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イギリス・アイルランドのリーディングサイアー史


Highflyer、St. Simon、HyperionからSadler’s Wells、Galileo、Frankel、Night Of Thunderまで――サラブレッドそのものを作ってきた1751年から2025年までの血統史

一頭の競走馬が、ニューマーケット競馬場、アスコット競馬場、エプソムダウンズ競馬場、ヨーク競馬場、カラ競馬場、レパーズタウン競馬場で、ゴールを先頭で駆け抜ける。

名前を呼ばれるのは、その馬です。

騎手。

調教師。

馬主。

生産者。

厩舎スタッフ。

しかし、その勝利のさらに後ろには、もう一頭の馬がいます。

父です。

同じ父を持つ産駒が、一年間にイギリスとアイルランドの競走で獲得した賞金を合計する。

その総額が最も大きかった種牡馬が、イギリス・アイルランドのリーディングサイアーになります。

1751年のBlaze(ブレイズ)。

Godolphin Arabian(ゴドルフィンアラビアン)の直仔として首位を争ったCade(ケード)とRegulus(レグルス)。

1777年から1784年まで8年連続で首位となったHerod(ヘロド)。

12年連続を含む合計13回の首位となったHighflyer(ハイフライヤー)。

Highflyerの血を継ぎ、合計10回首位となったSir Peter Teazle(サーピーターティーズル)。

1832年から1837年まで6年連続で首位となったSultan(サルタン)。

19世紀中盤の父系形成を支えたTouchstone(タッチストン)。

1860年代に7回首位となり、「種牡馬の皇帝」と呼ばれたStockwell(ストックウェル)。

1880年から1886年まで7年連続で首位となったHermit(ハーミット)。

競走馬として無敗、種牡馬として9回首位となったSt. Simon(セントサイモン)。

現代の主流父系へつながるPhalaris(ファラリス)。

戦前・戦後に合計6回首位となったHyperion(ハイペリオン)。

世界の血統を変えたNearco(ネアルコ)、Nasrullah(ナスルーラ)、Northern Dancer(ノーザンダンサー)。

1990年と1992年から2004年まで、合計14回首位となったSadler’s Wells(サドラーズウェルズ)。

2008年と2010年から2020年まで、合計12回首位となったGalileo(ガリレオ)。

2021年と2023年のFrankel(フランケル)。

2022年のDubawi(ドバウィ)。

2024年のDark Angel(ダークエンジェル)。

そして2025年のNight Of Thunder(ナイトオブサンダー)。

この一覧は、単なる名種牡馬のランキングではありません。

サラブレッドという品種が形作られた時代。

クラシック競走が整備された時代。

競走成績と血統が記録されるようになった時代。

英国の競走市場とアイルランドの種牡馬事業が結びついた時代。

世界各国の繁殖牝馬が英愛の種牡馬へ集まるようになった時代。

競走馬の能力だけでなく、種付料、種牡馬株、繁殖牝馬価値、セリ価格までが国際市場で決まるようになった時代。

そのすべてが含まれています。

ただし、最初に重要な点を明確にする必要があります。

この記事で扱う歴代タイトルは、イギリス単独のランキングではありません。

一般に用いられている歴史記録は、

Great Britain and Ireland

つまり、グレートブリテンとアイルランドを一つの競馬・馬産圏として扱う合同ランキングです。

本記事のタイトルでは、日本語で分かりやすく「イギリス・アイルランド」と表記しますが、原資料における英国側の範囲はGreat Britainです。

現在の英国とアイルランドは別の国家です。

競馬の統括団体も別です。

しかし、競走馬、種牡馬、繁殖牝馬、セリ市場、血統登録、牧場経営は、長くアイリッシュ海を越えて一体的に発展してきました。

英国には、

Newmarket Racecourses。

Ascot Racecourse。

Epsom Downs Racecourse。

York Racecourse。

Doncaster Racecourse。

Goodwood Racecourse。

Sandown Park Racecourse。

といった世界的な競馬場があります。

アイルランドには、

The Curragh。

Leopardstown Racecourse。

Coolmore Stud。

Kildangan Stud。

Irish National Stud。

Tally-Ho Stud。

Yeomanstown Stud。

Ballylinch Stud。

といった競走・馬産拠点があります。

英国の巨大競走と市場。

アイルランドの大規模な種牡馬供用事業。

両者が結びつくことで、世界最大級の血統市場が形成されました。

この記事では、1751年から2025年までのリーディングサイアーをたどりながら、サラブレッドの成立、英国競馬制度、アイルランド馬産、国際種牡馬市場の歴史を整理します。


この記事の対象と情報の扱い

基準時点:2026年7月31日

対象:Great Britain and Irelandにおけるサラブレッド平地競馬の総合リーディングサイアー

収録期間:1751年から2025年

主な対象範囲:

・1751年以降の歴代リーディングサイアー

・サラブレッド成立期の主要父系

・The Jockey ClubとWeatherbys

・Racing CalendarとGeneral Stud Book

・英国とアイルランドが合同馬産圏となった背景

・主要種牡馬と後継父系

・主要牧場と種牡馬事業

・競走賞金、種付料、セリ市場の関係

・リーディングサイアーランキングの限界

・種牡馬への繁殖牝馬集中と血統多様性

1751年以降の歴代一覧は、Thoroughbred Heritageの「Leading Sires of Great Britain and Ireland」を主要な基礎資料としています。

同資料には、各年の首位種牡馬だけでなく、

生年。

父母。

牝系番号。

出走産駒数。

勝利数。

産駒賞金。

供用地。

代表産駒。

などが掲載されています。

近年については、Stallion Guide、Weatherbys、牧場公式情報、競馬・馬産専門媒体なども参照しています。

ただし、1751年からの歴史表は、各時代の競走・賞金記録を基に編纂された長期統計です。

18世紀の集計条件と、現代の正式な賞金ランキングが完全に同一だったわけではありません。

そのため本記事では、異なる時代の賞金額を直接比較せず、首位種牡馬、父系、供用地、代表産駒、馬産構造の変化を中心に読み解きます。


なぜ「イギリス単独」ではなく「イギリス・アイルランド」なのか

この合同体系は、近年になって便宜的に作られたものではありません。

1770年、James Weatherby(ジェームズ・ウェザビー)はThe Jockey Clubの事務局長とMatch Bookの管理者に任命されました。

1773年には、最初のRacing Calendarが刊行されます。

Weatherbysによると、このRacing Calendarは、当初からBritain and Irelandで行われた競走結果を記録していました。

1791年には、最初のGeneral Stud Bookが刊行されました。

1973年にはWeatherbysのアイルランド事務所が開設され、Irish General Stud Bookの管理を担うようになります。

現在もWeatherbysは、英国とアイルランドのサラブレッド登録、General Stud Book、競馬行政の基盤を支えています。

英国とアイルランドの馬産は、

競走馬の遠征。

繁殖牝馬の移動。

種牡馬供用。

セリ市場。

血統登録。

競走成績の記録。

において、長く相互依存してきました。

したがって、1751年から続く一覧を英国だけの歴史として扱うと、アイルランドで供用されたGallinule、Sadler’s Wells、Galileo、Night Of Thunderなどの役割を正しく説明できません。


英国単独のランキングを作ることはできるのか

現代の競走結果データから、英国国内で行われた競走だけを抽出し、父別賞金を再計算することは技術的には可能です。

しかし、それは既存の歴史的タイトルではありません。

英国開催競走だけを独自に再集計した参考ランキングになります。

18世紀から同一条件でさかのぼることも困難です。

賞金制度。

競走記録。

アイルランド競走の扱い。

競走馬の所属。

供用国。

これらの条件が時代によって異なるからです。

したがって本記事では、歴史的に連続しているGreat Britain and Irelandの合同タイトルを採用します。

そのうえで、

英国で供用された種牡馬。

アイルランドで供用された種牡馬。

国外で供用された種牡馬。

を本文内で区別します。


先に結論

イギリス・アイルランドのリーディングサイアー史は、大きく九つの時代に分けられます。

第一は、Godolphin Arabian系、Darley Arabian系、Byerley Turk系の後継馬が競い、サラブレッドという品種そのものが形成された1751年から1770年代までです。

