大聖不動明王霊応記5/49五信濃山中の上人臨終の時、魔障ありしを明王対治したまふ事。

大聖不動明王霊応記5/49

五信濃山中の上人臨終の時、魔障ありしを明王対治したまふ事。

信濃国或山中に貴き上人ありけり。三密の修行久しく薫修し弟子たちも多かりけり。年たけて後病に伏し頼みなく見へしが魔障と覚へて眼の色も正しからず、心地も例ならず見へければ弟子達臨終正念の為と慈救呪(「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」)を誦して祈請しけり。其の中に一人の弟子頭より黒煙を立ち聲を励まして勇猛に見へけり。餘の僧衆は是を見て居るが一時ばかりせめて後に大息をつき、物をもいはざる程に、人々「如何に」と問ひければ彼僧の申しけるは「諸の魔鬼其の数幾許といふことを知らず見へて、上人を障へんとしけるを救ひ奉らんと勇猛強盛に呪を誦し信心骨に徹りて覚へつる時、不動明王の利剣を振って彼の鬼類を追い払ひて心地安し」と云ふ。上人もそれより眼の色も直り心も明らかになりて臨終の用意もありけり。彼の一人の弟子には上人年頃念じたまひし本尊・佛舎利など傳へたまひて目出度く如法に終りを取る。次の日年頃の檀那馳来たりて曰く「昨夜夢に諸の魔族、上人の御菩提を妨げんとする所を不動明王利剣にて追い払ひたまひて御臨終も目出度くありしと見候」と申しける程に疑ひなく明王の加護にて菩提の道におもむきたまひぬらん」と。門弟中歎きの中に悦びけり。経の中に「南閻浮州の衆生は三障(煩悩障、法障、業障)重き故に不動尊を念ずべし」と説けり。又古徳の口傳には「不動と地蔵との力を離れては生死を出ることなし」と云へり。地蔵は大日の慈悲の極まり、不動は大日の智恵の極まりなり。世間の万物の陰陽和合によりて生長する如く、出世の菩提も智(不動)悲(地蔵)の方便に依りてこそ成就するなり。又密教の中に不動地蔵不二の深義あり。

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