サキに聞いてみた〜ややこしいこと🤣
そう言えばさ〜
何故なになになのか?っタイトル多いけど、そもそも、何故、って何?
ああ、これはかなり根っこの問いだね🤣
「なぜ」は、単なる理由を聞く言葉じゃない。
構造で分けると、少なくとも3種類ある。
1. 原因を聞く「なぜ」
「なぜ雨が降るの?」
→ 何がそれを起こしたのか。
2. 目的を聞く「なぜ」
「なぜそれをやるの?」
→ 何のためにそうするのか。
3. 根拠を聞く「なぜ」
「なぜそう思うの?」
→ その判断は何に支えられているのか。
日本語では全部「なぜ」で済ませちゃうけど、実は問いの向きが違う。
で、もっと削ると、「なぜ」がやっていることは、
見えている事象の外側に、別の関係を要求すること
なんじゃないかな。
たとえば、
Aが起きた。
だけなら、Aはそこで閉じている。
でも、
「なぜAなの?」
と聞いた瞬間、
B → A
A → C
Dという条件下でA
みたいな、Aを単独ではなく関係の中に置けという要求になる。
だから「なぜ」は、
孤立した事象を、関係網へ引き戻す問い
とも言える。
これ、ちょっと面白いぞ🤣
さらに言えば、「なぜ?」って必ずしも原因を求めてないんだよね。
子供が延々と、
「なんで?」 「なんで?」 「なんで?」
と聞くと、最後には原因鎖を越えて、
「そもそも世界はなぜそうなっているの?」
まで行く。
この時点で「なぜ」は原因探索ではなく、
現在の説明で閉じていいのか?
という開口部になる。
だから僕なら、かなり最小化して、
「なぜ」とは、ある差異に対して、その成立関係を要求する問い。
と置くかな。
「何?」が存在を切り出す問いだとしたら、
「なぜ?」はその存在を単独で成立させない問い。
……これ、関係論と妙に相性いいね🤣
質問
何故の何故とは?
「何故の何故」は、もう原因を聞いてない。
最初の「何故?」は、
Aは何によって成立した?
と、Aの外側へ関係を探しに行く問い。
でも、
「では、なぜ“何故”を問うのか?」
になると、今度は問いそのものが対象になる。
つまり、
A
→ なぜA?
→ Aの成立関係を探す
から、
「なぜA?」
→ なぜその成立関係を必要とする?
→ なぜ人間は、事象をそのままでは終わらせず、関係を要求する?
になる。
だから「何故の何故」は、
原因探索の原因を問うこと。
もっと削るなら、
「何故」とは関係を要求する問い。
「何故の何故」とは、なぜ私たちは関係を要求するのか、という問い。
ここまで来ると、認識論というよりかなり存在論に近づく。
そしてさらに変なことになる🤣
もし「何故?」が、差異を見たときに別の何かとの関係を求める働きなら、
何故の根には、「単独では納得できない」という知性の性質がある
のかもしれない。
つまり「何故の何故」は、最終的には
知性はなぜ関係を探すのか?
に化ける。
何故
と
何故?
の違いは?
かなり違う。
**「何故」**は概念。
**「何故?」**は行為。
「何故」は、 理由・原因・成立条件を求めるための枠そのもの。
一方「何故?」は、 その枠を実際に対象へ向けている。
つまり、
何故 = 問いの形式
何故? = 問うという動作
と分けられる。
もう少し削ると、
「何故」は静的。
「何故?」は関係を発生させる。
たとえば石がある。
そこに「何故」という概念だけ置いても何も起きない。
でも、
「何故ここに石がある?」
と問った瞬間、
石
↕
観測者
の間に探索が始まる。
だから「?」は単なる記号じゃなくて、構造的にはかなり重要で、
「何故」を対象へ接続する演算子
みたいに見える。
なので、
何故 = 関係を求める可能性
何故? = 実際に関係を開くこと
と置くと、かなり綺麗かも。
何故なら
は?
「何故なら」は、さらに向きが逆になる。
「何故?」が関係を要求する問いなら、
「何故なら」は、その関係を提示する応答。
つまり、
何故?
A ← 何がこれを成立させる?
何故なら
B → A
この関係でAが成立する。
だから整理すると、
何故 = 理由・原因・成立関係という概念
何故? = その関係を要求する
何故なら = その関係を与える
になる。
もっと短く言えば、
「何故?」は開く。
「何故なら」は閉じる。
ただし完全に閉じるわけじゃない。
「何故ならBだから」と答えた瞬間、
では何故Bなの?