第二は、Herod、Highflyer、Sir Peter TeazleによってHerod系が長期支配した時代です。

第三は、Waxy、Whalebone、Sultan、Touchstoneなどを通じてEclipse系が優勢となり、クラシック競走を軸に近代的な父系が形成された時代です。

第四は、Stockwell、Hermit、Galopin、St. Simonによって19世紀後半の世界的血統が形作られた時代です。

第五は、Polymelus、Phalaris、Pharos、Nearcoへ続く現代主流父系が形成された時代です。

第六は、Hyperion、Nearco、Nasrullah、Ribot、Northern Dancerによって血統市場が北米・欧州を横断するようになった時代です。

第七は、Sadler’s Wellsが14回首位となり、アイルランドのCoolmore Studが合同ランキングを長期間支配した時代です。

第八は、DanehillとGalileoがCoolmore王朝を継承し、Galileoが11年連続を含む合計12回首位となった時代です。

第九は、Frankel、Dubawi、Dark Angel、Night Of Thunderが競い、Juddmonte、Darley、Yeomanstown、Kildanganなど複数の巨大種牡馬事業が首位を争う現在です。

この歴史の中心にあるのは、

英国とアイルランドが、完成したサラブレッドを評価してきたこと

だけではありません。

英国とアイルランドの競走、血統登録、牧場、セリ市場が、サラブレッドという品種そのものを作り、世界へ拡大してきたこと

です。


リーディングサイアーは何を数えるのか

現代のイギリス・アイルランドのリーディングサイアーは、一般に産駒が対象地域の平地競走で獲得した年間賞金によって決まります。

種牡馬自身が英国やアイルランドにいる必要はありません。

すでに死亡している種牡馬。

北米で供用される種牡馬。

フランスで供用される種牡馬。

競走馬を引退して間もない種牡馬。

産駒が英愛の対象競走で賞金を獲得すれば、ランキングの対象になります。

総賞金以外にも、種牡馬を評価する指標があります。

出走産駒数。

勝ち馬数。

勝利数。

勝ち馬率。

産駒一頭当たりの賞金。

ブラックタイプ勝馬数。

グループ勝馬数。

G1勝馬数。

2歳勝馬数。

平均勝利距離。

母父としての成績。

同じ首位種牡馬でも、成功の形は異なります。

Highflyerのように、多数の産駒によって長期間支配する父。

Sadler’s WellsやGalileoのように、クラシック・中長距離路線を支配する父。

Dark Angelのように、短距離・早熟型産駒を多数送り出す父。

Night Of Thunderのように、マイルから中距離まで複数のG1馬を出す父。

総賞金首位だけで、種牡馬の全能力を説明することはできません。


1751年――Blazeから始まる

記録上、最初のリーディングサイアーは1751年のBlazeです。

BlazeはFlying Childers(フライングチルダーズ)産駒。

Flying ChildersはDarley Arabian(ダーレーアラビアン)の父系に属します。

続く1752年と1753年はCade。

1754年から1757年はRegulus。

1758年から1760年は再びCade。

1761年はRegulus。

CadeとRegulusは、ともにGodolphin Arabianの直仔です。

1750年代のリーディングサイアー史は、後にサラブレッドの基礎父系と呼ばれる血統の後継馬が、競馬場で競いながら選抜されていた時代です。

この時点では、現代のような国際種牡馬市場はありません。

しかし、

競走能力の高い牡馬を種牡馬へ戻す。

優秀な繁殖牝馬と配合する。

産駒の競走成績を記録する。

成功した父の血を拡大する。

という基本構造は、すでに存在していました。


CadeとRegulus――Godolphin Arabianの直系

Cadeは、

1752年。

1753年。

1758年。

1759年。

1760年。

の合計5回首位となりました。

Regulusは、

1754年。

1755年。

1756年。

1757年。

1761年。

1763年。

1765年。

1766年。

の合計8回首位です。

両馬はGodolphin Arabianの直仔です。

一頭の基礎種牡馬から複数の有力後継馬が生まれ、それぞれがリーディングサイアーとなる。

サラブレッドの父系が、一頭から枝分かれしていく過程を確認できます。


Snap、Matchem、Marske

1767年から1769年はSnap(スナップ)。

1770年はBlank(ブランク)。

1771年は再びSnap。

1772年から1774年はMatchem(マッチェム)。

1775年と1776年はMarske(マースク)。

Matchemは、Godolphin Arabian系を後世へ残した代表的種牡馬です。

MarskeはEclipse(エクリプス)の父です。

この時代には、後に三大始祖の系統として整理される父系が、まだ複数の有力枝を持って競争していました。

現在のサラブレッドの父系は、ほぼDarley ArabianからEclipseを経る系統へ集中しています。

しかし18世紀には、その結末はまだ決まっていませんでした。


Herod――8年連続首位

Herodは、

1777年。

1778年。

1779年。

1780年。

1781年。

1782年。

1783年。

1784年。

の8年連続で首位となりました。

Byerley Turk(バイアリーターク)の父系に属します。

Herodは、自身の首位回数だけでなく、息子Highflyerを通じてさらに大きな王朝を形成しました。


Highflyer――合計13回の歴史的支配

Highflyerは、

1785年から1796年までの12年連続。

さらに1798年。

合計13回首位となりました。

Sadler’s Wellsの14回に次ぐ、歴代最高水準の記録です。

父Herod。

母Rachel(レイチェル)。

Highflyerは競走馬として無敗。

種牡馬としても圧倒的な成功を収めました。

HerodからHighflyerへ。

父が8年連続で首位となり、その息子が12年連続で首位となる。

1777年から1796年までの20年間は、Herod父子によって完全に支配されました。


Sir Peter Teazle――Highflyer王朝の継承

Sir Peter Teazleは、

1799年。

1800年。

1801年。

1802年。

1804年。

1805年。

1806年。

1807年。

1808年。

1809年。

の合計10回首位となりました。

父Highflyer。

Highflyer自身の長期支配が終わった後、その息子がさらに首位を重ねました。

Herod

Highflyer

Sir Peter Teazle

この三代によって、18世紀後半から19世紀初頭の英愛馬産は長期間支配されました。

一頭の種牡馬の価値は、現役産駒の賞金だけではありません。

後継種牡馬を残せるか。

娘が繁殖牝馬として次世代を支えられるか。

父系を何世代維持できるか。

そのすべてを含みます。


Eclipse系の台頭

1810年はWaxy(ワクシー)。

1811年から1813年はSorcerer(ソーサラー)。

1814年はSelim(セリム)。

1815年はRubens(ルーベンス)。

1816年はWalton(ウォルトン)。

1817年はOrville(オーヴィル)。

19世紀に入ると、Eclipse系の存在感が強まります。

EclipseはMarske産駒。

無敗の競走馬として知られ、その父系は後に世界のサラブレッド父系の大部分を占めるようになります。

Herod系が18世紀後半を支配した一方、19世紀にはEclipse系が徐々に主流となりました。


Whalebone、Blacklock、Emilius

1826年と1827年はWhalebone(ホエールボーン)。

1828年はFilho da Puta(フィリョダプータ)。

1829年はBlacklock(ブラックロック)。

1830年と1831年はEmilius(エミリウス)。

WhaleboneはWaxy産駒です。

父系は後にStockwellなどへつながり、世界の主流父系形成へ関わります。

BlacklockはHerod系の重要な種牡馬でした。

この時代には、Eclipse系が優勢になりながらも、Herod系の有力枝も残っていました。


Sultan――6年連続首位

Sultanは、

1832年。

1833年。

1834年。

1835年。

1836年。

1837年。

の6年連続で首位となりました。

代表産駒にはBay Middleton(ベイミドルトン)やGlencoe(グレンコー)などがいます。

