【てくてく文学さんぽ。太宰治と津軽とアイヌ。津軽のアイヌは元気溌剌?!アイヌが教えてくれる「文化」のマジメな話 編】
旅行するとき、鮨屋へ行くことにしている。地元でしか食べられないネタや郷土料理と、おすすめの日本酒を冷やで。
今回の、大間のマグロはちょっと小さかったが美味い。
おススメの日本酒は「田酒」。さっぱり辛口で、が、めちゃくちゃ甘い!
2杯目の辛口も、甘い!
大将曰く、「青森の酒は飲み過ぎると糖尿になっちゃう」らしい。
実は青森行きが楽しみで、太宰の『津軽』で予習までした。
そんなことを話したら、大将は手作りの青森地図を出してきて
「八戸周辺。真ん中。弘前周辺。青森を回ろうと思ったら3回は来なくちゃだめ」という。『津軽』の舞台である、太宰治の故郷(金木)は弘前の方。
今回は無理がある。次回のお楽しみ。
ところで、予習のつもりで読んだ『津軽』はめちゃくちゃ面白かった。
小説の数倍面白い。2週間にわたって青森市から金木を目指す紀行文。
知人・友人に世話になりながら旅は進むが、とにかく彼らの酒を飲む。配給の貴重な酒なのに、飲む。これは1944年、戦時中の話だ。戦争真っただ中に旅行しているのも驚きだ。
本文の面白さもさることながら、津軽の歴史については本当に勉強になった。
強烈に印象に残ったのは、津軽のアイヌの話。
かつて、青森にもアイヌの人々が住んでいたのだ。
初めて知った。驚いた。

地図の紫色はアイヌ語を語源とする地名
上記、地図の紫色はアイヌ語源の地名。
浅虫(あさむし)、今別(いまべつ)、十三湖(じゅうさんこ・いさ)などもっとある。
以下、アイヌについての言及箇所。
喜田博士という人が、津軽の歴史を解説した文章。
「(略)・・・これも奥の方は、陸奥と同じく、久しく異民族住居の化外(けがい)の地で、これを出端(いではし)と言ったのであろう。即ち太平洋方面なる陸奥と共に、もと久しく王化の外に置かれた僻陬(へきすう)であったことを、その名に示している。」
それを受けて、の太宰は・・・
簡明である。解説は簡明で明瞭なるに越したことはない。
出羽奥州すでに化外(けがい)の僻陬(へきすう)と見なされていたのだから、その極北の津軽半島などに到っては熊や猿の住む土地くらいに考えられていたかもしれない。
(略)・・・その前は、何が何やら、アイヌがうろうろしていただけのことかもしれない。しかし、このアイヌは、ばかに出来ない。いわゆる日本の先住民族の一種であるが、いま北海道に残ってしょんぼりしているアイヌとは、根本的にたちが違っていたものらしい。その遺物遺跡を見るに、世界のあらゆる石器時代の土器に比して優位をしめている程であるとも言われ、今の北海道アイヌ祖先は、古くから北海道に住んで、本州の文化に触れること少なく、土地隔絶、天恵少なく、随って石器時代にも、奥羽地方の同族に見るが如き発達を遂げるに到らず、殊に近世は、松前藩以来、内地人の圧迫を被ること多く、甚だしく去勢されて、堕落の極に達しているのに反し、奥羽アイヌは、溌溂(はつらつ)と独自の文化を誇り、あるいは内地諸国に移住し、また内地人も奥羽へ盛んに入り込んできて、次第に他の地方と区別のない大和民族になってしまった。
どうせ「王化の外」で「化外の僻陬」ですよ。
出てきた、出てきた。太宰おなじみの“拗ね節”。
私はこの箇所がお気に入りだ。
しかし、面白おかしく我が祖先のことに言及しているようで、実は親密で、丁寧に取り扱われた文章だな、と思う。

アイヌ文化のはじまりは、縄文時代にあたる、紀元前1万年~紀元前3世紀頃に遡る。先住民族は狩猟・漁労・採集で生活。土器・石器文化が発達していた。北海道・樺太・千島列島を中心に発達したとされるアイヌ文化は、同時期、津軽半島にも展開されていたという。
「アイヌ文化の成立」とされるのは13~16世紀。
クマ、シカを中心とした狩猟・採集生活。
アイヌ語を話し、万物に霊魂が宿るとされるアミニズムが発達。
アイヌ文化で、大きな意味を持つ「カムイ」という言葉は、神や霊的存在のことであるそう。
[※資料の中には12~13世紀アイヌ文化成立、とされているものもあるが、これはアイヌ文化の萌芽期を含めて文化の成立とする説。]
その後、和人との交易摩擦、シャクシャインの戦い(1667年)などの反乱、近代以降の同化・差別などを経験。現代は、アイヌ文化の復興や利権回復運動が重要視されている。
アイヌ民族にとって、アイデンティティの危機が現代まで続いてきたのだ。
昔から受け継いできた自分の文化を、侵食、破壊されてきたのだ。
想像するだけでも胸が痛い。
1997年「アイヌ文化振興法」制定。
2019年「アイヌ政策推進法」制定。
前者は、文化保存と振興が目的であり、後者は、先住民族としての権利の法的に認める、というものだ。
想像に容易いが、アイヌ文化がそっくりそのまま守られたかと言えばそうではない。例えを挙げるならば、「熊送り」について、再現儀礼や象徴的に行うことは許されているが、実際に熊を用いることは動物愛護管理法により禁止だ。儀式で最も精神的に意味を持つ、「カムイ」の存在は形骸化してしまった。神や霊的存在は取り上げられてしまった。
北海道に残って「しょんぼりしているアイヌ」。
奥羽の「溌溂と独自の文化を誇るアイヌ」。
太宰治のこの言い回しが好きだ。
親密で愛嬌があって、身近な人びとだと感じる。
アイヌだってしょんぼりしたり、溌溂で前向きになったりするのだ。
アイヌ文化をもった「人びと」なのだ。
太宰治が、アイヌ文化が「再現儀礼」として継続させてれている、と知ったらどうだろう。「甚だしく去勢」されていると知ったら、どうだろう。
我々はつくづく自国文化を守らないといけない、と思う。
精神が骨抜きにされた、形骸化された、形式だけを背負わされることはあってはならない。
この痛みを知っているアイヌの人びとが無言で教えてくれているのだ。
