ほしいというワクワク感より、渇望感が強く出てきてしまうから。
今年もまだ始まったばかり。
このタイミングで改めて自分を見直して、まっさらな自分に注ぎ込まれる何かを楽しむ心を持っていきたいですね。
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ここまで読んでくれてありがとうございます。
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