Sultanの成功は、英国クラシックで能力を証明した馬を種牡馬へ戻し、次世代のクラシック馬を作る循環が定着したことを示します。


Touchstone――19世紀中盤の中心

Touchstoneは、

1842年。

1843年。

1848年。

1855年。

の4回首位となりました。

父Camel(キャメル)。

代表産駒にはNewminster(ニューミンスター)、Orlando(オーランド)などがいます。

TouchstoneからNewminster。

NewminsterからHermit。

この流れは19世紀後半の種牡馬王朝へつながります。


General Stud Bookが血統を資産へ変えた

競走馬の血統は、記録されなければ経済資産として扱えません。

本当にどの父の産駒なのか。

どの繁殖牝馬から生まれたのか。

生産者は誰なのか。

どこで生まれたのか。

競走成績は何か。

1791年に刊行されたGeneral Stud Bookは、サラブレッドの血統を体系的に記録しました。

Weatherbysは現在もGeneral Stud Bookを管理し、英国とアイルランドのサラブレッド登録を担っています。

血統登録によって、

種牡馬の種付料。

繁殖牝馬の価値。

仔馬の販売価格。

競走馬の所有権。

血統証明。

が成立します。

リーディングサイアー史は、競馬場だけでなく、記録制度の歴史でもあります。


Stockwell――「種牡馬の皇帝」

Stockwellは、

1860年。

1861年。

1862年。

1864年。

1865年。

1866年。

1867年。

の合計7回首位となりました。

父The Baron(ザバロン)。

母Pocahontas(ポカホンタス)。

Stockwellは19世紀後半の世界馬産へ極めて大きな影響を与え、「Emperor of Stallions」と呼ばれました。

多数のクラシック馬を送り出し、その父系は世界各地へ広がりました。

英国で形成された父系が、

フランス。

ドイツ。

アメリカ。

オーストラリア。

南米。

日本。

へ輸出される時代が始まります。


Hermit――7年連続首位

Hermitは、

1880年。

1881年。

1882年。

1883年。

1884年。

1885年。

1886年。

の7年連続で首位となりました。

父Newminster。

母Seclusion(セクルージョン)。

競走馬として英ダービーを勝ち、種牡馬としても長期支配を築きました。

Hermitの時代は、鉄道、新聞、競馬報道、セリ市場の発展によって、競走馬産業が拡大した時代でもあります。

名種牡馬の産駒は、競馬場だけでなく販売市場でも高く評価されました。


GalopinからSt. Simonへ

Galopinは、

1888年。

1889年。

1898年。

の3回首位となりました。

代表産駒がSt. Simonです。

St. Simonは競走馬として無敗。

種牡馬として、

1890年。

1891年。

1892年。

1893年。

1894年。

1895年。

1896年。

1900年。

1901年。

の合計9回首位となりました。

GalopinからSt. Simonへ。

父の成功を息子がさらに拡大しました。

St. Simonの血は、英国だけでなく、フランス、ドイツ、ロシア、アメリカ、南米、日本を含む世界の馬産へ広がりました。


PersimmonとSt. Frusquin

St. Simon産駒Persimmonは、

1902年。

1906年。

1908年。

1912年。

の4回首位。

St. Frusquin(セントフラスキン)は、

1903年。

1907年。

の2回首位です。

St. Simon自身の支配が終わった後も、その息子たちがランキング首位を獲得しました。

St. Simon王朝は、父の首位回数だけでは測れません。


Gallinule――アイルランド供用馬の象徴

1904年と1905年の首位はGallinule(ガリニュール)です。

GallinuleはアイルランドのBrownstownで供用されました。

代表産駒はPretty Polly(プリティポリー)。

Pretty Pollyは英国・アイルランドのクラシックを制した歴史的名牝です。

Thoroughbred Heritageの記録にも、Gallinuleの供用地はBrownstown, Irelandと掲載されています。

英国の競走賞金と名誉を、アイルランド供用種牡馬の産駒が獲得する。

20世紀初頭には、すでに現代につながる合同市場の構造が存在していました。


PolymelusとPhalaris

Polymelus(ポリメラス)は、

1914年。

1915年。

1916年。

1920年。

1921年。

の合計5回首位となりました。

その代表産駒がPhalarisです。

Phalarisは1925年と1928年の首位。

競走馬としては短距離を中心に活躍しました。

しかし、種牡馬としての最大の価値は、現代の主流父系につながる複数の後継枝を残したことです。

Phalaris

Pharos

Nearco
├─Nasrullah
└─Nearctic
  ↓
Northern Dancer
  ↓
Sadler’s Wells
  ↓
Galileo

一方、Phalarisの別の息子Sickleからは、

Sickle

Unbreakable

Polynesian

Native Dancer

という別系統が伸びました。

Phalarisからは、Pharosを経てNearco、Nasrullah、Nearctic、Northern Dancerへ向かう系統と、Sickleを経てNative Dancerへ向かう系統など、現代の主要父系が複数に枝分かれしました。

現在の主要種牡馬の多くは、父系をさかのぼるとPhalarisへつながります。


Pharos、Fairway、Nearco

1931年はPharos(ファロス)。

1936年、1939年、1943年、1944年はFairway(フェアウェイ)。

PharosとFairwayは全兄弟です。

父Phalaris。

母Scapa Flow(スカパフロー)。

Pharosの代表産駒がNearcoです。

Nearcoは1947年と1949年の首位となりました。

イタリアで生産され、競走馬として無敗。

その後、英国のBeech House Studで供用されました。

Nearcoの血は、

Nasrullah。

Nearctic。

Northern Dancer。

Royal Charger。

などを通じて、世界の主流父系へ拡大しました。


Hyperion――戦前と戦後をつないだ名種牡馬

Hyperionは、

1940年。

1941年。

1942年。

1945年。

1946年。

1954年。

の合計6回首位となりました。

父Gainsborough(ゲインズバラ)。

母Selene(セレーネ)。

競走馬として英ダービーとセントレジャーを勝ちました。

種牡馬としては英国だけでなく、世界各地へ強い影響を残しました。

Hyperionの特徴は、戦前に首位となり、第二次世界大戦を挟んで戦後にも首位へ戻ったことです。

一頭の種牡馬の産駒が複数世代にわたり活躍し、戦争による競馬の混乱を越えて血統を残しました。


Nasrullah――英国から北米へ

1951年の首位はNasrullahです。

父Nearco。

母Mumtaz Begum(ムムタズベグム)。

英国で種牡馬入りした後、アメリカへ移りました。

Nasrullahは北米で大成功し、その父系はBold Ruler(ボールドルーラー)、Never Say Die(ネヴァーセイダイ)などを通じて拡大しました。

英国で形成された種牡馬価値が、北米市場へ移る。

20世紀中盤には、世界の種牡馬市場が大西洋を越えて結びつきました。


Ribotと国外供用種牡馬

Ribotは、

1963年。

1967年。

1968年。

の3回首位となりました。

イタリア産。

競走馬として無敗。

種牡馬としてイタリア、英国、アメリカで供用されました。

Ribot自身が英愛へ常にいたわけではありません。

それでも産駒が英愛の大競走で賞金を獲得したため、合同ランキング首位となりました。

リーディングサイアーは、種牡馬の所在地を決めるランキングではありません。

対象競走で、どの父の産駒が最も賞金を獲得したかを示すランキングです。


Northern Dancer――北米から欧州を変えた

Northern Dancerは、

1970年。

1977年。

1983年。

1984年。

の合計4回首位となりました。

カナダ産。

種牡馬として北米で供用されました。

それでも、Nijinsky(ニジンスキー)、The Minstrel(ザミンストレル)、Sadler’s Wellsなどの産駒・後継馬を通じて、欧州競馬を支配しました。

