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【中学受験】名門校合格の罠「深海魚」になる子どもと自走できる子に変わる親の関わり方

小学生という、まだ幼さが残る時期に、遊びたい盛りの欲求やテレビ、スマートフォンの誘惑を断ち切って、机に向かい続けた子どもたちが、解けない問題に泣きながら、模試の結果に一喜一憂して、前を向いて進んできました。

家族が子どもの合格に心を一つにして、その背中を一番近くで見守り、文字通り二人三脚で過酷な受験期を走り抜けてこられた保護者の皆様、本当に本当に大変だったと思います。
お疲れ様です。親御さんもすごくすごく頑張りました。

第一志望校をはじめとする素晴らしい進学校への「合格」という切符を手にした瞬間、ホッと胸をなでおろし、これまでの苦労がすべて報われたような、深い安堵感と喜びを覚えられたことと思います。

周囲の友人や親戚からも「これで一安心だね」「もう将来は約束されたようなものだね」と祝福され、希望に満ちた春を迎えたはずでした。


しかし、入学から4ヶ月の夏休みを迎えた現在の中学校生活の我が子の様子はどうでしょう。

あれほど机にしがみついて過去問を解いていた我が子が、今はただリビングのソファに寝転がり、だらだらとスマートフォンの画面を指で滑らせているだけなのは、あなたの家庭に限ったことではありません。


私の子どもも大学生になった現在もそうです。

学校の宿題や次の小テストの準備があるはずなのに一向に動こうとしない。

声をかければ煩わしそうに部屋にこもるか、「うん」と生返事が返ってくるだけ。

気づけば、今日もまた何もせずに夜になっている。


このような我が子の姿を目の当たりにして、誰よりも失望し、焦っているのは、他ならぬ保護者の皆様自身ではないでしょうか。

「あんなに頑張れる子だったのに、どうして変わってしまったのだろう」

「このままでは、せっかく入った進学校でどんどん置いていかれてしまうのではないか」

結論から言うと今、お子様が陥っている

「スマートフォンがやめられない」

「勉強が手につかない」

という状態は、決してお子さんの資質が怠惰になったわけでも、才能が枯渇してしまったわけでもありません。

これは、中学受験という人生初の「全力疾走」を終えたあとに、多くのトップ層、真面目で優秀な子どもたちが必ずと言っていいほど直面する、心理的な休息期間であり、回復のための必要な足踏みなのです。


焦る気持ちを一度だけ横に置いて、今のお子様の状況を冷静に見つめ直してみませんか。




「管理」という補助輪はもう無い

中学受験という環境を振り返ってみると、そこには塾、家庭、そして精緻に組み立てられたカリキュラムという、極めて強力な「外的な管理体制」が存在していました。

何曜日にどの授業を受け、いつまでにどの宿題を終わらせ、どの公開模試に向けて何を復習すべきか。これらはすべて、大人たちによってお膳立てされた完成されたレールでした。

子どもたちは、そのレールの上を全速力で駆け抜けることにおいて、抜群の優秀さを発揮してきたのです。


しかし、ここには一つの落とし穴があります。
それは、「決められたレールの上を走る訓練」は十分に積んできた一方で、「自分で自分のレールを敷き、走るペースを調整する」という経験が、圧倒的に不足しているという点です。

憧れの進学校に入学した途端…
学校の先生からは「ここからは自主性の世界です。自分で考えて行動しなさい」
と、急に手を離されることになります。

これは、これまで大人が後ろを支えてくれていた「補助輪付きの自転車」から、ある日突然、補助輪を外されて公道に突き放されるようなものです。

最初からバランスを保ってまっすぐ走れるわけがありません。

最初はふらつき、転んでしまうのは、自立という成長の過程において避けて通れない必然的なステップなのです。

何もかも自分で決めなければならない状態は、子どもにとって想像以上の精神的な負担をもたらします。

何をすればいいのか分からない、けれど何かをしなければならない。

そうしたプレッシャーから、脳が一時的に防衛反応として逃げ場を求めているのが、現在のスマートフォンへの逃避の本質です。

今スマートフォンに手が伸びるのは、お子様がそれだけ受験で心と脳のエネルギーを使い果たし、回復を必要としている大切なサインでもあります。



「1日中勉強できる」という理想を一度横に置く

我が子の足が止まっているのを見たとき、親がやってしまいがちな最大の失敗は、「受験期のピーク状態」を基準にして現在の我が子を裁いてしまうことです。

「受験の時は、言われなくても毎日たくさん机に向かったのに」

「同じ学校のあの子は、もう次の目標に向けて動き始めているのに」

過去のお子様や、周囲のお子様と比べて我が子を卑下するのは、現在は完全な逆効果となります。

必要なのは、更に高い目標を設定して叱咤激励をすることではなく、傷ついた選手が最初に行うような「慎重なリハビリテーション」です。


リハビリにおいて最も重要な鉄則は、「低いハードル」を設定することにあります。

今の状態のお子様に、いきなり受験期のような猛勉強を目指すのは、怪我をした選手がすぐにフルマラソンを走ろうとするようなものです。

あまりにも高いハードルは、子どもの心に無力感を植え付け、さらに深く殻に閉じこもる原因を作ります。


推奨したいのは、「5分」という最小単位の肯定です。

たとえば、
「単語帳を5分だけ眺めた」
「机の前に座って、ノートを開くだけ開いた」
「スマートフォンをリビングに置いて、自分の部屋のベッドに向かった」

これらは、他人に言えば「そんなの勉強のうちに入らない」と一蹴されてしまうような、極めて小さな行動かもしれません。

しかし、これらこそが、子どもが自身の意志の力を振り絞って行った「小さな決定」なのです。時間は短くても、お子様の意志で動いたという事実が、少しずつ舵を取り戻す力になります。