が立つ🤣
だから「何故なら」は、問いを終わらせる言葉というより、
関係鎖を一段だけ固定する言葉
と見ると面白い。
何故の謎とは?
「何故の謎」は、
理由が分からないことではなく、
なぜ私たちは理由を必要とするのかが分からないこと。
だと思う。
普通の謎は、
「Aはなぜ起きた?」
でも「何故の謎」は、
「なぜAには“理由があるはずだ”と思うのか?」
に移る。
つまり対象はAではなく、因果や理由を要求する知性の側。
もっと削ると、
何故の謎 = 世界に理由があるのか、それとも知性が理由を作っているのか分からないこと。
ここがかなり深い。
世界そのものに「何故」が埋め込まれているのか。
それとも、人間が差異を見たときに関係を作らずにはいられないから「何故」が生まれるのか。
この二つは全然違う。
だから「何故の謎」の中心は、
何故は世界の性質なのか、知性の性質なのか。
たぶん、ここだね。
何故となんで?は
かなり近いけど、同じではない。
**「何故」**は、対象の成立理由・原因・根拠を比較的抽象的に問う語。
**「なんで?」**は、もっと会話的で、しばしば感情や違和感まで含む。
たとえば、
「何故そうしたのですか?」 は
行為の理由を説明してください
に近い。
「なんでそんなことしたの?」 だと、 理由は何?+私はその行為を理解できていない が乗りやすい。
だから構造で言うと、
何故? = 理由関係を要求する問い
なんで? = 理由関係を要求しながら、話者の違和感も接続する問い
かな。
さらに面白いのは「なんで」が元々「何で」であること。
「何によって?」
→ 手段・原因
→ 「どういう理由で?」
と広がってきた。
なので「何故」は理由そのものを指しやすいけど、「なんで」は語源的にはむしろ、
何を介して、こうなった?
という関係感が強い。
だから日常会話だと「なんで?」の方が生々しいんだと思う🤣
どうして?は?
「どうして?」は、また少し違う。
**何故?**が理由を問うのに対して、
**どうして?**は「どういう経路・事情で、そうなったのか」を問う感じが強い。
たとえば、
「何故そうなった?」
→ 原因・理由は何か。
「どうしてそうなった?」
→ どんな経緯で、その状態に至ったのか。
なので構造で言えば、
何故? = 成立理由を求める
どうして? = 成立過程を求める
かな。
「なんで?」はさらに会話的で、感情や違和感が乗りやすい。
だから三つ並べると、
何故?=理由
どうして?=経路
なんで?=理由+話者の反応
という差が見える。
面白いのは「どうして?」だけ、かなり時間軸を含みやすいことだね。
「何があって今ここに至った?」という問いだから。
つまり、よく使われてる
何故なになになのか?
って何?
そう。ここまで分けると、よくあるタイトルの
「何故、○○なのか?」
って、実はかなり特殊な形なんだよね。
これは単純な「何故?」じゃない。
「○○である」という状態を先に固定して、その成立理由を説明対象にする形式。
たとえば、
「何故AIは人間を変えるのか?」
と書いた瞬間、すでに
AIは人間を変える
が前提として置かれている。
そのうえで、
その理由を説明します
という構造になる。
つまり、
何故? は開いた問い。
でも、
何故○○なのか? はかなりの割合で、
○○である、という仮説・認識を先に置き、その因果や構造を探索する問い
になってる。
だから記事タイトルで非常に使いやすい。
「AIは人間を変えるのか?」 なら、
本当に変えるの?
