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【大学受験】特別な才能が無い普通の我が子が医学部に合格する理由

こう言ってしまうのもなんだが、うちの子どもはいたって普通の子どもだった。
勉強もスポーツも1番を取るような子ではない。

そこそこ、である。


超難関校の中高一貫校に通っていたわけでもなければ、鉄緑会やサピックスといった有名塾に行っていたわけでもない。

地方住まいということもあるけれど、仮に都心に住んでいたとしても、子どもの成績では入学も入塾も断られるレベルだっただろう。


幼い頃から確かにコミュ力は高かった。

同級生はもちろん、先輩や後輩、友だちの親からの受けは抜群に良い。


でも、それは面接に有利に働く可能性はあっても、学力に直結するものではない。


そんな子が、一般的には難関と言われる国公立医学部に合格した事を不思議に思うときがある。

私も妻も、お互いの両親も、有名高校や有名大学を出ているわけではないので遺伝も考えにくい。

身内どころか知り合いにも医師はいない。
何が、どこで、一体どうなったのか。

強いて言えば、私が高校生の頃には欠けていて、子どもが高校生の頃には持っていたものがいくつかあった。

それが大学受験の結果や今後の人生において、重要なのではないかと思うことがある。


情報を活かす力

子どもには小さい頃からスマホやタブレット、パソコンを与えていた。

当時の世の中の風潮では「子どもには早すぎる」「勉強しなくなる」などの理由で制限する方向だったけれど、私は「将来絶対に必須になるものを制限するのはナンセンス」と考えていたので、共存して、本人に折り合いをつけさせる道を選んだ。


今の時代、ネットやAIを使えば、玉石混交だとしても手軽に情報が手に入る。使わない選択肢はない。

逆に、知り得るからこその難しさ、選択肢の多さからくる苦悩はあるのだと思う。

今は情報を知らないと話にならないが、情報を得るだけで優位に立てるほど甘い時代でもない。

本当に大切なのは、情報を手に入れた後で、それを整理し、取捨選択して自分で考える能力を持つことだと思う


私の時代にはそれがなかった。

一次情報入手の方法が本か、知っている人を探すしかなく、入手難易度が高かった。

情報を知らないことを理由に、考えることもしなかったようにも思う。


明確な将来の方向性

私の親はサラリーマンだった。

だから自分も大学卒業後はサラリーマンになるのだと、脳死で何となくそう思っていた

就職するとき一瞬だけ「好きなことを仕事にするのか、しないのか」で悩んだことがある。


私が出した結論は「好きなことを仕事にして仮に躓いたとき、何に逃げればいいのか判らなくなるからダメだ」というものだった。

従って業務内容で会社を選ばなかった。今にして思えば、初めから躓くことを前提に考えているのが私らしい。

私自身、なりたいものも、やりたいこともなかった。

昔もないし、今もない。

正直、どこでも良かった。

だから就職の間際になってこんなことで悩むのだと思う。


でも子どもは違った。

高校のときに紆余曲折ありながらも、最終的には「医師になりたい」と明確に目指すものができて、それに向かって邁進した結果、勝ち取った。


子ども自身の強い意志で進んだ結果なのだ。

私とは全然違う。

親とはまったく違う道を進む子どもを見て、疑似体験として一緒に楽しませてもらっている。


「自分事」として捉える力


医師になりたければ、医学部に入るしかない。

私立医はお金の問題があるから、可能なら国公立医学部がいい。

目標が明確なので、そこまでの道のりを逆算し、険しくても受験や勉強を「自分事」として捉えられるから前に進めるのだと思う。

誰かにやらされているのではない。

私のように目標がなければ、どこに進んで良いのか判らず、何となく日々を過ごしてしまう。

子どもを見て、自分自身、学ぶことも多かった。


思い返せば、子どもが幼い頃、自分に足りないもの、あったほうがいいものを子どもには備わってほしいと願い、そのように仕向けて育てたことはあっても、逆に自分が経験して良かったと思う価値観を押し付けたことはなかった。

親の成功体験は、子どもにとって邪魔になると思ったからだ

子どもが幼い頃「育児は育自」と聞いたことがある。

当時は当時でその通りだと思ったが、それは永遠に続くのかもしれない。


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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。