【創作】黒田製作所物語 第11話 美希
2011年3月11日14時46分 黒田製作所を取り巻く世界は一変した。
【東日本大震災】
筆舌に尽くしがたい状況となった。工場そのものは最新の耐震基準に対応していたため地震による建物被害は大きくは無かった。しかし原材料や道具は散乱し、機械設備は倒れ、とんでもない場所まで動かされ、突然の電源消失により稼働中の機械や設備が強制的に止められたことなどを原因とした故障・破損が大量に発生した。よくて修理、酷いものは入替えが必要になることは明白だった。
美希は急遽全ての操業を中止し、臨時休業を決断した。まずは社員とその家族の安全を守ることを選択したのである。しかし自社の被害だけではなく周辺の道路、上下水道などのインフラのダメージ、関連企業からの納品の滞りなど、今後の製造出荷計画を大きく見直す必要も生じていた。
それでも地震による直接的・物理的な被害に対する復旧は、地震保険などの救援策である程度の補填が期待できた。
ところが、3月12日
【東京電力福島原子力発電所の水素爆発】
放射能汚染の危険性が報道されて以降、取引をキャンセルする電話が鳴りやまなくなった、未曽有の風評被害である。
「どういうことなの」
早朝から鳴りやまない電話、対応に追われる社員の姿に、美希は心臓を鷲掴みされたような恐怖を感じた。政府や東京電力の発表を受けたマスメディアの報道、インターネットの掲示板等で書きこまれる得体の知れない記事は、まるで福島県全体が人間の住むことができない、立ち入ることができないような壮絶な危険地帯になってしまったような内容だった。避難を是としない住民に対し、悪意ある発言をする者も多く存在し、風評被害を拡大させた。
原子力発電所から距離にして七十km以上も離れ、放射能汚染の影響は考えられない地域であるにも関わらず、狂信的に恐怖心を煽る悪意ある情報が工業製品に対しても風評として日本中、世界中に広がり、受注を取り消す電話が殺到した。工場の稼働、製品の出荷スケジュールが白紙となった。
社員の中には県外に避難するため長期休暇を申請する者も出始めた。
工場からは音も光も消えた。
時が止まった。
3月14日午後から招集した緊急役員会で3月末までの臨時休業体制とすることを決め、平日は美希と加藤工場長が常勤するほか、工員は設備の修繕担当、事務員は一人だけローテーションで出勤する体制とした。休暇、退職を申請した社員には可能な限り希望どおりの対応をすることにした。
黒田製作所の歴史が終わる。
言葉は飲み込んでいるものの、社員の誰もがその覚悟を胸にした。
東日本大震災から二週間後、3月25日に開催した役員会には和美前社長、柳沼元常務にも参加を依頼し、現役員との合同会議とした。過去の歴史も踏まえて4月以降の会社の方針を検討するという名目の会議だった。しかし重苦しい空気の中、誰からも意見らしい意見は出なかった。
『廃業』
という重すぎる言葉を言えるのは、言わなければならないのは社長しかいない。誰もがそう考えていた。その方針が示された後に、退職金を含む雇用計画、工場や機械・設備の行く末や今後の資金繰りについて、それぞれの立場で発言する内容を考えていた。もっとも現在の状況では土地建物を含めた工場や機械・設備の資金化は難しく、会社の資金繰りが行き詰まることが想像できた。おそらくではあるが、和美前社長、美希社長の個人資産なども会社に拠出する必要があるだろう。
会議参加者の誰もが廃業とその後の困難に向かう覚悟を決め、美希社長の言葉を待っていた。その重みを感じた和美が美希に発言を促した。
「社長のお考えをお聞かせください。皆、覚悟は決めていると思います」
美希は立ち上がり、毅然とした表情で正面を見据えて進むべき方向をした。
「ステンレス製品専用の新工場を創りましょう」
(黒田商店は空襲後、敗戦間近の瓦礫の中、お父さんがたった一人、たった一台の溶接機で始めたんだもの。仕事があるのかわからない、戦争がいつ終わるのか、自分の命が続くのかさえ見通しがつかない中で立ち上がったんだもの。それに比べたら今は仕事が無いけれど工場はある、社員がいる。そして歴史とともに積み上げてきた信用と技術がある。
仕事が無いなら新しい仕事を創りましょう、そのために新工場を建設する。新しい顧客獲得を目指して、今まで全力では挑戦できなかった「ステンレス製品」という道に踏み出すチャンスにしましょう。時が止まったのなら皆で動かす。黒田製作所ならできるはず)
「未来の、これからの顧客、お客様のためにですね」
加藤の言葉を聞いた全員が、誰に言われたのでもなくゆっくりと経営理念が描かれた額を見上げた。
