※術後写真有り※顎の手術と歯列矯正、"自信"を取り戻すためにやったこと
実は数年前まで写真に写るのが苦手でした。
学校の集合写真も、友達との記念写真も、いつも口を閉じて、できるだけ口を開くことはなかったし、口を隠すポーズは乱用して、角度はプロ並み。
自分の見た目に自信が持てるようになったのは、実はここ数年のことです。
今日はその話を、ちゃんと書いていきます。
※途中、術後写真あるので苦手な方はご注意下さい※
コンプレックスの始まり
中学校に上がったころから、自分のビジュアルを気にするようになりました。その頃、同じ学校に3年生として通っていた姉がいて、我ながらかわいくて人気者の姉でした。
私はその「妹」として見られることが多くて、比べられているわけじゃなくても、勝手に意識してしまう自分がいて。
歯並びは昔からコンプレックスで、歯列矯正はずっとやりたいと思っていたのですが、当時はそこまで優先順位が高いものでもなかったんです。
中学で不登校になったこともあって、それどころじゃなかったというのもあるんですけど…
実際に動き出したのは、コンビニで働いていた18歳の頃。少しずつお給料に余裕が出てきて、「何かを変えよう」と思えるタイミングが来て、
それで歯列矯正のために歯科に相談に行きました。
まさかの診断「顎変形症」
ここから、想定していなかった展開になるんですけど、歯列矯正の相談のつもりが、私は「顎変形症」だと診断されて。
下顎が後ろに下がっているタイプで、歯並びだけを矯正してもきれいにならない部分があること、保険適用で手術ができること、将来の歯のためにも手術を勧める、と先生からそう説明を受けました。
もちろん、簡単には決められなかったです。
全身麻酔での手術になるし、死亡症例は数少ないと言われても「ゼロ」ではない。術後もつらい時期があると聞いていたから…!
それでも、私は手術をする方を選んだんです。
矯正を始めた時点で、もう手術前提での歯列矯正としてスタートでした。
正直に言うと、全身麻酔そのものへの恐怖はあまりなかったです。
幼少期に何度か経験していて(ほとんど記憶にないけれど・・・)、そこは冷静でいられました。それよりも「新しい自分になれるかもしれない」という楽しみの方が大きかった気がします。
術前矯正だけでもかなりきれいになると聞いているのに、そこからさらに理想に近づけると思うと、なおさらです。
ちょうど引っ越しの予定があったこともあり、約5年勤めていたコンビニを退職しました。療養に1か月ほどかかることと、新しい環境で心機一転したい気持ちも重なっていたためです。
約2年の術前矯正を終え、迎えた手術
入院生活は、想像より過酷だった
私は下顎のみの手術(オトガイ形成術も一緒に)でした。 本当は両顎の予定だったけれど、下顎だけでも十分きれいになりそうということで、下顎のみになりました!
入院期間は2週間。
これがもう、本当に大変でした。
もう一回なんて絶対にやりたくない。
術後は食事が摂れないので、栄養剤(飲み物のみ)で過ごす。
これがまた飲みにくいし、正直おいしくはない。
ただ痛みは思ったより少なくて、痛み止めでどうにかなりました。
(個人差あり)
まあただ、腫れる腫れる。
よかったら腫れ具合、参考にしてみてください。
↓ここから下、術後写真になります↓
生々しいのが苦手な方はご注意下さい。
↓

ゴムバンドで固定しています。
唇も両頬も溢れるぐらい腫れてます笑
唇が痺れて感覚がないので栄養剤溢しまくり
ゴムバンド汚れていて、、汚くてすみません。
痺れは辛いというよりか、感覚がほぼなくて
水分が垂れているという認識は当時はできなかったですね。
この痺れも完全に無くなるまで1〜2ヶ月近くはかかった記憶です。
呑気にピースしておりますが、なにより辛かったのは息苦しさで、ちょうど同じ手術を受けた方が術後に亡くなったというニュースを手術する数日前に見てしまって、「このまま自分も」という不安でメンタルが不安定になった時期がありました。
もともと安定剤を飲んでいたこともあって、余計にそうだったと思います。
物心ついてから、あんなに長く家族と離れたのも初めてでした。
大きく動くこともできず、勉強するかスマホを見るか寝るかしかない毎日。とにかくご飯が食べたくて仕方なかった。栄養剤でお腹は満たされていても、周りの患者さんがご飯を食べているにおいだけが自分のところに漂ってくる、あの感覚は今でも忘れられない。
絶望の瞬間