大人が焦って手を貸したりせず、その小さな一歩を温かい目で見守り、心の中で認めていくことが、リハビリ期の親の役割です。どうぞお子様をあたたかい目で見守ってください。



「自制心」を育てるための静かな試行錯誤(非認知能力)


私たちは親は、どうしても、「偏差値の高い学校に入ること」や「テストで良い点数を取ること」こそが、将来の成功や幸福に直結すると思いがちです。

しかし、教育経済学の視点で見れば、人生の満足度を左右するのは学力そのものよりも、自分をコントロールする「自制心」だと言われています。


ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンらの研究により、人生の幸福度や収入、社会的成功を大きく左右するのは、IQやテストの点数(認知能力)そのものよりも、自制心や忍耐力といった「非認知能力」であることが実証されています。

教育経済学における重要なポイントは以下の通りです。

1.学力は一時的な効果:幼児教育などで一時的に認知能力を上げることは可能ですが、その効果は小学校に入学し学年が進むと薄れていく傾向があります。
詰め込み型の知識や一時的なテストの点数は、環境の変化によって変わりやすい不安定なものです。

2.「自制心」は一生モノ:自制心ややり抜く力(GRIT)を身につけた子どもは、大人になってからの経済状況が安定し、健康状態も良く、犯罪率が低く、高い人生の満足度を得ることがわかっています。

3.大人になってからも鍛えられる:「非認知能力」は幼少期に形成される基盤が重要ですが、大人になってからでも訓練や環境によって十分に伸ばすことが可能です。

今、お子様が自宅のリビングで「スマートフォンを見たいという欲求」と格闘し、ある時は誘惑に負け、またある時は少しだけ勝つ。

その泥臭い試行錯誤こそが、実は学校名というブランドよりも価値のある「一生モノの武器」を内面で必死に鍛え上げている時間です。

「夜にスマートフォンを触ると止まらなくなるんだな」

「このアプリを開くと時間が溶けてしまうんだな」

失敗を嫌悪の材料にするのではなく、子ども自身が「自分を動かすための実験データ」として淡々と受け止めてみてください。



燃え尽きないために「ほどほど」を許容する


最難関校や有名進学校に集まるのは、元来「真面目で、期待に応えようとする子」ばかりです。

だからこそ、完璧にできない自分を許せず、極端な無気力(燃え尽き)に陥りやすい性質を持っています。親が喜ぶ顔が見たいからこそ、小学生という幼さで、あの過酷なスケジュールに耐えることができたのです。

しかし、入学した途端に「周りが全員自分より優秀に見える」という厳しい現実に直面し、プライドが傷ついて動けなくなることがあります。


進学校の保護者の間でよく囁かれる「深海魚」という言葉に怯える必要はありません。

一時的に成績が下がっても、お子様が積み上げてきた思考の基礎体力が消えるわけではありません。

今は深く潜っている時期かもしれませんが、そこで「どう生きたいか」を静かに考える時間は、将来必ず血肉になります。

それは、脳の奥深くで一時的に眠っているだけに過ぎません。

親御さんも「見守る」という忍耐を大切にしてください。

お子様の足が止まっているとき、最も必要なのは「急かさないこと」かもしれません。

信じて待つことは、教えることよりもはるかに難しい。

ですが、親が焦って先回りし、指示を与え続けることは、子どもの自主性を再び奪う結果になります。

「成績がどうであれ、私たちはあなたの存在そのものを信頼している」という静かな信頼が、お子様が再び自らの足で立ち上がるための土壌になります。


今は、心の動かし方を切り替えている最中

中学受験を突破したお子様の能力は、今もそこにあります。

ただ、心の動かし方が「他人からの指示」から「自分の意志」へと、ゆっくり切り替わっている最中なのです。

これまでは、「親に怒られるから」「合格しなければならないから」という、すべて外部からの刺激によって動いてきました。

しかし、中学生以降の本当の学びにおいて、その外付けの駆動装置はもう機能しません。これからは、「自分が面白いと思うから」という、内発的な動機に基づく自分の意志へと、ゆっくりと切り替えていかなければならないのです。

この精密な切り替え期間中に、子どもを無理に奮い立たせる必要はありません。「今はこういう時期なんだな」と、今のお子様をそのまま受け入れること。

今日、この記事を読み終えたあとにスマートフォンを置くのが難しければ、せめて一度画面を消して、深く息を吐いてみてください。

その親さんのわずかな心の余白が、お子様が再び「自分の人生」を歩き出すための、小さな、確かな一歩になります。

3年後、6年後にも受験はあります。中学受験が終わりではありません。
大学受験も終わりではありません。

中学受験はゴールではなく、スタートです。


どうぞ親さんも子どもさんも走り続けるスピードで歩んでください。

中学受験は「自立」への第一歩です。このnoteを読んでくださったあなたとお子様を私も応援しています。

大丈夫です。

あなたのこれまでの伴走は決して間違っていません。

子どもの底力は、大人が考えているよりもはるかに強大です。

自信を持って、子どもさんのこれからの自立の旅路を共に歩んでいきましょう。


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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。

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