「人類みな兄弟」というより「人類みなひとり」 【神様からのことづけ】
こんにちは。Akiです。
朝、神棚に手を合わせたあと、 ふと心の奥に言葉が届くことがあります。
誰もいない静かなリビングで、穏やかに始まりました。
『人類みな兄弟』
という言葉を聞いたことはあるか?
その言葉を当てはめていうならば
『人類みなひとり』
と訳すのが合っていると思わんか?
兄弟にしかり、親子にしかり、
みな一人ひとりだ
ひとつの目的に集まる仲間も
血がつながる家族さえも
みな一人ひとりだ
そもそも、兄弟は一番近い他人
とも言われているくらいだ
一人ひとりの存在は大きい
隣の人に影響を及ぼすくらい大きいのだが
果たしてそれをみな分かっているのだろうか
人が生み出してゆく物に翻弄される前に
人に翻弄されぬよう
気をつけなされ では
初めは少し不思議な響きに感じましたが、この声のトーンは、この国を創った神様・伊弉諾尊(イザナギ様)だと感じ取りました。
この言葉を見つめているうちに、ひとつの気づきがありました。
「人類みな兄弟」ではなく、「人類みなひとり」ということ。
私たちは家族や友人、仲間など、多くの人とのつながりの中で生きています。
けれど、どんなに近い関係であっても、その人はその人で、自分は自分です。
同じ家族だから同じ考えとは限らないし、同じ志を持つ仲間だから同じ道を進むとも限りません。
一人ひとりが、それぞれの学びを持ち、それぞれの人生を歩んでいます。
それゆえに、人とのご縁を大切にしながらも、必要以上に誰かの考えに飲み込まれたり、誰かに依存したりするのではなく、自分のなかから沸き起こった「ふとした思い」にも耳を傾けて、受け止めることが大切なのかもしれません。
それと、一人ひとりが独立した存在ということは、それだけ大きな影響力を持っているということでもあります。
自分が発した言葉や思いは、知らず知らずのうちに周りへ広がっていきます。
そして、自分もまた、周りの言葉や思いに触れ、影響を受けながら生きています。
イザナギ様の言葉は「人を信じてはいけない」とか、「人との縁を断ちなさい」という意味ではありません。
どんなに大切な人との関係の中でも、自分の中心は自分である、ということ。
「自分という存在を見失わないように」という、温かいメッセージのように感じました。
あなたは、この言葉からどのようなことを感じられますか?
お読みくださり、ありがとうございました。
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