2023年大河ドラマ『どうする家康』観賞レポ#12「この世に戦はいらぬ」
おかあきです。
歴史にも芸能界にも疎い私ですが
2023年大河ドラマ『どうする家康』の感想と
視聴後に聞こえてくる徳川家康公のメッセージを
投稿しています。
(信じるか信じないかは、お任せします)
これまでの経緯や初めて読まれる方は、マガジン
《 徳川家康公からのメッセージ集 》
をご覧ください。
毎週リアルタイムで視聴後に投稿できれば
最高なのですが、この時間帯は
子どもたちの世話に追われているので、
既にタイムラグが出ていることをご了承ください。
ここからは徳川家康公のことを
【殿】と呼ばせていただきます!
ドラマが今月で終了するため
このレポートも今年で終わらせる予定です、たぶん。。。
今回も、ドラマの感想と殿の言葉をお届けします。
皆さんの心に落とし込んでお読みくださると
殿がお喜びになります^ ^
ここでは、ストーリーをざっくりと載せています。
詳しい内容は『どうする家康』の
Webサイトに公開されている
《これまでのあらすじ》をご覧ください(↓)
大河ドラマの感想
『どうする家康』の以下の回を視聴しました。
第43回 関ヶ原の戦い
第44回 徳川幕府誕生
第45回 二人のプリンス
第46回 大坂の陣
この体質になってから
斬殺シーンや戦のシーンは苦手なので早送り⏩⏩
戦のない時代へ
『関ヶ原の戦い』の回では、関ヶ原の戦いの
火蓋が切り落とされました。
三河時代に仕えていた家臣たちも再び集結、
数で上回るうえに、本陣の頭が出るころには
相手勢は引き下がりだし、徳川勢が勝利します!
石田三成を含めて、相手側の武将たちは処罰され
殿は事実上の天下人となりました。
『徳川幕府誕生』の回では、豊臣秀吉の息子・秀頼に
関ヶ原の戦いの勝利報告をします。
まだ幼い秀頼に代わり、殿は政治を司り
江戸幕府を開き、戦のない時代に入りました。
この頃に三河時代からの殿の家臣であり
『チーム徳川』として欠かせなかった
榊原康政、本多忠勝も天に召されました。
『徳川幕府誕生』を見終わると、殿の声が聞こえてきました。
そなたよ、よろしいか
今日もみてくれてありがたい
そうじゃ、小平太(榊原康政)と平八郎(本多忠勝)
この2人もおらんかったら、わしは負けていた
「お二人とも、殿より先だったんですね。」
そうじゃ 不思議な縁じゃろ?
2人とも、しっかりと任務を果たしてくれた
2人とも性質が全く異なるのに、
わしの元に来れば…、ほら、このとおりなのだ
もっと頼りたかったが…、見事な男たちじゃろう?
わしの何がよくてついてきたのかは、それは今も知らん…
まあ…、2人ともよう働いてくれた
そんな強さを持ったわしは本当に幸せ者だ
はっはっはっはー
さて…、戦はなくなった
しかし、まだ火種は残っていたことは承知のこと
(火種を)どう消して、どう未来に繋いでいくのか
この頃はそればかり悩んでおった
それと、この国のことは、まずは整えることが必要だった
国領地を超えて、人が笑い合い、
どっしりとした生活ができるよう、
若い人たちの知恵を見習い、整えてきたつもりじゃ
もう血を見るのは嫌じゃろ?そなたも
殿の言う「火種」とは、関ヶ原の戦いで敗れ、
命を逃れた大名たちが『打倒・家康』と掲げ
豊臣秀頼の元に集結していたことのようです。
「はい。(演技でも血は)見たくありません。」
どうやって戦をせずに事を進めるのか、
どうやって考えが異なる者、違った人生を歩んできた者たちと
手を組んでいけるようにするのか
わしは少しだけ関わっただけ
あとは皆(若い人たち)が造ってきた
だから、一人で生きるな!と
だから、知恵を合わせなさい!と
そういう事なのじゃ
戦だけは、もうまっぴらじゃ
人を説得して、説き伏せさせるのも、疲れるばかり
しかし、わしの頃は避けて通れぬものばかりだった
できるだけ戦は避けなさい
どんな知恵を使ってでも避けなさい
わしはそれを伝えたい では、また会おうぞ
最後の砦を認識
『二人のプリンス』の回では、豊臣秀頼と、
殿の息子・秀忠の様子が描かれていました。
秀吉が生前の願いだった大仏を秀忠が建て
方広寺の鐘に刻まれた文字が
豊臣家が復活を願うようにも解釈できると騒動になり
殿はいよいよ豊臣勢を討つ戦に踏み切ります。
そなたよ、よろしいかな 家康じゃ
まことに恐ろしい事よ…
やはり、泰平な世とはまだまだ程遠いことを思い知らされた
人の思いは呪いにもなる そう思わんか
「確かに、同じ思いでもかなり違いますね。」
じゃろう 寺は祈る場所
秀吉はそれを願っていたはずだが
それを後世が踏みにじったようにも捉えられてのう
わしをバカにするということより
戦をしたいという理屈しか感じ取れなかった
んー、どうしたら乱世を鎮ませられるのか
この歳になっても、まだまだ答えは出ておらん
しかし、後世に豊臣の家臣らと
ぶつかりあうことだけは避けなくてはならん
わしの問題でもあったから、
わし自身がけりをつける覚悟で戦に臨んだ
ふ~、さてさて…、もう戦はやめーぃ
誠にやってられん
その活力をわしは民に託したい
続きはいつでも観なさい
もう分かっておるだろうからのう
わしは、しばらく休むでのう
また何かあるなら呼びなさい
全ての責任を背負う
『大坂の陣』の回で殿は、大阪城を討つ大戦に
踏み切りました。
実に、14年ぶりの戦ということで
殿もきっと、重い腰を持ち上げたような
久々に鬼になる覚悟だったのでは、と推測しました。
見終わると、殿の声が聞こえてきました。
そなたよ、家康じゃ どうじゃったか?
