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「アウトプットしない読書は意味がない」なんてことはない

最近というわけではありませんが、いわゆる「ビジネス書」を読んでいる人からは、読んだ内容をアウトプットしないのは意味がないという声がよく聞こえてくるような気がします。

この主張を耳にすると違和感を覚えることが多かったので、今回はそれを言葉にしていこうと思います。


書きたいものについて

初めにお断りしておきますが、読書で学んだ内容を実践したり、ほかの人に教えたりということは、学習内容の確認、自身への定着、アウトプット先のコミュニティへの還元などの良い効果が得られるので、今回批判したい内容ではありません。

今回は「本の内容をアウトプットすることに意味がある」が真だとしても「本の内容をアウトプットしないと意味がない」というのは真ではないだろう、という内容になっています。

①書いてある情報すべてを言語化することは難しいことだと理解しているか

言語化というのは一般的に、何らかの情報を言葉にするという意味を指すと思いますが、ここではもう少し広く「理解する」くらいのニュアンスで使わせていただきます。

読書した内容をアウトプットするためには、まず本の内容を言語化する必要がありますが、言語化は万能ではありません。
お菓子の家を作ることをイメージします。
材料は読書によって得た情報ですが、例えばクッキー生地を型抜きして壁のパーツを作れば、当然切れ端が出ます。
切り捨てられる情報があるということが、言語化の限界です。
言語化が上手な人は、比較的切れ端を少なく作ることもできますが、「情報を言語化する」という作業そのものに付随するこの制約を超えるのはおそらく無理です。
詳しくはまたどこかで書くと思いますが、例えば虹という可視光の連続的な波長の変化を日本人は7色という有限な区切りでとらえているように、言語で何かを表すということ自体が情報の欠落の原因になるという点だけ理解いただければと思います。

前置きが長くなりましたが、読書した本の内容を余すことなく自分の言葉で再構築するというのは、大抵無理なのです。
その部分を理解せずに、あたかも本の内容すべてを言語化できるかのように言い放つ態度を私は好みません。

②実践できる程度の知識にしか触れていないのではないのか

私が得意だと言えることの一つに、エクセルやスプレッドシートの関数を組むことがあります。
おそらくシステムエンジニアとしてのスキルよりも、関数を組むことのスキルのほうが高いのではないかと思っています。

そんな私は、一か月に一度程度Googleスプレッドシートの関数一覧ページを見に行きます。

新しい関数が増えていないか確認したり、特に目的なく上から順番に眺めたりしており完全に趣味ですが、私は多くの関数を使用することができません。

最大の理由は、私の知識の不足です。
例えば「会計」や「統計」に属する関数については、どんな処理をしているかわからないものが多いですし、そのため何のために使うのかもわかりません。
それゆえに実践もできませんし、そのほかの関数にも意味が分かっても業務上出番がないものもあります。
(以下「会計」「統計」の関数例です。説明に使用されている名詞を私は理解できません。)

  • EFFECT:名目年利率と1年あたりの複利計算期数を使用して、実行年利率を計算します。

  • MDURATION:定期的に利息が支払われる証券(米国債など)の修正マコーレー デュレーションを予想利回りに基づいて計算します。

  • F.DIST.RT:指定した x を代入して、2 つのデータセットの F 分布の右側確率(ばらつき)を求めます。フィッシャー - スネデカー分布やスネデカーの F 分布とも呼ばれます。

Googleスプレッドシートは様々な業種で使用されているため、各業種で必要とされる計算を関数として実装していけば、個々人が持っている知識の範囲を超えてしまうのかもしれません。
ただ、こういったことは技術書でもよく発生して、太刀打ちできない場合は入門書を買いなおすこともしばしばです。

雑なまとめ方になりますが、ちゃんと勉強していれば今の自分では理解できない情報に触れる経験が必ずあったはずなのです。
「読んだ内容すべてをアウトプットできる」と思っている方はおそらく読んだ本の内容はすべて理解できる、理解してきたと誤解しているのでしょう。
その勘違いをもって「アウトプットしない読書は意味がない」とおっしゃっているのを見ると、読んでわかる本にしか触れてこなかったことが、逆に幸せだったのかもしれないと考えてしまいます。

ソクラテスの無知の知のような話ですが、触れた情報すべてを理解できるはずがない謙遜は持ち合わせていたいですね。

意外なことに、理解できず文字面を眺めただけの、ガラクタ同然に頭に放り込んだ情報でも、ふとしたタイミングでうまいこと引っ張り出せた経験があります。
読んだときに理解・実践できない知識も全く無駄になったりしないものだと思っていますので、これからも難しい内容に物怖じせずに読書をしていきたいです。

③こちとら娯楽で読書しているんだ

重ねてになりますが、勉強目的で読書をすることは良いことで、それを否定する気はありません。
読書を崇高なものとするのもよいでしょう。ただ、そのイメージを持って「本を読む量が人生を決める」だとか「本を読まない奴は○○」のような主張を振りかざすことについてはちょっと待てと言いたくなります。

私にとって読書は娯楽です。
それ以上の意味を持たせようとした青い時期もありましたが、最近の枯れかけた青葉にとっては数ある娯楽の一つにしかすぎません。
漫画を読んだりYouTubeを見たりといった可処分時間を処分する先の一つにしか過ぎないのです。

究極的に言えば別に得るものがなくても、目が文字をなぞっているだけでそれなりに楽しいのです。
赤ちゃんが音が鳴るおもちゃを振り回しているのと一緒です。
読んでる本を途中で放り投げても、数か月後にまた読み直し始めたって娯楽だから別にいいんです。
偉そうな本を買って、何も得るものがなかったって本を読んでる時間が楽しければそれでいいのです。

誰かが読書にどんな崇高で傲慢な意味を持たせても何も言いません、その人の勝手です。
ただ、あなたの考えを真理のように振りかざさないでください。私の娯楽に変な意味を押し付けないでください。

最後に

私はやっかいな人間で「本を読んでもアウトプットしなきゃ意味ない」みたいな主張を見かけると、当てはまっていれば普通に傷付きます。
傷付くという言葉でイメージされるほど傷付いてはいませんが、ひげを深剃りしたら血が出た、くらいには傷付きます。
私が勝手に傷付いているだけなので、だれが読むともわからないこのノートでそういったことを吐き出します。
本は楽しいと思って読めばいいと思いますよ。

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