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残された作品は、今も生きている

こんにちは。Akiです。

正直にいうと、私はドラマや映画観賞、テレビの視聴が得意ではありません。

今まで声を届けてきた故人が生前、出演されていた番組をチェックして録画しています。

観賞したい気持ちは、めちゃくちゃあります。

でも、視聴が追いつかずに録画は増え続けて、残量がゼロになってしまったくらいに溜まってしまいます。

何時間も座って映像をみるのは、私にとってハードルが少し高いのです。

そのため、特に芸能界で活躍してこられた故人の声を発信するたび、心の片隅に迷いがありました。

その方が生前に発表した作品をよく知らないまま、その方のメッセージを伝えるのは、なにか違う気がしていたのです。

図々しいというか、失礼というか…、そういう感覚に近いものです。

それで、録画を少しずつ見始めました。

最初は「ちゃんと見よう」という義務感みたいな気持ちでしたが、見終わるたびに不思議なことが起こりました。

作品に携わった当時の想いが声として伝わってくるのです。

『チャネリング』と呼ばれる体験です。

もちろん、気のせいかもしれないと思いました。

でも、作品に触れるたびに、一つひとつの声がリンクして、鮮明に響いてきました。

この経験をとおして、気づいたことが2つあります。

ひとつは、人は天国へ旅立つとき、持っていけるものは限られている、ということ。

お金も、お気に入りだった服も、集めたコレクションも、社会的な肩書きも持っていくことはできない。

でも、思いをギュッと詰め込んで作品を生み出した経験、心の奥深くに潜む魂にまで刻まれるくらいに感じたこと、その記憶は持っていける。

その感覚が伝わってきました。

もうひとつは、表現者たちの思いやりの深さでした。

お芝居をしたり、歌ったり、絵を描いたり、ひょうきんな動きをしたり、音を奏でたり…、いろいろな手法で表現した作品は、ただの仕事ではなかった、ということ。

誰かの心を支えたい。
目の前の人を笑顔に変えたい。
苦しんでいる人に希望を届けたい。

その思いが、作品の奥からガツンと伝わってきました。

「サービス精神」とか「商売」という枠を破壊するほどの、圧倒的なエネルギーです。

最初はその方が携わった作品を知りたくて観賞していました。

でも実際に見えてきたのは、才能以上に人を思う気持ちの大きさでした。

もしかしたら、この表現者たちは生まれる前から、人の心を動かす役割を引き受けてきたのかもしれない。

人を思いやる優しさも、豊かな表現力も、魂レベルで託された使命の一部だったのかもしれない。

もちろん、その証明はできませんが、作品に触れてきた私には、そのように感じています。

これからも、その方が残した作品に触れながら、受け取ったメッセージや気づきを丁寧にお伝えしていこうと思います。

作品は過去のものではなく、その方が今も天国から送り続けているギフトかもしれませんから。

お読みくださり、ありがとうございました。









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Aki  / 姿のない声を言葉に整える人 お読みくださり、ありがとうございます。