「殿の人生全てを賭けた、今までにない決断だったと思います。
いくつも『南無阿弥陀佛』を書き連ね、その覚悟の大きさを
ひしひしと感じました。」
それが主というものよ
それを皆に示すためでもあった
この世に戦はいらぬ
悲しみ、怒りばかりを集めたところで何になろう…
わしが創りたい世とは真逆であることは、
そなたも、我が家臣たちも分かっておるのにのう…
今のこの世の者たちにはわかるまい わしの心情なぞ…
人の心には争い、抗い、恨み…、
いくつもの怒りを表す言葉がある それを忘れるな
「怒り」は人にとって大切な感情ですが
コントロールできないとマイナスになるばかりだと
私は捉えています。
そこで、殿に伺ってみました。
「殿は、その怒りをどのように沈めてこられたのですか?」
それは大事なことじゃのう
わしにだって、はらわたが煮えくりかえることなんぞ、
数え切れんわい
しかしな、わしはそのたびに一人になり、書を書いていた
「書、ですか?」
そうじゃ わしには書くことが合っていたようなんじゃ
人によっては刀を振り回したり、大声で叫んだり、
酒に頼ることもあるようなんじゃが、
わしは一人になり、何でもよい、書を書いた
近くにある書物を手に取り、同じ文をひたすら書く
するとな、心が書く方に傾いて、
いつのまにか落ち着くんじゃ 真似するが良い
「考えてもみなかった方法でした。私もやってみようかな。」
最初はな、文字なんぞ雑なのだが、
それでも続けて書いていると、
いつのまにか心が落ち着いてきた
まあ、わしの戯言だと思うて、やってみるがよい
ほっほっほっ では
殿は毛筆の時代でしょうから、
きっと私なら墨を硯でボキボキ折ったり、
筆に墨をつけすぎて、ボタボタたれそうなのは
容易に想像できます。
確かに、心を落ち着けないと文字が書けないですね。
殿が長生きした理由
『二人のプリンス』を視聴した日の夜、
家事をしながら考えていました。
この戦国時代の寿命は、50年も満たなかっただろうに
どうして殿は長生きできたのだろう、かと。
もちろん、食料事情や生活環境が
庶民と比べたら恵まれていたのかもしれないし、
ドラマでも度々、薬を調合するシーンがありましたので
殿が体調に合わせて、薬を調合して服用していたのでしょう。
ということは、薬に関する知識もお持ちなのだろうけど、
それだけではないはず。
恐れ多くも殿に伺ってみました。
わしが長生きした理由? それは神に聞いておくれ
わしにも分からんのだから
しかし、生かされていた気はしていた
まだ死んではならぬ! そなたにしかできん!
やり抜きなされ!ということだろうか…
目に見えぬ者たちが恐らく、わしのことを心配して、
ずーっと守ってくれていたのかもしれんな
わしは弱いからのう…
まあ、周りから面白きこと、
見たことのない物に触れる機会があれば、
それはさっそく手に取ってみた
そういう「未知な物」には興味はそそられていた
ただし、人の心をたぶらかすような、
わしらの考え方が違う心には用心しておった
それがいつか戦に繋がらないよう
物ではなく、人の心には気をつけていたなぁ
殿は、人との衝突には
かなり敏感にされていたように思います。
すれ違う思いでも、お互いに話し合えば
落としどころがみえる、と考えていたのでしょう。
周りに気を配ることで、安定した環境を維持させることに
気を付けていたように感じました。
★次回に続く
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お読みくださり、ありがとうございます。