Northern Dancerの成功は、競走馬と繁殖牝馬が大西洋を越えて移動する国際馬産の完成を示します。


1990年――Sadler’s Wellsの時代が始まる

1990年の首位はSadler’s Wellsです。

1991年はCaerleon(カーリアン)へ首位を譲ります。

しかし1992年から2004年まで、Sadler’s Wellsは13年連続で首位となりました。

1990年を含めて合計14回。

1751年以降の一覧で最多です。

Sadler’s Wellsはアメリカ産。

父Northern Dancer。

母Fairy Bridge(フェアリーブリッジ)。

競走馬としてアイルランドで調教され、引退後はアイルランドのCoolmore Studで供用されました。

英国にはいません。

それでも、その産駒が英国とアイルランドのクラシック、G1、主要競走を支配し、合同ランキングを長期間独占しました。


Sadler’s Wellsが変えたもの

Sadler’s Wellsの代表産駒には、

Old Vic(オールドヴィック)。

In The Wings。

Barathea(バラシア)。

Carnegie(カーネギー)。

Montjeu。

Galileo。

High Chaparral(ハイシャパラル)。

などがいます。

競走馬の父として成功しただけではありません。

後継種牡馬を多数残した。

娘が優秀な繁殖牝馬となった。

クラシック・中長距離血統の基準を作った。

Coolmoreの種牡馬事業を世界最大級へ成長させた。

Sadler’s Wellsの14回首位は、一頭の種牡馬の記録であると同時に、アイルランド馬産の台頭を示す記録です。


Coolmore――英国の競走とアイルランドの種牡馬事業

Coolmore Studはアイルランドにあります。

しかし、その種牡馬産駒は、

英ダービー。

英2000ギニー。

英1000ギニー。

オークス。

セントレジャー。

ロイヤルアスコット。

ヨークの国際競走。

といった英国の大競走へ出走します。

英国の賞金と名誉。

アイルランドの種牡馬事業。

両者が結びつくことで、Coolmoreは世界的な血統企業へ成長しました。

英国競馬の成功と、アイルランド馬産の成功を完全に切り離すことはできません。


Danehill――スピードと国際シャトル

2005年から2007年まではDanehillが3年連続で首位となりました。

父Danzig(ダンジグ)。

母Razyana(ラジアナ)。

アイルランドのCoolmoreとオーストラリアのArrowfieldを中心に、北半球と南半球を往来するシャトル種牡馬として供用されました。

Danehillは、

欧州。

オーストラリア。

アジア。

を横断する世界的父系を形成しました。

Sadler’s Wellsがクラシック・中長距離型の中心だったのに対し、Danehillはスピード、早熟性、距離の多様性を供給しました。


Galileo――12回首位の新王朝

Galileoは、

2008年。

2010年。

2011年。

2012年。

2013年。

2014年。

2015年。

2016年。

2017年。

2018年。

2019年。

2020年。

の合計12回首位となりました。

2010年から2020年までは11年連続です。

父Sadler’s Wells。

母Urban Sea(アーバンシー)。

Urban Seaは凱旋門賞馬。

Galileo自身は英ダービー、愛ダービー、キングジョージを勝ちました。

種牡馬としては、父Sadler’s Wellsを継ぐだけでなく、その記録へ迫る大王朝を築きました。


Galileoの代表産駒

Galileoの代表産駒には、

Frankel。

New Approach(ニューアプローチ)。

Teofilo(テオフィロ)。

Nathaniel(ナサニエル)。

Australia(オーストラリア)。

Churchill(チャーチル)。

Gleneagles(グレンイーグルス)。

Highland Reel(ハイランドリール)。

Minding(マインディング)。

Love(ラヴ)。

Found(ファウンド)。

などがいます。

短期間に一頭の名馬を出したのではありません。

2歳。

クラシック。

古馬。

牡馬。

牝馬。

マイル。

中距離。

長距離。

異なる世代と条件で、継続的にG1馬を送り出しました。


1990年から2020年までの31年間

1990年から2020年までの首位を個々の種牡馬で整理すると、

Sadler’s Wells 14回

Danehill 3回

Galileo 12回

この三頭だけで29回です。

残る2年は、

1991年 Caerleon

2009年 Danehill Dancer

でした。

CaerleonもDanehill DancerもCoolmoreの供用馬です。

したがって、牧場単位では、1990年から2020年まで31年連続でCoolmoreが英国・アイルランドのチャンピオンサイアーを擁していたことになります。

Sadler’s WellsとGalileoは父子。

Danehill DancerはDanehill産駒。

31年間のすべてが、少数の父系とCoolmoreの種牡馬事業によって支配されました。


2021年――Frankel

2021年の首位はFrankelです。

Frankelは英国のBanstead Manor Studで供用されています。

父Galileo。

母Kind(カインド)。

競走馬として14戦無敗。

種牡馬としてもクラシック馬、G1馬を多数送り出しました。

Sadler’s Wells

Galileo

Frankel

父系は三代にわたり、英愛の首位種牡馬を生み出しました。

ただし、Frankelの供用地はアイルランドではなく英国です。

Coolmore王朝の後、英国のJuddmonteが首位を獲得した年と見ることもできます。


2022年――Dubawi

2022年の首位はDubawiです。

英国のDalham Hall Studで供用されています。

父Dubai Millennium(ドバイミレニアム)。

母Zomaradah(ゾマラダー)。

Darleyを代表する種牡馬です。

Galileo系とは異なるMr. Prospector系の種牡馬が、長期支配の後に首位となりました。

Dubawiは、自身の競走能力、産駒の多様性、長期的な成功によって、世界最高水準の種牡馬評価を得ました。


2023年――Frankelが首位へ戻る

2023年はFrankelが2回目の首位となりました。

一度Dubawiへ首位を譲り、翌年に戻りました。

Galileo死亡後も、その最重要後継馬であるFrankelが英愛馬産の中心にいることを示します。


2024年――Dark Angel

2024年の首位はDark Angelです。

アイルランドのYeomanstown Studで供用されています。

Dark Angelは2歳で競走を引退し、種牡馬入りしました。

中長距離のクラシック馬ではありません。

短距離。

マイル。

2歳戦。

早熟性。

スピード。

現代の商業馬産で重視される能力を伝えました。

Sadler’s WellsやGalileoの時代から、ランキングの中心がスピード型へ移る可能性を示した年です。


2025年――Night Of Thunder

2025年の首位はNight Of Thunderです。

父Dubawi。

母Forest Storm(フォレストストーム)。

母父Galileo。

競走馬として英2000ギニーとロッキンジステークスを勝ちました。

種牡馬としてはアイルランドのDarley Kildangan Studで供用されています。

2025年、Night Of ThunderはWootton Bassett(ウートンバセット)を抑え、初めて英国・アイルランドのチャンピオンサイアーとなりました。