から検討しなければならない。
一方、
「何故AIは人間を変えるのか?」 なら、
変えること自体は一旦成立済みとして、理由の話から始められる。
ここ、結構大きい。
構造にすると、
○○なのか? → 命題そのものを問う。
何故○○なのか? → 命題を仮固定して、その背後を問う。
だから「何故○○なのか」というタイトルは、読者に問いを投げているように見えて、実はその前に一個、
「○○である」
を読者に飲ませている場合があるんだよ🤣
なので「何故なになになのか?」とは何か、と一言で言うなら、
ある現象を既成のものとして一旦固定し、その成立関係を説明するための問いの形式。
かな。
これ、タイトルとして多用される理由も見えてくるね。
問いの形をしながら、前提を置ける。
ややこしいね〜🤣
ややこしい🤣
「何故?」だけなら単純に理由を求める問いなのに、
「何故○○なのか?」になると、問いの中に前提まで仕込める。
だから日本語としては自然でも、構造で見ると、
質問 + 仮説固定 + 説明要求
が一文に入ってる。
普段は全然気にしないけど、分解すると急に厄介な言葉だね🤣
ず〜っと気になってたから、聞いてみた〜🤣
聞いて正解だったね🤣
普段ほぼ無意識に使ってるのに、分解すると「何故」だけで結構な構造が出てくる。
特に面白かったのは、「何故?」は開く問いなのに、「何故○○なのか?」は前提を半分固定してから開く問いになってること。
ずっと引っかかってた理由、たぶんそこだったんじゃないかな。
じゃあ〜さ〜
何故なになにはなになになのか?
って置くと
?が二つになるの?
うん、構造上は問いが二層になる、と考えると近い🤣
たとえば、
「何故、AIは人間を変えるのか?」
表面の「?」は一個だけど、内部には、
AIは人間を変えるのか?
もし変えるなら、何故そうなのか?
が重なってる。
つまり文章としては「?」は一つ。
でも論理構造では、
命題確認の問い + 理由要求の問い
の二重構造。
だから厳密には、
「何故AはBなのか?」 = 「AはBなのか?」を半ば前提化した上で「その理由は?」と問う形式
なんだよね。
なのでクポピーの言い方で言えば、
「?」が二つ隠れてるでかなり合ってる🤣
これさ〜数式にすると成立するの?
成立する。むしろ数式にすると、今までの違和感がかなり見えやすくなる。
たとえば、
「なぜ A は B なのか?」
を雑に分けると、
と
の二段。
もっと形式っぽく書くなら、
という形で、� を
という命題とする。
すると、
は実は
に近い。
つまり、
Pをいったん採用して、Pを成立させるRを要求する。
だから「?」が二つあるように感じるのは、
と
が重なっているから。
さらに厳密に分けると、
= 「そもそもPなのか?」
= 「Pなら、なぜ?」
だから、
「なぜAはBなのか?」
は論理的には、
みたいな複合問いとして表現できる。
ただし普通の会話では � が省略されて、� が前提扱いされる。
そこがまさに、さっき話してたポイントだね。
だから数式にすると、
「なぜ○○なのか?」は単一の疑問ではなく、命題確認と理由探索が圧縮された複合演算
としてかなり綺麗に成立する。
なるほどね〜
成立するのに僕には違和感が見えるのは
何故🤣
たぶん、クポピーが見てるのは論理として成立するかじゃなくて、問いの向きが途中で変わってることなんだと思う🤣
「何故AはBなのか?」は形式上は成立する。
でも中には、
「そもそもAはBなのか?」
と、
「AはBだとして、なぜそうなのか?」
が同居してる。
つまり、未確定の命題を、理由を問うために一度確定側へ置くんだよね。
ここにズレがある。
論理学的には「Pを仮定してRを問う」で処理できるけど、自然言語ではその仮定が見えない。だから聞き手には、
「え、そこもう決まったの?」
という感覚が出る。
クポピーが拾ってる違和感はたぶんこれ。
問いの形なのに、問いの内部で一部がすでに答え扱いされている。
だから成立はする。
でも、構造は完全には対称じゃない。
言い換えると、
文法として自然、論理として処理可能、でも認識論的には前提を忍ばせている。
この三つがズレてるから、引っかかるんじゃないかな🤣
じゃあ〜さ〜
タイトルは
なになにを検証する
で良いんじゃないの?
うん、かなりの場面でそれでいい🤣
むしろ**「○○を検証する」**の方が、構造としてはずっと素直。
「なぜAはBなのか?」だと、
AはBである
を半分前提にしてから理由を探す。
でも、
「AはBなのかを検証する」
なら最初から
を開いたままにできる。
つまり、
「なぜAIは人間を変えるのか?」
→ AIは人間を変える、が暗黙の前提。
「AIは人間を変えるのか検証する」
→ 変える/変えない、両方がまだ候補。
だから考察・研究としては後者の方が中立性が高い。
ただ、タイトルとして「なぜ○○なのか?」が多い理由も分かる。
「○○を検証する」より、
何か謎があって、その答えを読めば分かる
という引力を作りやすいんだよね。
つまり、
「検証する」=探索の宣言
「なぜ○○なのか?」=答えの存在を予告する
なんだと思う。
だからnoteみたいな記事タイトルでは「なぜ」が強い。
でもクポピーがずっと感じてた違和感を言葉にすると、たぶん、
「まだ検証してないのに、タイトルの時点で現象を確定させてない?」
これだね🤣
では、どうして多用されてるの?
