ベランダを狙う鳩と、夫の本気
鳩が我が家のベランダを狙ってる。
「ウボッ、ウボッ」鳴いて狙ってる。
鳩が豆鉄砲食った。
とか言うが、そんな無邪気な可愛さなど、どこにもない。
午前6時半。
そろそろ来る。
マンションの4階の我が家。
隣の部屋の一人暮らしの男性は、数ヶ月帰ってこない。
そこに目をつけたのが、鳩のつがい。
もうすっかり居着いて、ベランダ中が糞だらけだ。
放置された大きな植木鉢の中に二羽の鳩が、まるで湯船に浸かってるかのようにポッテリと収まってるのを初めて見た時は、ギェーと叫びそうだった。
その日は、「ポッポ」と、いやに近くに聞こえた。
…どこだ?
手すりから身も乗り出して、お隣さんを覗き込んだ。
……え。
鳩は、こちらを確かに見た。
が、無視された。
夫婦仲良く温泉旅館に逗留中。
てな風情。
警戒心ゼロ。
隣は、シーンと静まり返って、人の気配はない。
私は夫を叩き起こした。
「大変、大変、隣が鳩に占領されてる」
(いや、まだ占領まではされてない)
パジャマのまま、ベランダに引き摺り出される夫。
「見てよ!隣」
二人して手すりを掴んで、覗き込んだ。
ーー。
糞があちこちに、てんこ盛り。
「ウワッ!」
夫が放ったこの声に驚いて、鳩はバタバタと飛び立った。
ホッとしたのも束の間だった。
10分もしないうちに、またホーホー言い出した。
その日から、鳩との必死の攻防戦が始まった。
ネットで対策を検索。
まずは、鳩がとまってる手すりをハンガーで叩く。
最初こそ驚いて飛び立ったが、すぐ慣れて、片足をあげて振動をやり過ごす。
その小生意気な姿の、腹立たしい事。
真っ赤な風呂敷も鳩避けグッズも効かない。
ビニール袋をクシャクシャ鳴らしたり、夫は次々と新兵器を投入するが、
鳩は、何をやっても気にもとめない。
ポッポと聞こえると、ベランダに飛び出して、即臨戦態勢。
夫は、私以上に熱くなっていた。
「これは、絶対に効くぞ」
トンビ大作戦である。
夫は隣との境に張り付き、身を隠しながら、スマホで流し出した。
我が家のベランダに、トンビ(ヨレた中高年男性)が爆誕した。
「ピューーーヒョロロロ、ピューーーヒョロロロ」
(大音量)
「トンビいる!」
街中のマンションである。
近所の人は驚いただろう。
あやつのテリトリーは、徐々に我が家に迫っていた。
鳩は案外頭がいい。
まず1羽で来る。偵察隊だ。
その時の鳴き声は、
「ウボッ、ウボッ」。
いつもの平和の使者の仮面を脱ぎ捨てる。
ハンター鳩。
そして、ここぞと決めたら糞をする。
「ボテっ」。
すると、そこはもう縄張り。
とにかく、ジットリ執念深い。
まるで貞子だ。
我が家のベランダだけは、何としても死守しなければならない。
焦りがピークに達したある日。
帰宅した私は耳を疑った。
「ウボッ。ウボッ」と、聞こえてくる。
ーーー近い。
靴を脱ぎ捨てて、走った。
そこにいた。あいつだ。
澄ました顔で。
目を見開いた私を一瞥すると、鳩は飛び立った。
ベランダに飛び出した私の目に飛び込んだのは……。
一盛りの鳩糞。
「どひーーーっ」
ちり取りでこそげ取り、
家中のあらゆる洗剤をぶち撒けて、
デッキブラシで、死ぬほどこすり倒した。
「マーキングなんか、させるか」
微塵もかけらを残すもんか!
丸ごと気配を消してやる。
ピカピカに磨き上がったベランダで、呆然と立ち尽くしていた。
この攻防戦は、ある日あっけなく幕を閉じた。
数か月ぶりに隣人が帰ってきたのだ。
そして、すごい勢いで掃除を始めた。
「バシャン、バシャン」。
ゴシゴシこする音がずっと続いた。
私たちは、隣人に何も言わなかった。
ただ、必死に掃除しまくってる音を聞いていた。
それからも、鳩は隣にやってきたが、その度、隣人は「バン!」と窓を開け追い払っていた。
その追い払うスピードたるや、F1レーサーのように速かった。
ある日、向かいのマンションの屋上に、例の2羽がいた。
斜めでツルツルで、絶対居心地悪い場所。
そこから、ジッとこちらを見ていた。
戦いは終わった。
私はトゲトゲの鳩除けをベランダの隅に片付けた。
そして、今年。
奴らは、帰ってきた。
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