棚の奥にしまったレコード ~マイケル・ジャクソンと、また会えた日~
「10,9,8,」
IMAXシアターのカウントダウンが始まった。
立体的な数字が浮かび上がる光のゲートを、視覚ごと身体が潜り抜ける。
重低音が床から押し寄せて、
圧倒的な音量が身体に迫ってきた。
その瞬間、心の奥底の長いこと沈んでたものが、涙になってあふれた。
そして、暗闇のステージに浮かび上がる、きらめく白のラインストーンの靴下に黒のローファー。
立った!
トウ・スタンド
光は彼の足元に吸い寄せられ、
そして残像は、世界中に散りばめられた。
マイケル・ジャクソンの残像を…
私はマイケル・ジャクソンをリアルタイムで見ることができた世代。
マイケル・ジャクソンのミュージックビデオ(MV)を、初めて見た時の衝撃は今でも忘れられない。
人類史上最も売れたとされているアルバム『Thriller』(スリラー)』
ゾンビ集団と歌い踊るゾンビマイケル。
Cause this is thriller thriller night
(なぜなら、今夜はスリラー、恐怖の夜)
LPレコードを買って、擦り切れそうなくらい聴いた。
あのダンス、ビート、透き通った声。
そして、マイケルと言えば、独特なシャウト。
「アゥ!」「ポゥ!」
もう、なんなんだ!この存在は?
シルエットだけで鳥肌が立つ。
この世のものとは思えぬ圧倒的なカリスマ性。
私はマイケルに夢中になった。
来る日も来る日も彼の歌を聴き、ミュージックビデオをむさぼるように見た。
鏡の前に立ち、彼のステップや振りを必死で覚えようとした。
全く出来なかったけど、ビートに合わせて身体を動かしているだけで少し近づけたような気になった。
洋楽全盛時代ではあったけれど、友人たちは日本のアイドルに夢中で、
「ふーん。スリラーって怖いよね」とか言ってて、お話にならなかった。
エンターテインメントの歴史を塗り替えたマイケル・ジャクソン。
今、彼の甥っ子が、主演を演じている「マイケル」が、評判を呼んでいる。
制作を聞いた時から、かなりの葛藤があり、封切りからひと月近く経って、ようやく映画館に足を運んだ。
彼を演じられる人なんて、この世に存在するんだろうか。
ヘタな物真似で、私の中の彼を壊されたくなかった。
そうやって観ない理由をあれこれ並べていたけれど…。
「曲だけでもIMAXの大音響で聴く価値はあるかもしれない」と、
自分を納得させた。
映画は、父親からの虐待、子供時代の孤独、そしてスターとして成功した後も自由を奪われ続けたマイケルを描いていた。
特に、胸を締め付けられたのは、チンパンジーのバブルスと遊ぶ場面だった。
子ども時代を過ごせなかったマイケルは、大人になった兄弟たちをツイスターゲームに誘う。
けれど、あっけなく断られる。
仕方なく、相手はバブルスになる。
キーキーと鳴きながら部屋中を走り回るバブルスに、
「ダメだよ、バブルス」
マイケルは、笑ってそう声をかける。
遊びたかった相手は、バブルスではなかった。
それでも、映画の中で私は初めて知った。
マイケルには寄り添い続けた人がいたことを。
ボディガードのビルという存在だ。
彼はよき理解者であり、父親のようにマイケルをかばい支え続けてくれた。
私は、彼を利用しようとする人たちばかりに囲まれていたのだと思い込んでいた。
だから、この事実は、私にとって驚きでもあり、慰めでもあった。
物語は、マイケルが大やけどのあと、またもや全国ツアーに出る計画を独断で決めた父親とついに決別する。
マイケルを演じているのは、マイケルの実の兄ジャーメイン・ジャクソンの息子。
ジャファー・ジャクソン。
正直、あまり期待はしていなかったが、高音まできれいに伸びる声が、元々声質が似ているのか、かなりマイケルに迫っていた。
演技も本人のデリケートで控え目な性格と心理をよく表している。
不世出の天才の名を汚すまいと、どれほど努力しただろうか。
ただ、残念ながらダンスは、及ばないと感じた。
記憶に刻まれた彼のダンスは、上手いとか下手とかでは語れない。
あれは、マイケル・ジャクソンそのものだった。
そして映画は、ロンドンで行われたバッド・ワールドツアーで、名曲BADを歌う熱狂的なシーンで幕を閉じた。
エンドロールで流れる彼の歌を聴きながら、
これ以上は描けなかったんだなと思った。
関係者への配慮もあるし、利害関係にも関わるだろうし…。
後半生が描かれていないことへの批判もあるようだが、私はこれ以上は見たくないと思った。
これでいい。
マイケルもそれは望まないだろう。
映画が描かなかったその後の現実には、過酷な試練が待ち受けていた。
子どもに対する、虐待疑惑で訴えられて裁判。
当時は民事での和解や数々の報道。
毎日のように流れるスキャンダル。
真偽のほどは、分からないけれど、キャップを目深に被り、下を向いてマスコミから逃れるマイケル。
かつては彼を包んだ、光り輝く賞賛は、侮蔑と疑惑の真っ黒な闇に覆われていた。
私には、彼が傷付いた小動物のように見えた。
怯えたバブルスのようだと。
耐えられなかった。
信じたかったけれど、子ども時代の父親からのあらゆる虐待が本当だとすると、可能性はあるのではと、疑う心も捨てきれなかった。
それで、私はマイケルに関するあらゆる情報をシャットアウトした。
マイケル・ジャクソンの名前を私の辞書から、いったん外すことで私の中の彼を守ろうとした。
それは彼を守るのではなく、虚像ではなかったと、自分を守りたいだけの、ただの自己防衛だった。
宝物だった、擦り切れたレコードジャケットは、棚の一番奥にしまった。
決して目に触れないように。
月日が流れ、ロンドンで「THIS IS IT」が50公演開催されると聞き、不安が募った。
その頃のマイケルはやせ細り、顔も白斑病と整形で別人のようになっていた。
…50公演も大丈夫だろうか。
あえて気にしないようにしていたが、やはり彼の動向は気になった。
そしてーー突然の訃報が入った。
テレビのニュースに映し出されたのは、冷たい躯となった彼だった。
50歳で逝ってしまったマイケル。
喪失感は深かったが、不思議とそれほど悲しみは沸いてこなかった。
「やっと、楽になったね」と。
彼の純粋すぎる魂は、この醜悪な世界には耐えられなかったのかもしれない。
この映画を契機に、今、SNSにはマイケル・ジャクソンが溢れている。
彼をリアルで知らない世代もリアル世代も、小さな子供までが、ビリージーンや、ビートイットに合わせて、ステップを踏んでいる。
あらゆる媒体が、全盛期の彼の栄光を映し出している。
「あれだけ叩いていたのに…」
私は私の中の彼を何十年も掛けて守れたのだろうか。
先日納車されたばかりのRAIZのエンジンをかけた。
ビートが体を揺らす。
「Billie Jean is not my lover」
プレイリストの一曲目は「Billie Jean」 だった。
あの日、棚の奥にしまったレコードはもう無い。
それでも、私はようやくまた会えた。
私の永遠のスーパースター、マイケル・ジャクソンに。
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