大ごとになる前に、わいは動く 《西郷隆盛さん》
こんにちは。おかあきです。
今回は高次元と西郷隆盛さんからのメッセージをお届けします。
(信じるか信じないかは、皆さんにお任せします)
2022年10月7日に、西郷隆盛さんより
メッセージを受け取り、お伝えしました。
そこから8ヶ月経った2023年6月24日、
再び、西郷さんに声をかけられました。
西郷隆盛じゃ 久しぶりじゃのう
「はい!」
元気にしとうたか?
「まあまあです(笑)」
ははははー、そうか
その後のわいの言葉の反響はどうじゃ?
「なかなか…、ですね。」
ん、そうか わいの言葉に
付け加えてもらいたいことがあるんじゃが
神には無論、伝えておる
(西郷さんは地べたに、胡坐をかきました
私も向かい正面に座りました)
付け加えたいというのはのう
わいはずーっと鹿児島人じゃ
この地に生まれ、この地で育ち
まさにこの地の者である
「はい。」
この国は皆、生まれ持った土地があり
育ってきた土地もある
わいのようにずーっと同じ地にいる人もいれば
あちこち移る人もおるじゃろう
どちらがよいとか、別にそういうことは言わん
人は多かれ少なかれ、その地で暮らせば、
良いところ、嫌なところがみえてくるだろう
「はい。」
もし、嫌なところがみえてきたとする
おまんさんなら、どうする?
「えーっと。まずは近所の方や、仮住まいなら、その家の管理人に話してみます。」
ん、そうじゃろ
近所や周りに住む者たちに話をする
駆け寄るということ
しかし、近頃はそれを怠る者がいると聞く
「近所付き合いをしない、ということですか?」
まさにその通り
その家に匿うようにひっそりとしているそうじゃ
わいにはその感覚が分からん なぜじゃ?
「んー、1人で暮らしている人もいます。もしかしたら、何かに巻き込まれるのを恐れているのかもしれません。防犯ですかね…。」
今の世は、そんなに物騒なのか?
「はい…。私も結構用心しています。」
そうか そこまで変わってしもうたか…
ならば、なおさら、息苦しいのう
同じ郷土に住みながら
会話をしないというのは心労もかさむだろう
あい、わかりもうした
(西郷さん、急に立ち上がりました)
わいがなんとかせねば
よいか、おまんさんは
わいのこの話を付け足しておくれ
そしたら、わいも一肌脱ごう よし
「あ、はい…、分かりました。」
では
(西郷さんは手を挙げて振り向き
奥の方へ歩いていきました)
「どちらに行かれるんですか?」
(西郷さんは立ち止まり、こちらを向き)
神様に「わいも動く」と許可をとってくる
おまんさんよ、任せた
「あ、はい、分かりました…。」
西郷さんは奥の方へ歩いて行かれました。
何か思いついた様子でしたが、何でしょう…。
西郷さんのお話を頭の中でまとめていると
違う方の声がしてきました。
ほっほっほ わしじゃ
「そのお声は応神天皇様ですね。
西郷さんの言葉を伺い、私は初め、
『周りの人たちと寄り添っていきなさい』
という意味で受け取っていたのですが、
その意味だけではなさそうですね?
以前の言葉と絡めていますよね?」
ようやく気付いたか あの者の想いじゃ
その先に待っていることを
身を挺して守ろうとしている
その思い、その言葉を無駄にするな
それだけではない あの者だけではないのだ
(霊界にいる)皆、同じ思いであることを
伝えなさい
これで気づかん奴はどうしようもない
皆さんは、お気づきですか?
では、ヒントです。
これをお読みになっている方には
あまり心配していませんが、世の中には
「情報入手も情報のアップデートもテレビのみ」
「ネットやSNSの情報が全て」
という方もまだ多いのでは、と思っています。
知りたい情報の内容にもよりますが
時間に制約があるニュース番組、
ページ数に限りがある新聞では
全ての事件や事故を
あらゆる方向から事細かに取り上げるなんて
いちいち出来ませんから
大まかな道筋を報道しているのでしょうし
SNSは「デマ」「陰謀論」と言われやすいですね。
この国に起こっている出来事をニュースを
鵜呑みにせず、一旦精査する必要がある
と思うんです。
西郷さんの前回のメッセージのタイトル
「罷り通ってはならぬものが
罷り通ってしまっている」
それに気づいた人たちは
SNSでどんどん発信されています。
しかし、その人たちを「小賢しい」と思い
排除しようと企む輩がうごめいているので
西郷さんは、その輩から守ろうと
立ち上がったようです。
もう少しヒントがほしい方は
西郷さんのメッセージをご覧いただけると
お分かりになるでしょう。
西郷隆盛さんの想いが届きますように…。
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お読みくださり、ありがとうございます。