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【水を飲む】#シロクマ文芸部

水を飲む。
毎朝の習慣。
少しぬるい水を飲む。
今日もいつも通りの朝だ。
朝だった。
自分の置かれた状況を未だ把握できずにいる。
ただひどく喉が渇いていた。
「先生」
隣に座る担当が小声で言う。
「列車が占拠されたされたときは何ジャックっていうんでしょうね?」
呑気なものだ。と思った。それともそんな事を考えなくてはやっていけないかもしれない。とも思った。
私たちの乗った新幹線がトンネルの中で停まってすでに2時間。
減速しだしたときに車内アナウンスで列車の占拠が告げられた。
停車後、乗客はみなグリーン車に集められた。
犯人たちの「好意」だという。
だが空調が停止している車内はグリーン車といえども少し居心地か悪い。
要求さえ受け入れてもらえたら、列車はすぐに動かすと犯人は言う。
その要求が何かは私たちはわからない。
この列車をここで止めることで、多くの新幹線が停まったままの状態になっているはずだ。
停車後唯一犯人グループが行った携帯端末の回収のお陰で、情報を全く得ることができない。
「おそらく犯人たちは上り線でも列車を停めているんじゃないでしょうかね?」
担当はまた小声で話す。
「そうかもしれないな」
私も同じ事考えていた。
平日の朝、二本の新幹線を停めることで、この国の機能がどの程度ダメージを受けるのかはわからない。
グリーン車二両に収まる人質の命の値段も気になる。
もともとグリーン車にいた客もいる。
「先生、次回作はこれですね」
「何言っているんだ」
肝が座っているのか、自分の置かれた状況を理解していないのか?
「喉が渇いた」
後ろの席から声がした。
子どもの声だった。
「飲むとトイレに行きたくなるわよ」
小声で母親らしき声が言う。
飲み物はあるのだろう。
取り上げられたのは端末機械だけだった。回収に来たのは客室乗務員だった。車内カメラで見られているから出してほしいと説明していた。
そして、各ドアの向こうに犯人がいることも告げていた。
「マジ、トイレとか行きたくなったらどうしたらいいんでしょうね?」
担当が言う。
「『先生、トイレ行っていいですか?』的に犯人に言うのかな? 」
独り言のように担当は言う。
犯人グループがどうやってこの新幹線を占拠したか、わからない。
武装はおそらくしているだろう。武器はなんだろう?
そんな事を考えていたら、ドアが開き、客室乗務員が入ってきた。
ドアの向こうにふたり立っているのが見えた。
「水は要りませんか?」
その声に何人か反応した。
担当もそのひとりだった。
「ふたつもらえますか?」
「私はいいよ」
喉は渇いていたが、私は言った。
別に後ろの席の母親の忠告が気になったわけではない。
私の声を無視して担当は再度「ふたつ」と言った。
そして早口で「まだかかりそう?」と訊ねた。
客室乗務員は頷いた。
「トイレに行くにはどうしたらいい?」
私は驚いた。担当は本当にトイレに行きたいのだろうか?
客室乗務員は自分が入ってきた方とは逆のドアを指差した。
「トイレはあちら側にあります。ご自由に使えますが、すでにどなたかいらしたらお声がけをお願いします」
と通る声で言った。
おそらく犯人グループの人間がいるので下手なことをするなという忠告もかねてだろう。
「紙がなかったらどうしたらいい?」
担当はなおも話を続けた。
「定期的に補充いたしますのでおそらく大丈夫かと思われます」
客室乗務員はそう言って、担当に水を渡した。
客室乗務員はそのまま進みトイレがあるという方のドアから出ていった。
早速、担当は水を飲み始めた。
腕時計で時刻を確認する。
乗り継ぎを終えて目的地に到着している時刻だった。
スマートウォッチは端末として回収されていたようだが、自分のクォーツは回収対象に当たらないようだった。
「トイレに行ってきます」
担当は立ち上がった。
半分ほど飲まれた水が、座席に残った。
私は自分の顔が映るだけの窓を見た。
少しして、担当が帰ってきた。
「ふたりいました」
犯人グループのことだろう。
大した神経だと感心した。
「まだ動きませんかね?」
「まだかかるんじゃない?」
「じゃあ、寝ます」
とう言うと「少し倒していいですか?」と後ろの座席の母親に言う。そして椅子を少し倒しフットレストを上げ、靴を脱いで寝る体勢になった。
通路を挟んだ隣の客もそれを見て少し驚いているようだった。
「動きがあったら起こしてください」
そう言うと担当は目を閉じた。
私が顔を上げると、通路向こうの乗客と目が合った。
私は苦笑するしかなかった。
「トイレに行くときも起こすから」
そう言うと「わかりました」と担当が言った。
私はさきほどもらった水に手を伸ばした。
確か、カバンに文庫本が入っていたな…そんなことを考えながら水を飲んだ。
喉を通る水は、朝の水より少し冷たい水だった。



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