『顧客第一主義』
皆が顔を正面に戻し、お互いの顔を見合わせ頷いた時、悪夢は幕を降ろそうとしていた。誰一人
「こんな時に無理ですよ」
と口にする者はいなかった。
顧客のためにできる限りのことを考え行動する。それが黒田製作所の精神である。
「社長、せっかくなら日本一の新工場を創りましょう」
加藤が言葉を続け皆が頷いた。役員の決意の表情を見ながら美希は考えた。
(日本一の工場、大きさじゃ無いよね。最新の設備を入れるということ。駄目、それは直ぐに型が落ちる。日本一の技術かしら。いえ、それは工場のことじゃない。だけど工場長の言葉を否定はしたくない。工場長の夢が皆で目指すのが「日本一の工場」なのだとしたら、それを叶えたい。
今は神話にあるパンドラの箱が開いているのかもしれない。あらゆる厄災が飛び出したのかも。もしそうだとしたら、厄災が溢れていたとしても希望は残されているはず。お父さんが今日のような日を想定していたとは思えないけれど、お父さん、あなたがつけてくれた名前を誇りに思います。お母さんは会社に入る時、汚い作業場の掃除から始めたのよね。
私は二人の娘として、美しい希望を胸に会社を再建したいです。社員のために、未来のお客様のために、美しい新工場を創りたいです)
「日本一きれいなステンレス工場を創りましょう。今までのような企業向けの工業製品ばかりじゃなく、医療機器やサニタリー製品を製造するのに相応しい、日本一きれいなステンレス専用工場」
自然に言葉が生まれた。絶望の中に残された希望は、新生児があげる産声のように役員たちの心に響いた。
「黒田に相応しい日本一ですね」
加藤が笑顔になり、和美も柳沼も他の役員も笑顔と歓喜の表情をエールとしてお互いに贈りあった。
リリリーーン リリリーン
会議室にある電話のベルが鳴った。事務室から転送されてきたことを察した加藤が受話器を取った。
「加藤だ、重要な会議中に繋がなきゃならないような電話なのか」
事務室で電話番をしていた小沢を叱責するような口調、怒りを含んだ声だったが、すぐに慌てた口調に一変した。
「ちょっと待ってください、いえお待ちください。社長に代わります。社長、三井工業の三井社長から直のお電話です。お願いします」
電話に出た美希に三井社長の穏やかな声が届いた。黒田の創業当時からのお付き合いで、お互いの社長が代替わりをしても懇意にしている大切な企業だったが、現状は取引停止を告げられており、美希は契約解除の打診であることを覚悟した。
「連絡が遅くなり申し訳ないです。ようやく社内外の理解を得ることができました。放射能汚染に対して御社の製品が全く影響が無いことは、いただいた資料から明白でしたが、なかなか感情的に受け入れてくれない者もいまして、説得に時間がかかってしまいました。しかし、やはり御社の製品の質じゃないと私たちは安心して製造ができません。現在は停止している取引の再開を4月からお願いします。後ほど書類をお送りしますが、取り急ぎ我社の方針をお伝えしたいと考え電話しました」
穏やかな声だったが、取引再開に難色を示す者たちに理解してもらうため、尽力したであろう疲労が声から感じられた。
美希は丁寧に謝意を伝え受話器を置いた。下げた頭を上げる前に床に涙が零れたが、目元を拭うことなく顔を上げて皆に伝えた。
「三井工業さんから、取引再開のお話をいただきました。協力企業の力もお借りして、黒田の製品を納期内に納品できるよう、皆さんの力を貸してください」
全員が立ち上がり声を上げた。加藤が美希に近づいてきた。
「社長、会議は終わりでいいですか。我々は工場に戻らせていただきたいです。出荷計画を練り直します。後、小沢さんに指示していただき、来週から出勤できる工員の人数確認をお願いしたいです」
美希は満面の笑顔で頷き、柳沼に話しかけた。
「柳沼さん、工員が足りない時は来週から現場復帰をお願いするかもしれませんが、御検討のほどよろしくお願いします」
「美希社長と一緒に働く約束でしたから、老骨に鞭打ち働きましょう」
笑顔で応えた。
「会議は終了です、解散。皆でこの危機を乗り越えましょう」
全員が右拳を天に着き上げ
「オーーッ」
大きな声で応えた。
美希と黒田製作所がステンレス製品という溶接道の新たな光を目指す決意をした日以降、三井工業以外の顧客からの受注も次々に再開し、工場には社員と、設備の駆動音が戻った。
黒田製作所は美しい希望に向けて、確かな一歩みを踏み出した。
(第12話 おわり)
第1話
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