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【交換書簡】⑩AYAKOさん

日本に一時帰国しています。
とにかく暑い。昔はこんな暑さではなかったのに……という言葉をいろんなところで耳にします。天候だけでなく、日本の都市化含めて環境は明らかに変化しているようです。

さて、少し時間が空いてしまいましたが、返信です。こちらが前回のAYAKOさんの記事です。

カードリーディングもしていただいています。「いのちをたのしむ」というフレーズは、聞きなれた二つの言葉なのに、あまりくっついているところを見ることがなく、よってとても新鮮な響きを持っていますね。

さて、彼女の返信では律義にも、私が提示した末法(まっぽう)という言葉について調べてくれています。先に成功体験を体験しておくというのは、よく成功者の行動パターンとして語られることでもありますね。なりたい自分の像があるなら、まず成り切ってしまう、そうすると後からいろいろ付いてきて、いつしか成りたい自分になっている、というものです。

さて、実は経営者同士でもある私とAYAKOさんですが、今回は「経営者という世界にどうして興味を抱いたのか、そしてなぜ足を踏み出してみようと思ったのか」との質問をいただきました。
私は経営者を目指してビジネスパーソンをしていたわけではありませんでした。むしろ、経営など自分には無縁だと思っていました。ところが、コロナ禍で世界の常識が変化してしまった時期に、自己研鑽のためにINSEADと清華大学のエグゼクティブMBAを受講し、卒業したことにより、初めて経営ポジションに興味を持ち、挑戦したいと思うようになりました。

なので、完全に後からなんですね。そもそもエグゼクティブMBAを受けたのも、より自分のビジネスパーソンとしてのスキルや価値を上げたいという動機からで、別に経営者になるためではなかったのです。

「せっかくMBA取ったなら、経営ポジションで仕事したい」。これが答えです。なんだか積極的でない回答で、申し訳ない限りです。

しかし、これでもいいと私は思っています。ビジネスの世界に身を置きながら矛盾というか、ふさわしくないコメントになるかもしれませんが、今の世の中、人々はあまりにも「目標を持ち」「プロセスをデザインし」「進捗を管理し」「達成に向かう」というフレームワークに固執しすぎていないでしょうか。

もちろん、否定はしません。私もそうやってビジネスの世界で生き抜いています。今でも日々、実践しています。でも、だからといって決してこのフレームワークが好きではないのです。ある種、仕方ないからやっている。というか、世の流れによってやらされている。そんな感覚です。

なので、特に二十代や三十代の人たちに言いたいのは、「別にそのフレームワークだけが人生じゃない」ということ。そして、私が上述した流れで経営者になったように「必ずしも目標設定していなくとも、結果的にその分野で(私ならビジネス界で)ポジションが上がっていた」ということもあり得るんだよ、ということです。

時には、流れに身を任せていい。流れとは、世の中、自分の人生、家族との関係性などです。それらは年々、月々、日々、刻々と変化しています。まさに「流れて」います。その流れの中で、現代人はせっせと上述のフレームワークを当てはめて生きています。そうでなくたっていい、そうでない時期があってもいい。さらにいえば、そうでない時間の過ごし方が無駄であるとも限らないということです。

AYAKOさんには、ぜひともそのあたりのことを聞いてみたいですね。人生において、常に目標設定があり、プロセスのデザインがあり、そして進捗管理をして生きていく。それって(そこに固執することは)本当に価値的な人生なんだろうか?ということです。


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