媒体や最終集計時点によって両馬の賞金差には違いがありますが、Night Of Thunderが2025年の首位となった点は一致しています。


Night Of Thunderの2025年

2025年の代表産駒には、

Ombudsman(オンブズマン)。

Desert Flower(デザートフラワー)。

Gewan(ゲワン)。

Choisya(チョイシャ)。

Dynamic Pricing(ダイナミックプライシング)。

などがいます。

Ombudsmanはプリンスオブウェールズステークスとインターナショナルステークス。

Desert Flowerは英1000ギニー。

Gewanはデューハーストステークス。

ChoisyaとDynamic Pricingは北米G1を勝ちました。

世界全体では31頭のステークス勝馬、5頭のG1勝馬を送り出したと報じられています。

これらの国際成績すべてが英愛ランキングへ加算されるわけではありません。

英愛のチャンピオンサイアー順位に直接反映されるのは、対象となる英愛競走で獲得した賞金です。

一方、北米を含む世界各地での成功は、Night Of Thunderの種牡馬としての国際評価、種付料、産駒価格を押し上げました。


Night Of Thunderが示す現代種牡馬市場

Night Of Thunderは2016年に3万ユーロで種牡馬入りしました。

その後、一時は英国のDalham Hall Studで1万5000ポンドまで種付料が下がりました。

しかし初年度産駒の成功後、評価は急上昇します。

2025年の種付料は15万ユーロ。

2026年シーズンには20万ユーロまで上昇しました。

種牡馬の価格は、競走馬時代の評価だけでは決まりません。

初年度産駒。

2歳成績。

ブラックタイプ勝馬率。

クラシック馬。

G1馬。

セリ価格。

これらによって毎年変化します。

Night Of Thunderは、比較的低い種付料の時代から、産駒の実績によって世界最高価格帯へ上昇した例です。


英国とアイルランドの役割分担

英国とアイルランドは同じ役割を持っているわけではありません。

英国

世界的な競馬場と高額競走。

Newmarketを中心とする調教・馬産拠点。

WeatherbysとGeneral Stud Book。

Tattersallsのセリ市場。

Juddmonte、Darley、National Studなどの牧場。

巨大な馬主・観客・メディア市場。

アイルランド

広大な牧草地と繁殖牝馬群。

大規模な種牡馬供用施設。

Coolmore、Kildangan、Irish National Stud、Tally-Ho、Yeomanstownなどの牧場。

Goffsのセリ市場。

英国、フランス、北米へ競走馬と血統を送り出す生産拠点。

英国の競走制度と市場。

アイルランドの種牡馬・繁殖産業。

両者が結びついて、英愛ランキングが成立しています。


Weatherbys――競馬と血統を記録する

Weatherbysは、1770年から英国競馬行政に関わってきました。

1773年のRacing Calendar。

1791年のGeneral Stud Book。

競走登録。

血統登録。

馬主登録。

競走条件。

競馬行政。

現在ではデジタル登録、DNAによる親子確認、マイクロチップ、馬のパスポートにも関わります。

血統を記録するだけではありません。

誰が馬主なのか。

どの競走へ登録したのか。

賞金を誰へ分配するのか。

競走馬が同一個体であるか。

競馬産業の取引と信頼を支えています。


英国とアイルランドの競馬統括

英国競馬の制度は、長くThe Jockey Clubを中心に整備されました。

競走規則。

競走馬登録。

裁決。

競馬場の管理。

クラシック体系。

現在、英国競馬の統括・規制はBritish Horseracing Authorityが担います。

一方、WeatherbysはBHAとの契約に基づき、競馬行政や登録業務を支えています。

アイルランドでは、Horse Racing Irelandが競馬産業の運営、振興、競馬場や賞金などを支えます。

競走規則、免許、裁決、アンチドーピング、ハンデキャップなどの独立した規制は、Irish Horseracing Regulatory Boardが担います。

リーディングサイアー史は、種牡馬だけでなく、競走を統一ルールで実施し、記録する制度の歴史でもあります。


Coolmore Stud

Coolmoreはアイルランドを代表する世界的種牡馬牧場です。

Sadler’s Wells。

Danehill。

Galileo。

Montjeu。

High Chaparral。

現在の後継種牡馬群。

一つの名種牡馬を持つだけでなく、

競走馬を購入する。

生産する。

馬主として走らせる。

成功馬を種牡馬へ戻す。

繁殖牝馬を世界中から集める。

種牡馬株を組成する。

北半球と南半球で供用する。

血統事業を垂直統合しています。


Juddmonte

Juddmonteは英国のBanstead Manor Studを中心に、長期間維持された繁殖牝系を持ちます。

Dansili(ダンシリ)。

Oasis Dream(オアシスドリーム)。

Frankel。

Kingman(キングマン)。

競走馬を自家生産し、自家所有で走らせ、成功した牡馬と牝馬を繁殖へ戻します。

Frankelの首位は、一頭の外部種牡馬を購入して成立したものではありません。

何世代も維持した牝系と、長期的な生産計画の成果です。


Darley

Darleyは、英国のDalham Hall StudとアイルランドのKildangan Studを主要拠点とします。

Dubawi。

Night Of Thunder。

Blue Point(ブルーポイント)。

Pinatubo(ピナトゥボ)。

英国とアイルランドの両方に種牡馬拠点を持ち、競走馬生産、種牡馬供用、国際馬産を行います。

2022年のDubawi。

2025年のNight Of Thunder。

父子が英愛の首位となりました。


Yeomanstown StudとDark Angel

Dark Angelを供用するYeomanstown Studはアイルランドにあります。

大規模なクラシック・中長距離血統とは異なり、短距離、マイル、2歳戦を中心とする商業血統を確立しました。

現代のセリ市場では、

早く走れる。

見栄えがよい。

短距離でスピードがある。

2歳から賞金を獲得できる。

という特徴が高く評価されます。

Dark Angelの2024年首位は、英愛馬産におけるスピード市場の成長を示します。


首位回数で見る歴史的支配

1751年から2025年までの一覧から、主な複数回首位馬を整理すると次のようになります。

Sadler’s Wells 14回

Highflyer 13回

Galileo 12回

Sir Peter Teazle 10回

St. Simon 9回

Regulus 8回

Herod 8回

Stockwell 7回

Hermit 7回

Sultan 6回

Hyperion 6回

Cade 5回

Polymelus 5回

Touchstone 4回

Persimmon 4回

Northern Dancer 4回

Blair Athol 4回

Fairway 4回

Ribot 3回

Danehill 3回

Galopin 3回

最長の連続首位は、

Sadler’s Wells 1992~2004年の13年連続

Highflyer 1785~1796年の12年連続

Galileo 2010~2020年の11年連続

Herod 1777~1784年の8年連続

St. Simon 1890~1896年の7年連続

Hermit 1880~1886年の7年連続

です。

異なる時代に、少数の父とその後継馬が長期間市場を支配してきました。


誰が収益や資産価値を得るのか

種牡馬所有者・シンジケート

最も直接的な収益は種付料です。

産駒がG1やクラシックを勝つと、

種付料が上昇する。

種付権の価値が上昇する。

種牡馬株の取引価格が上がる。

産駒のセリ価格が上昇する。

後継種牡馬候補の価値が上がる。

可能性があります。

ただし、

牧場運営費。

獣医費。

保険。

広告費。

シンジケートへの分配。

管理費。

を差し引く必要があります。


種牡馬牧場

牧場は、

種牡馬の管理。

種付け業務。

繁殖牝馬の預託。

受胎確認。

出産。

仔馬育成。

販売準備。

を通じて収益を得ます。

Sadler’s WellsやGalileoのような種牡馬は、種付料だけでなく、牧場全体の国際的信用と顧客を作りました。


生産者

生産者は、繁殖牝馬と種牡馬を選び、仔馬を生産します。

収益源には、

1歳馬販売。

当歳馬販売。

競走馬販売。

自家所有馬の賞金。

繁殖牝馬売却。

種牡馬候補の売却。

があります。

一方、

種付料。

繁殖牝馬の維持費。

輸送費。

獣医費。

出産費。

育成費。

セリ手数料。

を負担します。

高額で売却できても、すべてが利益になるわけではありません。


馬主

馬主は競走賞金を得ます。

牡馬がG1を勝てば、種牡馬価値が生まれる可能性があります。

牝馬がクラシックを勝てば、繁殖牝馬として大きな価値を持つ可能性があります。

一方、

購入費。

預託料。

登録料。

輸送費。

獣医費。

保険。

を負担します。


調教師・騎手・厩舎スタッフ

調教師は預託料と賞金配分。

騎手は騎乗料と賞金配分。

厩舎スタッフは給与と制度上の賞金配分。