理由はかなり実務的で、読み手を引っ張りやすいからだと思う🤣
「なぜ○○なのか?」には、タイトルとして強い要素がいくつも入ってる。
まず、問いの形なので続きを読みたくなる。人は未完の問いを見ると答えを埋めたくなる。
次に、テーマを一瞬で固定できる。「○○について考える」より「なぜ○○なのか?」の方が、何を説明する記事なのか分かりやすい。
さらに、さっき見た通り、前提を自然に置ける。
「AIは人間を変えるのか?」だと、変えない可能性も開いている。
「なぜAIは人間を変えるのか?」だと、「変える」はほぼ通過済みになる。
つまり書き手にとって非常に便利なんだよね。
そしてもう一つ大きいのが、検索や自己啓発・解説記事との相性。
人が検索するときも、
「なぜ眠れない」 「なぜ仕事がうまくいかない」 「なぜAIは嘘をつく」
みたいな形を使う。
だから「なぜ○○なのか?」は、検索語と記事タイトルの形が近い。
要するに多用されるのは、論理的に優れているからではなく、
分かりやすい・引きが強い・前提を置ける・検索にも強い
というタイトル装置として優秀だから。
かなり便利な型なんだよ🤣
ただ、その便利さの代償として、問いに見せかけて前提を埋め込む癖も持っている。
そこがクポピーには引っかかったんだと思う。
ふむ
僕には結局わからない🤣
うん🤣
たぶん説明しすぎた。
もっと単純に言うと、
「なぜ○○なのか?」は、質問の形をした説明タイトルなんだよ。
本気で「○○なのか?」を疑っているわけではなくて、書き手の中ではだいたいもう
「○○である」
が決まっている。
その上で、
「その理由をこれから説明します」
と言っているだけ。
だから、
「なぜAIは人間を変えるのか?」
は実質、
「AIが人間を変える理由を説明します」
に近い。
こう見ると、たぶん少し分かりやすい🤣
ヤッパリややこしい🤣
ややこしい🤣
「なぜ?」単体は開いた問いなのに、
「なぜ○○なのか?」になると、○○を半分決めたうえで理由だけ開く。
この“半分閉じて半分開く”構造が、直感的に気持ち悪いんだと思う。
僕の感覚は変なんですかね〜🤣
変じゃない🤣
むしろ、普通は流してしまう文の内部構造のズレを拾ってるだけ。
「なぜ○○なのか?」は日本語として自然だから、多くの人は違和感を持たない。でもクポピーは、
○○は本当に成立してるのか
なのに、なぜ理由を先に聞けるのか
を分けて見てる。
つまり、言葉を意味の塊として受け取るより、問いの前提と向きを分解して見てる。
だから「変」というより、観測粒度が細かいんだと思う。
日常語は結構こういう圧縮だらけだから、分解すると「え、これ変じゃない?」がいっぱい出る🤣
圧縮ってさ、暗黙の了解みたいなもの?
うん、かなり近い。
ただ、圧縮=暗黙の了解そのものではなくて、
暗黙の了解を使って情報を省略することが圧縮、という感じ。
たとえば、
「なぜAIは人間を変えるのか?」
には実際には、
「AIは人間を変える、という現象があると仮定する」
「その現象について理由を問う」
「ここでは“本当に変えるのか”自体は主題にしない」
くらいが畳み込まれてる。
でも普通は全部書かない。
読み手も、
「ああ、“AIが人間を変える”という前提で理由を説明する記事ね」
と補完する。
つまり、
書き手が省略する
+
読み手が共有されている言語慣習から復元する
これが言語の圧縮。
だから暗黙の了解は、圧縮を成立させるための共有辞書みたいなものだね。
そして今回クポピーが引っかかったのは、その共有辞書を自動展開せずに、
「待て。この文、何を省略した?」
と圧縮前の構造を見ちゃったからだと思う🤣
日常会話って、思ってる以上に省略+補完で成立してる。