1週間ほど経ったころ、経過が良いからと重湯が解禁になるという話が出て、水分じゃない何かを飲み込めると思うと本当にウキウキでした。
でも当日の朝の診察で「ちょっとご飯延ばすね」と言われて、泣きそうになっちゃいました。私のウキウキを返してくれ。
さらにその日の食事の時間、看護師さんがご飯を持ってきてくれて「ご飯ありになったのか」と自分の心のフロアが一瞬で盛り上がったのに、別の看護師さんが来て「たそさんごめん、診察の通りご飯延期!」と目の前で回収されたときは、本当に一人で泣いた。それはもう泣いた。
今となっては、いい思い出だけれど。
固形物が少しずつ戻ってくる感動、お風呂に入れるありがたさ(3〜4日に一度しか入れなかった)。
今まで当たり前だと思っていたことが、こんなに幸せなことだったんだと、この2週間で何度も思い知らされた。退院が決まったときは本当に嬉しかったけれど、同時に体力が想像以上に落ちていることも実感した。
退院後も、まだ続く戦い
退院してからも、すぐに元の生活に戻れるわけではないです。
噛みごたえのあるもの、顎に負荷がかかるものは全般禁止。
おかゆか、煮込みうどんか、雑炊。
柔らかいものばかりの食事が、術後の食事制限として約2か月ほど続いた。さすがに飽きるし、口も大きくは開かない。笑ったときにちょっと痛かったのを覚えています。通常の生活に戻るまでは3か月ほどかかったと思う。
周りの反応は、心配の声がほとんどだった。中には「整形だね」と軽くいじられたりもした。
見た目が変わって、感じたこと
矯正は2年前に終わって、今はリテーナーをつけている生活です。
当時の写真を見返すと、自分でも歯並びの悪さや顎の作りに違和感を覚えます。今は、言わなければ気づかれないくらい自然に、歯並びもきれいになりました!
見た目の変化ももちろんあるけれど、それ以上に「歯並びがきれいになった」というだけで、自分に対する自信が全然違った。
今までマスクなしでは外に出られなかったのに、矯正が終わってからはマスクを買うことすらほとんどなくなった(メイクが面倒でつけることはあるけれど)。見た目が変わるだけで、人ってここまで変われるんだと実感した出来事だった。
でも、変わったのは見た目だけじゃなかった
正直に書くと、見た目が変わったからといって、すぐに恋人ができたわけでも、お金が増えたわけでもない。そこは何も変わらなかった。
だけど、今こうして自信を持って隣に立てる人に出会えているのは、あの時ひるまずに行動した自分がいたからだと思う。もしあの時、費用やリスクに怖気づいて何もしなかったら、今の自分はいなかった気がします。
「見た目を変えれば自信が持てる」という単純な話ではなく、「自分が気になっていたことに、自分の意思で向き合って行動した」という経験そのものが、私の自信になったと思います。
行動することの大切さを、この経験から学んだのだと思う。
今、伝えたいこと
もし今、手術を控えていたり迷っていたりする人がいたら、決して無理はしないでほしい。全身麻酔を伴う、命に関わることだから。お医者さんとしっかり話し合って、わからないこと、不安なこと、こうなりたいという理想まで、きちんとすり合わせてから、自分の覚悟で決めてほしい。
経験者として正直に言うと、私は総額で50万円以上を使っています。
それでも後悔は一切ない。
「後悔」の文字すら思い浮かばないくらい、やってよかったと思っています。
ほとんど顎がなかった私にとって、顎がある喜び、歯並びのきれいさ、全力で笑えることの嬉しさは、頑張った自分へのご褒美みたいなものです。
手術だけじゃなく、歯列矯正自体も高額だし、器具が外れたり口内炎ができたり、食べ物が挟まったり、色がついたり、虫歯になりやすくなったり、大変なことを挙げたらきりがない。それでも、経験した人ならきっとわかると思う。頑張ってよかったと。
コンプレックスは、絶対に変えなきゃいけないものじゃない。変える、変えない、どちらを選んでも、自分でちゃんと考えて決めたことなら、それでいいと思っている。
それでもあの時頑張ってよかったと、これからもそう思えるように生きていきたい。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
反響がございましたら、歯列矯正から手術にかかった費用や詳しい時系列など、さらに深掘りしたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