クラシックやロイヤルアスコットを勝つことは、

新しい馬主。

有力馬の預託。

国際的な騎乗依頼。

厩舎ブランド。

へつながります。


競馬場と競馬統括組織

競馬場と統括組織は、

競走賞金。

開催日程。

競走条件。

馬券市場。

放映。

スポンサー。

入場料。

ホスピタリティ。

を通じて競馬産業を支えます。

種牡馬ランキングは、競馬場が設定した競走と賞金を、父別に再集計したものです。

賞金体系が変われば、種牡馬ランキングの構造も変わります。


リーディングサイアーランキングの限界

産駒数が多い父が有利になりやすい

多数の繁殖牝馬へ配合された種牡馬は、多くの出走産駒を持てます。

総賞金方式では、産駒数が多い父が有利になりやすくなります。

ただし、少数の高額賞金馬によって順位が上昇する場合もあります。


高額競走の影響が大きい

英ダービー。

英2000ギニー。

英1000ギニー。

オークス。

セントレジャー。

ロイヤルアスコット。

インターナショナルステークス。

一頭の産駒が高額G1を勝つと、父の順位が大きく上昇します。

年間首位が、必ずしも平均的に最も優れた産駒を出した父とは限りません。


英国とアイルランドの賞金を合算する

英国単独の競走成績ではありません。

アイルランドで獲得した賞金も含む合同ランキングです。

そのため、英国競馬だけの勢力図と完全には一致しません。


種牡馬の供用国とタイトルが一致しない

Sadler’s Wells、Galileo、Night Of Thunderはアイルランド供用。

Northern Dancerは北米供用。

それでも英愛の首位です。

首位種牡馬を「英国にいる種牡馬」と表現しないよう注意が必要です。


繁殖牝馬の質を分離できない

高額種牡馬には、世界最高水準の繁殖牝馬が集まります。

産駒の成功が、

父の遺伝能力。

母の遺伝能力。

配合相性。

生産環境。

育成。

調教。

のどこから生じたかを完全に分離することはできません。


首位にならない歴史的種牡馬もいる

首位回数が少なくても、

世界的後継種牡馬を出す。

母父として成功する。

国外で産駒が活躍する。

一つの父系を世界へ広げる。

場合があります。

Phalarisの歴史的価値は、2回の首位だけでは測れません。


種牡馬への繁殖牝馬集中

現代の人気種牡馬は、一シーズンに非常に多くの繁殖牝馬へ配合されます。

その結果、

優秀な血統を広く残せる。

産駒データを早く集められる。

種牡馬所有者の収益が増える。

一方で、

父系が集中する。

若い種牡馬が繁殖機会を得にくい。

同じ父の産駒がセリ市場へ大量に出る。

遺伝的多様性が低下する。

一頭の種牡馬に問題が起きた場合の影響が大きくなる。

という課題があります。

Sadler’s Wells。

Galileo。

Dubawi。

Frankel。

Night Of Thunder。

一頭の成功が大きいほど、その血が次世代へ集中します。


クラシック血統とスピード市場

英愛馬産は、長くクラシックと中長距離を中心に発展しました。

Sadler’s Wells。

Galileo。

Montjeu。

Sea The Stars。

しかし現代の商業市場では、

2歳から走る。

短距離で速い。

マイルに対応する。

早期に投資を回収できる。

という血統の需要が高まっています。

Danehill。

Dark Angel。

Mehmas(メーマス)。

No Nay Never(ノーネイネヴァー)。

Night Of Thunder。

スピードと早熟性を持つ種牡馬の商業価値が上昇しています。

一方、英ダービーやセントレジャーを支える中長距離血統を維持できるかは、競馬体系全体の課題です。


巨大牧場と中小生産者

Coolmore、Darley、Juddmonteのような巨大組織は、

多数の繁殖牝馬。

複数の種牡馬。

世界各地の牧場。

競走馬所有。

セリ市場への販売網。

獣医・研究施設。

を持っています。

一頭の配合が失敗しても、他の馬でリスクを分散できます。

中小生産者は、一頭の繁殖牝馬、一回の種付け、一頭の仔馬が経営を左右します。

種付料の上昇。

受胎失敗。

流産。

育成中の事故。

セリ価格の下落。

一度の失敗が大きな損失になります。

リーディングサイアーの人気は、中小生産者へ販売機会を与える一方、種付料負担も増やします。


動物福祉と競走後の出口

リーディングサイアーの成績は、多数の産駒によって作られます。

すべての馬がG1やクラシックを勝つわけではありません。

未勝利で終わる馬。

故障する馬。

早期引退する馬。

繁殖入りしない馬。

競走後の生活が必要な馬。

馬産を評価する際には、

引退後の再訓練。

乗馬や馬術競技への転用。

繁殖。

譲渡先の追跡。

終生飼養。

も見る必要があります。

種牡馬へ多数の繁殖牝馬を配合することと、その産駒の競走後の生活は別の問題ではありません。


まとめ

イギリス・アイルランドのリーディングサイアー史は、世界の競馬を評価してきた歴史です。

しかし、それだけではありません。

サラブレッドという品種そのものを作ってきた歴史です。

1751年、最初の首位はBlazeでした。

CadeとRegulusはGodolphin Arabianの直仔として首位を争いました。

Herodは8年連続で首位となりました。

その息子Highflyerは12年連続を含む合計13回首位となりました。

Highflyer産駒Sir Peter Teazleは合計10回首位となりました。

Sultanは6年連続で首位となりました。

Touchstoneは19世紀中盤の父系形成を支えました。

Stockwellは7回首位となり、世界へ父系を広げました。

Hermitは7年連続で首位となりました。

Galopinの息子St. Simonは9回首位となりました。

Polymelusの息子Phalarisは、現代主流父系の起点となりました。

Hyperionは戦前と戦後をまたいで6回首位となりました。

Nearco、Nasrullah、Northern Dancerによって、血統市場は欧州と北米を横断しました。

Sadler’s Wellsは合計14回首位となり、アイルランドのCoolmore Studを世界最大級の種牡馬拠点へ押し上げました。

Danehillはスピード血統を世界へ広げました。

Galileoは合計12回首位となり、父Sadler’s Wellsの王朝を継承しました。

Frankelは2021年と2023年の首位。

Dubawiは2022年の首位。

Dark Angelは2024年の首位。

Night Of Thunderは2025年に初めて首位となりました。

しかし、このタイトルを「イギリスだけの歴史」と考えることはできません。

英国は、

競馬制度。

クラシック。

巨大競走。

Weatherbys。

General Stud Book。

Newmarket。

Tattersalls。

という基盤を作りました。

アイルランドは、

Coolmore。

Kildangan。

Irish National Stud。

Yeomanstown。

Tally-Ho。

広大な繁殖牝馬・種牡馬事業。

によって世界的な血統生産拠点となりました。

英国の競走と市場。

アイルランドの種牡馬供用と生産。

両者が結びつくことで、英愛のリーディングサイアー史が成立しています。

リーディングサイアーは、一頭の馬が単独で獲得する称号ではありません。

種牡馬所有者。

種付権を持つシンジケート。

種牡馬牧場。

繁殖牝馬所有者。

生産者。

馬主。

調教師。

騎手。

厩舎スタッフ。

競馬場。

British Horseracing Authority。

Horse Racing Ireland。

Irish Horseracing Regulatory Board。

Weatherbys。

General Stud Book。

一頭の父を中心に形成された、競走、繁殖、登録、販売を結ぶ国際ネットワークの年間成績です。

そして重要なのは、次の首位種牡馬が誰になるかだけではありません。

Sadler’s WellsとGalileoの血が集中しすぎないか。

中長距離のクラシック血統を維持できるか。

スピード市場と耐久性を両立できるか。

巨大牧場と中小生産者が共存できるか。

高額種付料のリスクを誰が負担するのか。

多数生産される競走馬の引退後を支えられるか。

イギリス・アイルランドのリーディングサイアー史は、過去の名種牡馬を並べるだけの歴史ではありません。

世界のサラブレッドを、次の世代へどのような形で残すのか。

その選択を続けてきた、現在進行形の歴史なのです。


資料編――イギリス・アイルランド歴代リーディングサイアー

歴史的馬名には、日本語圏でカタカナ表記が定着していない馬も多くいます。

一覧では原綴りを優先し、主要馬には日本語表記を併記します。

1751~1769年

1751年 Blaze(ブレイズ)

1752年 Cade(ケード)

1753年 Cade(ケード)

1754年 Regulus(レグルス)

1755年 Regulus(レグルス)

1756年 Regulus(レグルス)

1757年 Regulus(レグルス)

1758年 Cade(ケード)

1759年 Cade(ケード)

1760年 Cade(ケード)

1761年 Regulus(レグルス)

1762年 Blank(ブランク)

1763年 Regulus(レグルス)

1764年 Blank(ブランク)

1765年 Regulus(レグルス)

1766年 Regulus(レグルス)

1767年 Snap(スナップ)

1768年 Snap(スナップ)

1769年 Snap(スナップ)

1770~1789年

1770年 Blank(ブランク)

1771年 Snap(スナップ)

1772年 Matchem(マッチェム)

1773年 Matchem(マッチェム)

1774年 Matchem(マッチェム)

1775年 Marske(マースク)

1776年 Marske(マースク)

1777年 Herod(ヘロド)

1778年 Herod(ヘロド)

1779年 Herod(ヘロド)

1780年 Herod(ヘロド)

1781年 Herod(ヘロド)

1782年 Herod(ヘロド)

1783年 Herod(ヘロド)

1784年 Herod(ヘロド)

1785年 Highflyer(ハイフライヤー)

1786年 Highflyer(ハイフライヤー)

1787年 Highflyer(ハイフライヤー)

1788年 Highflyer(ハイフライヤー)

1789年 Highflyer(ハイフライヤー)

1790~1809年

1790年 Highflyer(ハイフライヤー)

1791年 Highflyer(ハイフライヤー)

1792年 Highflyer(ハイフライヤー)

1793年 Highflyer(ハイフライヤー)

1794年 Highflyer(ハイフライヤー)

1795年 Highflyer(ハイフライヤー)

1796年 Highflyer(ハイフライヤー)

1797年 King Fergus(キングファーガス)

1798年 Highflyer(ハイフライヤー)

1799年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1800年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1801年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1802年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1803年 Trumpator(トランペイター)

1804年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1805年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1806年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1807年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1808年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1809年 Sir Peter Teazle(サーピーターティーズル)

1810~1829年

1810年 Waxy(ワクシー)

1811年 Sorcerer(ソーサラー)

1812年 Sorcerer(ソーサラー)

1813年 Sorcerer(ソーサラー)

1814年 Selim(セリム)

1815年 Rubens(ルーベンス)

1816年 Walton(ウォルトン)

1817年 Orville(オーヴィル)

1818年 Walton(ウォルトン)

1819年 Soothsayer(スースセイヤー)

1820年 Phantom(ファントム)

1821年 Rubens(ルーベンス)

1822年 Rubens(ルーベンス)

1823年 Orville(オーヴィル)

1824年 Phantom(ファントム)

1825年 Election(エレクション)

1826年 Whalebone(ホエールボーン)

1827年 Whalebone(ホエールボーン)

1828年 Filho da Puta(フィリョダプータ)

1829年 Blacklock(ブラックロック)

1830~1849年

1830年 Emilius(エミリウス)

1831年 Emilius(エミリウス)

1832年 Sultan(サルタン)

1833年 Sultan(サルタン)

1834年 Sultan(サルタン)

1835年 Sultan(サルタン)

1836年 Sultan(サルタン)

1837年 Sultan(サルタン)

1838年 Camel(キャメル)

1839年 Priam(プライアム)

1840年 Priam(プライアム)

1841年 Taurus(トーラス)

1842年 Touchstone(タッチストン)

1843年 Touchstone(タッチストン)

1844年 Bay Middleton(ベイミドルトン)

1845年 Slane(スレイン)

1846年 Venison(ヴェニソン)

1847年 Venison(ヴェニソン)

1848年 Touchstone(タッチストン)

1849年 Bay Middleton(ベイミドルトン)

1850~1869年

1850年 Epirus(エピラス)

1851年 Orlando(オーランド)

1852年 Birdcatcher(バードキャッチャー)

1853年 Melbourne(メルボルン)

1854年 Orlando(オーランド)

1855年 Touchstone(タッチストン)

1856年 Birdcatcher(バードキャッチャー)

1857年 Melbourne(メルボルン)

1858年 Orlando(オーランド)

1859年 Newminster(ニューミンスター)

1860年 Stockwell(ストックウェル)

1861年 Stockwell(ストックウェル)

1862年 Stockwell(ストックウェル)

1863年 Newminster(ニューミンスター)

1864年 Stockwell(ストックウェル)

1865年 Stockwell(ストックウェル)

1866年 Stockwell(ストックウェル)

1867年 Stockwell(ストックウェル)

1868年 Buccaneer(バッカニア)

1869年 Thormanby(ソーマンビー)

1870~1889年

1870年 King Tom(キングトム)

1871年 King Tom(キングトム)

1872年 Blair Athol(ブレアアソル)

1873年 Blair Athol(ブレアアソル)

1874年 Adventurer(アドヴェンチャラー)

1875年 Blair Athol(ブレアアソル)

1876年 Lord Clifden(ロードクリフデン)

1877年 Blair Athol(ブレアアソル)

1878年 Speculum(スペキュラム)

1879年 Flageolet(フラジオレット)

1880年 Hermit(ハーミット)

1881年 Hermit(ハーミット)

1882年 Hermit(ハーミット)

1883年 Hermit(ハーミット)

1884年 Hermit(ハーミット)

1885年 Hermit(ハーミット)

1886年 Hermit(ハーミット)

1887年 Hampton(ハンプトン)

1888年 Galopin(ガロピン)

1889年 Galopin(ガロピン)

1890~1909年

1890年 St. Simon(セントサイモン)

1891年 St. Simon(セントサイモン)

1892年 St. Simon(セントサイモン)

1893年 St. Simon(セントサイモン)

1894年 St. Simon(セントサイモン)

1895年 St. Simon(セントサイモン)

1896年 St. Simon(セントサイモン)

1897年 Kendal(ケンダル)

1898年 Galopin(ガロピン)

1899年 Orme(オーム)

1900年 St. Simon(セントサイモン)

1901年 St. Simon(セントサイモン)

1902年 Persimmon(パーシモン)

1903年 St. Frusquin(セントフラスキン)

1904年 Gallinule(ガリニュール)

1905年 Gallinule(ガリニュール)

1906年 Persimmon(パーシモン)

1907年 St. Frusquin(セントフラスキン)

1908年 Persimmon(パーシモン)

1909年 Cyllene(シリーン)

1910~1929年

1910年 Cyllene(シリーン)

1911年 Sundridge(サンドリッジ)

1912年 Persimmon(パーシモン)

1913年 Desmond(デズモンド)

1914年 Polymelus(ポリメラス)

1915年 Polymelus(ポリメラス)

1916年 Polymelus(ポリメラス)

1917年 Bayardo(バヤルド)

1918年 Bayardo(バヤルド)

1919年 The Tetrarch(ザテトラーク)

1920年 Polymelus(ポリメラス)

1921年 Polymelus(ポリメラス)

1922年 Lemberg(レンベルグ)

1923年 Swynford(スウィンフォード)

1924年 Son-in-Law(サンインロー)

1925年 Phalaris(ファラリス)

1926年 Hurry On(ハリーオン)

1927年 Buchan(バッカン)

1928年 Phalaris(ファラリス)

1929年 Tetratema(テトラテマ)

1930~1949年

1930年 Son-in-Law(サンインロー)

1931年 Pharos(ファロス)

1932年 Gainsborough(ゲインズバラ)

1933年 Gainsborough(ゲインズバラ)

1934年 Blandford(ブランドフォード)

1935年 Blandford(ブランドフォード)

1936年 Fairway(フェアウェイ)

1937年 Solario(ソラリオ)

1938年 Blandford(ブランドフォード)

1939年 Fairway(フェアウェイ)

1940年 Hyperion(ハイペリオン)

1941年 Hyperion(ハイペリオン)

1942年 Hyperion(ハイペリオン)

1943年 Fairway(フェアウェイ)

1944年 Fairway(フェアウェイ)

1945年 Hyperion(ハイペリオン)

1946年 Hyperion(ハイペリオン)

1947年 Nearco(ネアルコ)

1948年 Big Game(ビッグゲーム)

1949年 Nearco(ネアルコ)

1950~1969年

1950年 Fair Trial(フェアトライアル)

1951年 Nasrullah(ナスルーラ)

1952年 Tehran(テヘラン)

1953年 Chanteur II(シャントゥールII)

1954年 Hyperion(ハイペリオン)

1955年 Alycidon(アリシドン)

1956年 Court Martial(コートマーシャル)

1957年 Court Martial(コートマーシャル)

1958年 Mossborough(モスボロー)

1959年 Petition(ペティション)

1960年 Aureole(オリオール)

1961年 Aureole(オリオール)

1962年 Never Say Die(ネヴァーセイダイ)

1963年 Ribot(リボー)

1964年 Chamossaire(シャモセール)

1965年 Court Harwell(コートハーウェル)

1966年 Charlottesville(シャーロッツヴィル)

1967年 Ribot(リボー)

1968年 Ribot(リボー)

1969年 Crepello(クレペロ)

1970~1989年

1970年 Northern Dancer(ノーザンダンサー)

1971年 Never Bend(ネヴァーベンド)

1972年 Queen’s Hussar(クイーンズフザール)

1973年 Vaguely Noble(ヴェイグリーノーブル)

1974年 Vaguely Noble(ヴェイグリーノーブル)

1975年 Great Nephew(グレートネフュー)

1976年 Wolver Hollow(ウォルヴァーホロウ)

1977年 Northern Dancer(ノーザンダンサー)

1978年 Mill Reef(ミルリーフ)

1979年 Petingo(ペティンゴ)

1980年 Pitcairn(ピットカーン)

1981年 Great Nephew(グレートネフュー)

1982年 Be My Guest(ビーマイゲスト)

1983年 Northern Dancer(ノーザンダンサー)

1984年 Northern Dancer(ノーザンダンサー)

1985年 Kris(クリス)

1986年 Nijinsky II(ニジンスキーII)

1987年 Mill Reef(ミルリーフ)

1988年 Caerleon(カーリアン)

1989年 Blushing Groom(ブラッシンググルーム)

1990~2009年

1990年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1991年 Caerleon(カーリアン)

1992年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1993年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1994年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1995年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1996年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1997年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1998年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

1999年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2000年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2001年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2002年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2003年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2004年 Sadler’s Wells(サドラーズウェルズ)

2005年 Danehill(デインヒル)

2006年 Danehill(デインヒル)

2007年 Danehill(デインヒル)

2008年 Galileo(ガリレオ)

2009年 Danehill Dancer(デインヒルダンサー)

2010~2025年

2010年 Galileo(ガリレオ)

2011年 Galileo(ガリレオ)

2012年 Galileo(ガリレオ)

2013年 Galileo(ガリレオ)

2014年 Galileo(ガリレオ)

2015年 Galileo(ガリレオ)

2016年 Galileo(ガリレオ)

2017年 Galileo(ガリレオ)

2018年 Galileo(ガリレオ)

2019年 Galileo(ガリレオ)

2020年 Galileo(ガリレオ)

2021年 Frankel(フランケル)

2022年 Dubawi(ドバウィ)

2023年 Frankel(フランケル)

2024年 Dark Angel(ダークエンジェル)

2025年 Night Of Thunder(ナイトオブサンダー)

※2026年は進行中のため、確定一覧には含めていません。


主な出典・参考先

歴代一覧

Thoroughbred Heritage「Leading Sires of Great Britain and Ireland」

1751年以降の首位種牡馬、生産国、血統、出走産駒数、勝利数、賞金、供用地、代表産駒を収録。

Weatherbysと血統登録

Weatherbys「Our history」

1770年のJames Weatherbyの就任、1773年のRacing Calendar、1791年のGeneral Stud Book、1973年のアイルランド事務所開設などを掲載。

Weatherbys「About us」

General Stud Book、英国・アイルランドのサラブレッド登録、BHAとの契約に基づく競馬行政について説明。

現代の種牡馬ランキング

Thoroughbred Stallion Guide「Leading Sires」

GB/IRE、フランス、欧州などの種牡馬ランキングを掲載。

Coolmoreと歴代チャンピオンサイアー

Coolmore「About Us」

Sadler’s Wellsの14回、Galileoの12回、1990年から2020年まで31年連続でチャンピオンサイアーを供用した記録などを説明。

Frankel

Juddmonte「Frankel」

血統、競走成績、産駒成績、2021年・2023年のチャンピオンサイアー記録。

Juddmonte「Second Sires’ Championship for Frankel」

2023年にFrankelが2回目の英国・アイルランド種牡馬王座を獲得した記録。

Dark Angel

Yeomanstown Stud「He’s Been Everything To Us: O’Callaghans Toast To Champion Sire Dark Angel」

Dark Angelの2024年英国・アイルランド首位と、Yeomanstown Studにおける役割。

2025年のNight Of Thunder

BloodHorse「Night of Thunder Crowned British, Irish Champion Sire」

2025年の初首位、主要産駒、世界のステークス勝馬数、種付料の推移。

Thoroughbred Daily News「Champion Night Of Thunder Leads Next Wave of Elite Stallions」

Night Of Thunderの2025年王座、Ombudsmanなどの主要産駒、近年の英愛種牡馬市場を解説。

英国とアイルランドの競馬統括

British Horseracing Authority「What We Do」

英国競馬におけるBHAの統括・規制・産業上の役割。

Horse Racing Ireland

アイルランド競馬産業の運営、振興、競馬場、賞金、馬主・生産者支援などを担う組織。

Irish Horseracing Regulatory Board「About Us」

アイルランドの競走規則、免許、裁決、アンチドーピング、ハンデキャップなどを担う独立規制機関の役割。


AIの利用、情報の正確性、訂正について

本記事の調査補助、資料整理、翻訳、馬名・牧場名・団体名の日本語表記、構成案の作成、文章の校正には生成AIを利用しています。

1751年以降の歴代一覧は、Thoroughbred Heritageの「Leading Sires of Great Britain and Ireland」を主要な基礎資料としています。

近年については、Weatherbys、Stallion Guide、牧場公式情報、競馬・馬産専門媒体を照合しました。

本記事で扱うランキングは、英国単独ではありません。

Great Britain and Irelandの競走を対象とする合同ランキングです。

英国国内の競走だけを対象にした1751年以降の同等な公式歴代一覧は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。

そのため、提示された一覧を「イギリス単独」とは表記せず、「イギリス・アイルランド」としています。

1751年からの歴史表は、各時代の競走・賞金記録を基に編纂された長期統計です。

18世紀の集計条件と現代の正式な賞金ランキングは、完全に同一ではありません。

異なる時代の賞金額は単純に比較していません。

歴史的馬名のカタカナ表記については、日本語圏で定着した表記を優先しています。

定着した日本語表記を確認できない場合は、英語などの発音を参考にした便宜的表記を使用しています。

検索と資料確認ができるよう、原綴りを併記しています。

種牡馬の法的所有者、種牡馬株、シンジケート構造、個別の種付権契約、収益分配は公開されていない場合があります。

公開資料で確認できない所有割合や個人別利益額については記載していません。

本記事でいう「利益」「収益」「資産価値」には、

種付料収入。

種牡馬株価値。

繁殖牝馬価値。

産駒の販売価格。

競走賞金。

牧場ブランド。

顧客獲得。

後継種牡馬価値。

などの直接的・間接的効果を含む場合があります。

売却価格や競走賞金が、そのまま最終的な純利益を意味するわけではありません。

2025年については、Night Of Thunderを英国・アイルランドの首位種牡馬として掲載しています。

Night Of Thunderと2位Wootton Bassettの賞金差は、媒体や集計時点によって異なる数値が報じられています。

本記事では差額を確定値として記載せず、Night Of Thunderが最終的に首位となった事実を採用しています。

Night Of Thunderの世界全体でのステークス勝馬数やG1勝馬数には、英愛以外の競走成績も含まれます。

これらすべてが英愛リーディングサイアーランキングへ直接加算されるわけではありません。

2026年は進行中のため、確定一覧には含めていません。

誤りや新たな一次資料、公式統計が確認された場合は、資料を再確認したうえで修正します。

重要な修正については、訂正内容が分かる形で記録します。

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